27話 ジプラレア遺跡2

 やがて白煙が薄まり、穏やかな青空が返ってきた。

 地獄のような光景を前に顔を覆っていたクロムは、ゆっくりと腕を下ろして周囲の状況を確認する。

 どうやら先ほどの連鎖爆破で周囲の魔物は一掃されてしまったようだ。

 だが、当然そんな大爆発に巻き込まれた遺跡が無事であるはずがなく――


「ふー、良かった。上手く行ったわ」


「…………」


 満面の笑みで頷くルフラン。

 その様子だけ切り取れば可愛く見えるが、彼女の足下の光景は目も当てられない。

 魔物を対象とした爆破魔法エクリクシスは、いたるところに大きなクレーターを生み出し、ただでさえボロボロだった建物の残骸たちを崩壊させた。


「どう? クロム。見てた?」


「え、えぇ……でも、その、遺跡が……」


「えっ? 遺跡――ああっ!?」


 ようやく事の重大さに気が付いたのか、彼女の顔が青ざめる。

 幸いルフランが破壊したのは広大な土地のほんの一部だが、それでも貴重な歴史的資料が減ってしまったことに変わりはない。


「……さ、道は開けたわ。早速あのお城に突入よ!」


「…………」


 どうやらルフランはその現実から目を背けることを選んだようだ。

 先ほどまで浮いていた身体は緩やかに着地し、渦巻いていた炎もだんだんと薄くなり、やがてルフランの体に吸い込まれるように消えてった。

 そして居心地の悪さを忘れようと、かなりの早歩きでまっすぐ王城まで歩き始めた。


(しかしルフランってこんなに強かったっけなぁ。さっきの魔法、流石にヤバすぎるよね? あんなのに巻き込まれたら僕も命が危ない気がする……)


「クロムー! 何ぼーっとしてるのよ。置いてくわよ?」


「あっ、すみません! すぐ行きます!」


(まぁ、何があったのかは分からないけれど、パートナーが強くなったのは素直に喜ばないとだよね。僕も負けないように頑張らなきゃ)


 クロムはルフランの新魔法に若干の恐怖を覚えながらも、その成長を肯定的に捉えることにした。

 そして何より、強くなったのは彼女だけではないのだ。

 自分もまた、アルファンに鍛え抜かれて確実な成長を遂げている。

 せっかくだからまだ彼女には見せていない技も披露する機会があればいいな、と思いながら駆け出すのだった。


 さて、歩くこと十数分。

 ついに古き城の前に到着した二人は、改めてその壮大さに目を奪われた。

 何千年と経っているはずなのに、それが”城”であると認識できるほど形を残していることに驚くばかりだ。

 クロムは近くの壁に手を触れてみると、何かに気づいたように撫で始めた。


「――これ、昇格試験の時に設置されていた岩と似ていますね」


「そうね。魔力が練り込まれた特殊な石材で出来ているみたい。だからこんなにしっかりと形が残っているのね」


「でも上の方はだいぶ壊れていますね」


「そうね。でもこれなら中に入っても大丈夫そう」


 そう言ってルフランは、躊躇することなく城の内部に侵入した。

 恐れ知らずだなぁと思いながらも、クロムもそれに続く。

 中に入ってみると、そこは日の光が届かず暗かったので、ルフランが自身の周囲に小さな火種を複数生み出すことで明かりを確保した。

 そうして視界が開かれて早速目に飛び込んできたのは――


「ルフランッ!」


「ええ、分かってるわ! エクリ――」


「ちょちょちょ! 待ってください! 僕が――はあっ!!」


 先ほど自分が何をやったのかすっかり忘れてしまったのか、得意の爆破魔法エクリクシスを打とうとしたので、慌ててその間に割り込んで魔物を一刀のもとに斬り捨てた。

 こんなところであのような大爆発を引き起こされようものなら大変なことになってしまう。

 下手をすれば城が崩壊して瓦礫の山に押しつぶされていた可能性すらあっただろう。


「あ、危なかった……いいですかルフラン! この城の中ではエクリクシスは禁止です! ここでは僕が先行するので、ルフランはそれ以外の魔法で支援してください!」


「わ、悪かったわよ。つい癖で――」


「癖であの威力の魔法を使われたら溜まったもんじゃないですよ……」


「――ふふっ、そうね。気を付けるわ」


 クロムがぼやくように言うと、ルフランは何故か嬉しそうに笑った。

 それ以降、幾度となく魔物の群れに襲われたが、その際はこれまでのようにクロムが中心に攻め、ルフランがその道を切り開くように魔法を打つスタイルで突破していった。

 ただ、これまでと違うのはルフランの魔法で魔物の手足が吹き飛んだり、何ならそのままとどめを刺してしまうほどに威力が上がっていたことだが……


(――やっぱり、クロムに認めてもらえるのが一番気持ちがいいわね)


