17話 理由

 昨晩、限界を迎えてそのまま眠りについたクロムが次に目にしたのは見知らぬ天井だった。

 エルミア邸のものと比べるとあまり寝心地の良くないベッドから立ち上がり、周囲を囲っていた水色のカーテンを開くと、そこには同じ色のカーテンで仕切られただけの小さな部屋が10以上存在していた。


「……ここは?」


 そう疑問を口にしても答えは返ってこない。

 聞こえてくるのは寝息やいびきといったものばかり。

 窓の外を覗いてみると、まだ日が昇ったばかりといった様子だった。


 不思議に思いながらも大部屋の外へ出てみると、どうやらこの階層には同じような部屋が複数存在するようだった。

 もしかして夢でも見ているのかな、などと不安に思いながらも階段を降りてみると、そこには見覚えのある光景が広がっていた。


「……なんだ、ここギルドだったんだ」


 そう。ギルドマスター・アルファンとの一戦の後、意識を失ったクロムが運ばれたのはギルド支部の3階に存在する仮眠室だった。

 ここは遠方から訪ねてきた冒険者や事情があって家に帰れない職員などなど、ギルドの関係者であれば誰でも無料で利用できる場所となっている。


「うーん……どうしよ、エルミアさんの家に戻った方がいいのかな?」


 ふと、時計を見る。

 まだまだ早朝といった時間だ。

 ルフランと約束した合流の時間までもそれなりに遠い。

 おそらく一度帰宅してから再度戻ってきても余裕で間に合うだろう。


 昨日帰れなかったことをエルミアに伝えられていないので、一度顔を見せに行った方が良いのかもしれない。

 しかしそれでは……


「朝の鍛錬、出来ないよね……」


 クロムが日課としている朝の鍛錬。

 一日の初めに己に気合を入れるこの鍛錬こそ最も大事であると師匠に教わっている以上、余程の事情がない限り怠るわけにはいかない。


「……エルミアさんには後で謝ろう」


 どちらを優先するかを考えた結果、鍛錬を行う方に軍配が上がったため、クロムはギルド支部を出て、利用できそうな場所を探し始めた。


 そして2時間ほど経過し、約束の時間がやってくる。


「んー……おはよクロム。待たせた?」


「大丈夫です。僕も今鍛錬が終わったところなので」


「え……アナタこんな朝早くから鍛錬してたの……?」


「そうですが……?」


「うっそ……考えられないわ……」


 どうやらルフランは朝に弱いらしく、何度もあくびと伸びを繰り返していた。

 ならもっと遅い時間に集合時間を設定すれば良かったのに、と言ってみたところ、


「早い時間のほうがいい依頼を見つけやすいのよ」


 といった答えが返ってきた。

 早速ルフランと二人でギルド内の掲示板を眺めて手頃な依頼を探し始めるが、クロムはどれが良い依頼なのか区別が付かないのでルフランに任せる気満々である。

 ルフランの方もそれを察しているので敢えてクロムに意見を求めることはせず、自らの感覚で選んだ一枚の依頼書を手に取って受付へと向かった。


「今日はこれの依頼を受けるわ」


「分かりました」


 ルフランが選んだのは巨大な鳥型の魔物1体の討伐依頼だった。

 魔物のランクは当然Cランク。

 この前のようにAランクの凶悪な魔物と対峙する可能性はほとんどないとのことだった。

 

 それはそれで面白みに欠けるな、と冗談混じりにルフランに言ってみたところ、それが普通なのよ、とやや呆れた様子で言われてしまった。

 その後事前準備を簡単に済ませ、この前とは異なる道を通って目的地へ向かう二人。

 その道中、ふとルフランが足を止めて振り向いた。


「ねえ、そういえばクロムはどうして冒険者になろうと思ったの?」


「え? それは……」


「いや、言いたくなかったら別にいいんだけど、ちょっと気になってね」


「ええっと、そうですね……」


 言いたくない訳ではないのだが、どう語ったら良いのかとクロムは悩む。

 冒険者になりたくてなった訳ではないのだが、別に嫌々なったという訳でもない。

 成り行きとも運命とも言えるこの流れを伝えるには、自らの過去を含めて喋った方が手っ取り早い。

 

 そう考えたクロムは、ジーヴェスト家から追い出されたところからエルミアに拾われ、アルファンの誘いで試験を受けたことまで掻い摘んでルフランに話すことにした。


「アナタ……結構苦労してたのね」


「まぁ、そうですね」


「そっか……ならそれだけ強いのも納得だわ」


「え、どういうことですか?」


「強く生きてる人には、相応に実力が伴っててもおかしくないってことよ。そう深い意味があるわけじゃないわ」


「な、なるほど……?」


 クロムにはルフランの言っている意味があまりよく理解できなかったが、褒められていることだけは分かった。

 辛い過去ではあったが、今がとても充実していて幸せなので不思議とこの話をしてもそれほど嫌な気分にはならなかった。


「ところで逆にルフランはどうして冒険者になったんです? あんなすごい魔法を使えるなら色々な道があったと思うんですけど」


「あー、うん。やっぱ聞かれるわよね。まあ、あたしが話し振ったから仕方ないか」


 クロムが尋ねると、ルフランは少しバツが悪そうな顔をしながら頭を掻く。

 クロムにとってルフランは幼い頃からずっと憧れ続けた魔法使いだ。

 

 彼女ほどの魔法使いならば兄ギリウスのように周囲の期待と羨望を一身に受けながら学園を卒業し、宮廷魔法使いを目指すと言う道もあるはずだろう。

 しかし彼女は冒険者という道を選び、こうして危険と隣り合わせの状況で魔物を狩る生活をしている。

 その理由が気になったのだ。


「そうね、どこから話そうかな……まぁ、一言で言うならあたしが冒険者になった目的は……」


「…………」


よ」


「えっ……?」


 ルフランはそう言うと、彼女は顔を曇らせ、空を見上げた。

 そらはあいにくの快晴だ。

 しかし吹き付けてきた微かな風がとても冷たく感じた。

 

  

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る