第39話 見届け人は誰が
「しれっと、報告すればいいだけ、ね」
ピンクのドアを前にして、ジークフリートは難しい顔をした。こっそりと作っておいた通信の魔道具をポッケトに忍ばせて、うその報告を聖女にするのだ。
「ばれない?」
「聖女は俺たちのこと監視なんかしてないんだよ。最後に誰にも見つからないように殺しに来るだけ」
「この魔方陣が探知機みたいなんだってことはわかってる。でも、聖女は数まで把握できてないみたいなんだ」
「なるほど」
「俺たち普段はこっちの手に手袋をして隠してるだけで聖女は俺たちの存在に気が付いていないわけ。だから一度も探しに来ていない。今現在こうして四人が魔方陣をさらけ出しているのに、数が多いことに気が付いていないだろ?場所の把握しかしてないんだよ」
「わかった。ここに入っていって、俺ははじき出された。ってことにすればいいんだな?」
「そう。それでいいよ」
簡単な打ち合わせで済ませると、ジークフリートは正義が開けたピンクの扉をくぐり城の人気のない廊下に出た。振り返るとそこに扉はなく、遠くから人の気配がするだけだった。
そうしていつも通りに騒々しく廊下を歩き、侍女の一人を捕まえて聖女に取次ぎを頼んだ。たいして待たされることなく聖女の部屋に案内されて拍子抜けしていると、聖女はものすごく悲しそうな顔でジークフリートを出迎えたのだった。
「話は聞きました。勇者に追い出されたのでしょう?」
芝居がかった聖女の物言いにジークフリートは表情をなくしかけはしたものの、隣に立つ魔導士の顔を見て慌てていうべきことを思い出した。
「あの黒い山だ。ドラゴンが集まるあの山だよ。あそこに行ったらあの魔法使いのガキがいて、勇者のことを連れていっちまったんだ。俺は置いてきぼりだよ。中には入れねーしよ。仕方がないからこうして帰ってきたんだよ。せっかくあんたから与えられた名誉だけど、俺はもういい。疲れたよ」
ジークフリートは大げさなジェスチャーで、聖女に話をした。もちろん、作り話ではあるが、聖女シリアは悲しそうな顔をしてジークフリートの話を聞いていた。隣に立つ魔導士は仏頂面ではあるけれど。そんなやり取りをしながらも、聖女シリアは胸にぶら下げた大きなペンダントを左手で弄んでいた。そうすることでジークフリートの言っていることが間違いでないことを確認しているのだろう。確か、勇者たちが言うには、聖女は自分たちの場所しか把握していないとのことだった。だから歴代の勇者が全員揃っているのに確認にも来ないのだ。つまり、聖女は膨大な魔力をただたんに自分の若さと美貌にしか使っていないというわけなのだ。
その証拠に、今現在胸元のペンダントを弄ぶだけでジークフリートを咎めもしないし、勇者が隠れた黒い山に兵士を向かわせようともしない。
「勇者は、戻ってこないのか?」
ジークフリートは聖女ミリアに聞いてみた。勇者を召喚したのはミリアである。動向ぐらい把握しているのではないのか。という探りである。
「難しいですわね。彼らは同郷のようでしたし、とても仲間意識が強かったみたいですから」
そう言って悲し気に瞼を伏せる仕草は庇護欲をそそられるものなのだが、ミリアの真の姿を知ってしまっているジークフリートは、思わず顔をそむけてしまった。そして、そこにピンクの扉を見つけてぎょっとした。ミリアの死角ではあるが、そんなド派手な色のモノ、見つかったらただでは済まない。
ジークフリートの様子のおかしさに、魔導士が口を開こうとした時、聖女ミリアが歓喜の声を上げた。
「すごいわ。なんて熱い魔力なの」
胸元のペンダントを握りしめ、突如笑い出したミリアに魔導士が驚愕の顔をした。だが、ミリアが感じ取り吸収している熱い魔力の正体を知っているジークフリートは、ピンクの扉が魔導士に見つからないことを祈った。幸いなことに、魔導士が首を動かしたときにはピンクの扉は消えていた。
そして、歓喜の表情を浮かべていた聖女ミリアは、大きく口を開いて宙を見つめた。ペンダントを握りしめた指先が白くなっている。
「あ、あああ」
聖女ミリアの体から白い光が漏れ出した。体内の魔力庫から魔力があふれ出したのだろう。完全なる魔力過多。オーバーキルと言ってもいいほどの魔力が勇者たちの手の甲の魔方陣から聖女ミリアのペンダントに流されたのだ。熱いのは源泉の温度だ。
「いやあああああ」
聖女ミリアは気が付いたのだろう。体内に取り込んだ魔力が多すぎたことに。だがしかし、気づくのが遅すぎた。
「な、なにが起きている?」
魔導士も聖女ミリアの異変に気付いたものの、原因がわからないから成すすべがない。光を放つミリアの体が小さくなっていく。
「いったい、どこまで……いや、マジかよ」
何をどうするのか説明はきいたものの、母親の腹の中で赤子がどのように育っているのかなんて、この世界の人にはない知識だ。だから、生まれる前まで若返らせる。なんて聞かされたも、ジークフリートにはさっぱり想像がつかなかったのだ。
だから、ミリアの体に起きた急激な変化の理由も理屈も理解できなかった。
「聖女様が、消えた」
聖女ミリアがいた場所には、着ていた白い服と、首に下げていたペンダントが残された。だから、それを見た魔導士はミリアが消えたと思ったのだろう。確かに、ミリアは消えた。生まれる前まで急速に若返ったから。
人が、生まれる前まで若返れば、生きていられるわけなどないのだ。現代に生きているに年頃の日本人なら知識として理解できることだ。だから、勇者たちは自分たちの手を汚さずに聖女ミリアの存在を消す方法を実行したのである。
「陛下に報告しなくては」
白い光を放ち消えた聖女について報告すべく、魔導士は慌てて部屋を飛び出していった。
「あー、参ったなこりゃ」
ミリアの存在した跡を眺めながら、ジークフリートはつぶやいた。まさか、ここまで何も残らないとは思わなかったのだ。
「やっぱり知らなかったんだ」
唐突にジークフリートの隣に
「赤ん坊が生まれる前、母親の腹の中でどうなってるかなんて、知るわけねえだろ」
悪態をつくジークフリートを横目に見ながら、正義は床に落ちているペンダントを拾い上げた。
「さすがに、こいつだけは破壊させてもらおうか」
そう言って、正義はペンダントを粉々に砕いた。
「無くなっていたらいたで探されると面倒だからな」
そういって、正義はジークフリートの手を取った。
「あなたに最後の頼みがある」
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