第73話 高梨の問題

 いつも通りの朝。高校1年生ももうすぐ終わり、我々は2年生へと進級する。今のこのクラスの仲間達と過ごせる時間もあとわずかだと思うと寂しさが胸を通り過ぎる。いつも通り1年1組の教室の扉を開けると、なんとそこは異世界だった!

 謎の宇宙人アウストラレレントによって異世界の監獄に飛ばされてしまった我々1年1組の生徒達は、この監獄トストスガウディから無事に下山手高校に戻れるのか?!


「何これ?! 中途半端に中二病くさい設定作りやがって! やるなら徹底的にやれ! 中途半端だから尚恥ずかしいわ!」


「勝手にぶん投げといて文句言うなよ、入谷!」


「もうー。俺こんなん読むの嫌だ。津田が読めよ、生産者責任で。ツッコミどころ満載なんだけど。寂しさ通り過ぎちゃってお前の胸に一切残ってねえしさ、朝なんて教室の扉常に全開だしさ、謎の宇宙人の名前ややこしいのに正確に言えちゃってるしさ、宇宙人のくせに異世界に飛ばしやがるしさ、監獄に入れられてる説明ゼロだしさ、なくせに監獄の名前はこれまた言えちゃってるしさ。誰に教わったんだ、謎の宇宙人がわざわざ教えてくれたんか。親切だな、謎の宇宙人」


「もうやめて!」


「ライト係さん、津田を照らしてー。あ、その前に電気消してカーテン係さん光遮ってー」


「え、暗くされたら読めないじゃん」


「覚えてんだろ。あんな固有名詞出てくるくらい考え抜いた文章なんだろ、あれ」


「人が考え抜いた文章だって分かっていながらさっきの批評か?!」


「そだ」


 机は壁際に寄せている。教卓の前に津田が立って、その周りに机4つを配置し、ライト係が持参した非常用ライトで照らし出す。


「どう? 撮影班」


「いい感じ! 津田が幻想的に浮かび上がってるよ」


「いいなー。俺も浮かび上がりたかったなー」


「やればいいじゃん!」


「あんなもん読めねっつの。はい、じゃあ撮るよー。スタートゥ!」


「いつも通りの朝」


 津田が暗唱を始める。充里が逃走中っぽい動画にしたい、と意味不な要望をしてきて、とりあえず脱出ゲームの様子を撮影することになった。


 どうせ撮るならっつってみんなの意見を取り入れていくうちにメインが脱出ゲームなのか動画撮影なのか訳が分からない状態になったことは否めない。初期の2人ひと組でのチーム戦って設定もいつの間にかどこかへ消えて、みんなで謎を解きながらラスボスを目指すストーリーになった。


 ラスボス……職員室の高梨なんだけど。そこだけはみんなには言ってなかったから変わらなかった。


「1問目! だーだん!」


 津田、ノリノリじゃねーか。1問目はよくあるやつだ。上段に星、中段に△、下段に□が不規則に並んでて、3つの図形が重なる1列に当てはまる言葉は何か?


「これ、津田が作った問題?」


「そうだよ」


「なんで答えが捕獲なのに設定に捕獲要素がねえんだよ! 何かに捕獲されて監獄にぶち込まれてる設定にすりゃ良かったじゃん!」


「サラッと答え言っちゃうのやめてくれる?! めっちゃ考えたのに僕何もかもボロクソに言われてんだけど?!」


「さすがに津田くんがかわいそうだよー、入谷くん。あの宇宙人の名前、私は気に入ったよ。アウストラロピテクス星人」


「人類の起源と進化の学習じゃねーんだわ!」


「あーあ、泣ーかしたー。曽羽、泣ーかしたー」


「どうして津田くん、泣いてるの? メンタル弱いの?」


 うわー、トドメ刺したよ、このド天然……。


「津田! 2問目行こうぜ2問目! これ分かる?」


 俺は分かんねえ……けど、問題を自作した程の津田は、あっさり


「散歩!」


 と解き明かした。


「すごい! 津田くん、なんで散歩なの?」


 と比嘉に聞かれて、「え、あの」とおどおどしながら説明してる。


 分かる、分かるよ、1年近くクラスメートやってて、でもまだやっぱり比嘉ってなんか特別感あるんだよなあ……。いや、俺がそこに並んでどうする。俺クラスメートじゃねーよ、彼氏なんだよ。


 津田は謎解き問題はかなり鋭いが、分かってない奴らのこれ謎解きじゃなくてナゾナゾじゃね? ってのは苦手なようだ。しかも、ナゾナゾ問題もなかなかの数混じってるから、脱出ゲームは案外難航してる。


「あった! 消火器になんか絵貼ってあった」


 充里が持って来た絵は、俺渾身の高梨の似顔絵だ。あー、小鳥では高梨だと誰も気付かなかったけど、これは分かるか?