 宣言通り先行し、進んでいくクロムの背中を眺めながら、ルフランは密かにそう思った。

 エルミアとの修行の中で、新しい魔法、新しい技術を急速に身につけて行った彼女だが、今日までその全てを隠して”クロムの知る魔法使いルフラン”として振舞ってきていた。

 それは勿論成長した自分を見せて驚かせたかったのもあるが、エルミアのお墨付きをもらうまで実戦ではそれらを扱わないと決めていたというのもある。

 

 ルフランが主に扱う魔法は火、そして爆破の二つ。

 どちらも人間にとって死と隣り合わせになる危険な属性だ。

 エルミアにも、みだりに振るっていい力ではないと釘を刺されたことを覚えている。


 だが、つい先日、ようやくエルミアに修行の成果を認められ、自信を持って教わった魔法を扱っても良いと言ってもらえたのだ。

 もちろんまだまだ成長の余地は大いにあるが、一つの壁を越えたことは事実。

 エルミアもこの異常なまでの成長速度に驚いていたが、それはこの子は”天才”であると見抜いた自身の眼力が確かであったことの証明にもなった。


(あたしが鍛えた魔法はエクリクシスだけじゃない。それ以外の魔法でもちゃんとクロムを護って見せるわ)


 アナタがあたしを”頼れる相棒”と思っていてくれる限り、ね。

 そう心の中で宣言し、前へ進む。

 そして――


「これは……?」


「玉座……だと思うけど、下に続く道があるわね」


 それは王の間。

 かつてこの地を統べる者が腰を預けていた座は、他の遺物と比べても一際存在感がある。

 しかし二人が気になったのはその先。

 奥の壁がずれて露出している下り階段。

 本来ならばそれは人の目に触れることがないはずのもの。所謂隠し階段という奴なのだろう。

 

「とりあえず行ってみるわよ」


「……そうですね。僕も気になります」


 その階段は、長く、深かった。

 降りるにつれ闇が深まり、視界が狭まっていく。

 ルフランが生み出した炎がなければまっすぐ進むことすら困難だっただろう。

 そして降り続けること数分。ようやく終わりを迎え、まっすぐの道が現れた。


「――ッ! これは――」


 奥へ進むと、固く閉ざされた巨大な扉が道を塞いでいた。

 その扉には丸で囲まれた紋章が五つ、正五角形を描くように並び描かれている。

 クロムはそのうちの一つを見て、酷く衝撃を受けた。

 何故ならそれは――


「どうしたの、クロム?」


「……これ、見てください」


「これは――ペンダント? って、これ、同じ模様じゃない!」


 クロムは首にかけていた”それ”を取り外して、ルフランに見せた。

 水滴を穿つ双子の剣。その飾りは扉に刻まれている紋章の一つとまったく同じだった。


「これは昔、師匠から別れ際に譲り受けたものです。至天水刀流してんすいとうりゅうを扱う者の証だと言われて……」


「つまりここはその至天水刀流にゆかりのある場所ってこと?」


「分かりませんが、もしかしたら何か師匠について知ることが出来るかもしれません」


「じゃあそれ、この扉にかざしてみたら? もしかしたら開くかもしれないわ」


「そうですね。では――」


 クロムが手にしたペンダントを扉に向かって掲げると、扉が淡い水色に光り輝き、ゴゴゴ、と引きずる音を立てながらゆっくりと開かれていった。

 ルフランとしては適当に言ってみただけなのだが、まさか開くとは思わず、口を開けたまま驚きを表していた。

 それはクロムも同様で、まさかこのようなところで師匠の手掛かりを掴むことになるとは思いもしなかった。


 そして開かれた扉の奥には――


「なにあれ……綺麗ね」

 

 淡い紫色に輝く巨大な結晶があった。

 それだけではなく、周囲の岩にも無数の結晶が埋め込まれていて、幻想的な風景を生み出している。

 クロムとルフランの二人はまるで導かれるように歩を進めた。


「なんだろう。これ、凄い力を感じますね」


「えぇ……あの人が言っていた新しい杖に相応しい素材ってこれなのかもしれないわ」


 結晶の前で、その異質な存在感に目を奪われる二人。

 クロムの持つ妖刀と色は似ているが、それとはまた違った不思議な魅力を感じさせるものだ。

 吸い込まれるように思わず手が伸びてしまう。

 そしてルフランの右手が結晶に触れようとした時、

 

「――きゃっ!?」


 その手は謎の力で弾かれた。


迂闊うかつに触れないほうが良いわよ。死にたくなかったらね」


 二人の背後から、透き通るような少女の声が響いた。

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