「何これ、人間?」


「仲野じゃね? ゴリラ」


「何か預かってたりしねーの? マザゴリ」


「預かってねーよ。俺=ゴリラみたいに仕立て上げるのやめろよ、お前ら」


「仕立て上げてるのはお前だよ。お前の顔がゴリラに仕上がってんだよ」


「違うだろ! お前だよ、入谷。お前がことあるごとにゴリゴリ言うから!」


 しまったな、高梨っぽさが足りなかったか。そろそろ気付いてくんないとラスボスに挑戦する時間なくなっちゃうんだけど。


 冬なのに高梨はTシャツ短パンのイメージが強かったから半袖着せちゃったせいで連想しにくいのかも。あ! 分かった!


「特別ヒーンツ!」


 似顔絵にサングラスを描き足す。


「あ! 高梨だ! プールん時のグラサン高梨だ!」


「なるほどね! 全てのヒントが指してんのは高梨か! パチンコ、独身、筋肉バカ、カス、ヤニ」


「あ、じゃあ、これ職員室の高梨先生の席かな?」


「ラスボスは高梨か!」


 よーし、誘導は上手く行ったみたいだな。


「入谷、なんでヒント見付かるたびにマザゴリじゃねー? って言ってたんだよ。お前が作ったんだろ、あのヒント」


 あ、マザゴリのくせにその違和感に感付くとは。


「答えが高梨なの忘れてたー。あのヒントだけ見たらマザゴリしか思い付かなくてさー」


「何だよ、お前! 俺何か渡されてたの忘れてんのかと思って焦ったじゃねーか!」


 お前も自分かと思ってたんかい。


 高梨、ちゃんと問題作ってくれたんかなー。ぶん投げたからには文句は言わんが、1年1組最後の行事を激寒で終わらせんなよなー。


 クラスの全員でワイワイと職員室へ向かう。最後なんだよなー、これが……。


「失礼しまーす」


 充里が先頭切って職員室に入る。ゾロゾロ続いて生徒達が入って来るものだから、数少ない教師達があからさまに警戒姿勢を取る。あの、俺達は大人しい生徒なんでノー警戒で大丈夫っす。


「やっと来たか。せっかく問題作ったのに時間オーバーするかと思ったわ」


 お、なんかちゃんと印刷して出してくれてんじゃん。


『峠-左上

 峠-右

 撃-上』


 ……俺が教えた問題例のあるサイトにこんな問題なかった。適当にちょうどいい難易度の問題にしてよって言ったんだけど、もしかしてオリジナル問題作ってくれたのか? 高梨が? 生徒達のために?


「何これ、全然わかんないー」


 って声がいくつも聞こえる中、津田が


「分かった! 場所の引き算だ!」


 って嬉しそうに手をパン! と鳴らした。


「何なに? どういうことよ、津田」


「峠って漢字は3つに分かれるじゃん、山と上と下の。下の字から見て峠から左と上を引いたら残るのは下。同じように峠引く右は山」


「そうか! 撃から上を引いたら手だ!」


「答えは下山手! この下山手高校か!」


 ワーッと拍手が起きて一気に盛り上がった。


 すげえ! 高梨が本当に俺らのために問題を自作してくれたんだ! 脱出ゲームも謎解きも知らなかったのに、わざわざ勉強してくれたんだ!


「ありがとう! 高梨先生!」


「全く入谷はめんどくさいことぶん投げやがって。まあ楽しんでくれたみたいで良かったわ。仮だけど初めて担任やって俺も楽しかったよ。お前ら意外といい奴らだった。2年になってもケンカしないでがんばれよ」


 高梨が珍しく教師みたいなことを言いながらいい顔で微笑んだ。ギャップ萌えってヤツだろう。高梨なんかの言葉にみんな感動の表情だ。目ぇ潤ませてる奴までいる。


「2年も高梨先生が担任がいいー」


「高梨先生、本当にありがとうございました!」


「ありがとうございました!」


 マジでいいクラス、いい担任だった! 楽しかった!


「あ! そこの名前知らねー先生! 俺のスマホで全員入れて写真撮ってよ!」


「え? 僕ですか?」


「そう! そこのメガネ先生!」


「俺も! ここにスマホ置いとくから、次撮って!」


「よし! みんなで高梨囲むぞ!」


 こんなド底辺な高校でこんな青春チックな瞬間があるなんて思ってもみなかった。名残惜しい。時間なんて進まなきゃいいのに。この楽しい時間にもっといたい。


 クラス替えなんてなくていいのに。担任だって、仮のままでいい。まだまだコイツらとバカ騒ぎしていたい。

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