第71話 第1回、進路希望調査~
3学期が始まったばかりの教室で、仮担任の高梨がプリントを配る。てか、短い3学期の間に新担任が来るとは思えねえ。このまま高梨が担任で1年生が終わるんじゃねーだろうなあ。
「第1回、進路希望調査~。進学だったら4年制大学か2年制か、専門学校か、就職なら学校あっせんか自営業等のコネがあるのか、親御さんとも相談してよく考えて書くように!」
進路か。へー、進路。
4年制大学って、このド底辺から無理だろ、普通に。金さえ積めば行ける大学に裏口入学でもせん限り。
そういや、うちって金だけはあるはずなのになんで公立高校希望だったんだろ。私立の専願なら多少はもっとランキング上の学校に行けたかもしれないのに。中学の時はそんなこと考えもしなかったけど。
何っも考えてない中学生だったもんなー。
「比嘉は進路どうすんの?」
「何も考えてないわね。とりあえずは2年生になることが目標かしら」
「そうだな、お前の頭ならそれが正解だ。3学期はテストが1回しかない。全集中してやりきれ」
「任せといて」
だから、どこからその自信は湧いてんだ。何も任せらんねーよ。比嘉専属ティーチャー俺が張り切らねえと!
「俺は就職かなー。もう勉強したくねーわ」
あはは、と充里が笑ってる。いや、まだ1年生だ。あと2年は勉強しなきゃなんねえぞ。
「充里が会社で働くなんて想像つかないわね」
「俺は比嘉が働いてる方が想像つかねえわ」
「まあ、2年生になった上に3年生になってからの話でしょ? 先が長いわね」
長いかなあ。俺中学の3年間超短かったし、高校入ってからここまでもすげー早く感じるんだけど。
「曽羽ちゃんは?」
「私は……指定校推薦の話を聞いてみようかなあって思ってるかなあ。大学行けるなら行きたいし。私働きたくないんだよね」
曽羽は癒しの笑顔とフワフワした虹色綿菓子ボイスで働いたら負けくらいのニート宣言をしている。まあたしかに、この常軌を逸したド天然に社会人が務まるとも思えない。結婚して子供産んでお母さんやってる方が余程想像できる。
「俺は、ミュージシャンになる!」
「はいはい。勝手になっとけ」
「冷たすぎるだろ、入谷! だが、いい!」
変態ミュージシャンか。新しい分野を開拓しそうではあるな、仲野。歌だけは超上手いしな。だがしかし、ここまでゴリラなミュージシャンなんて絶対売れねーだろ。見た目が厳つすぎる。
「行村は?」
行村はモテだしたせいか元々のポテンシャルが高いのか、締まりのないボーっとした印象の顔だったのに、メキメキキレのある正統派イケメンへと進化を遂げてる気がする。
「俺モデルやってっから、卒業したら本腰入れてタレント目指そうと思ってんだよね」
「は? モデル?」
何言ってんだコイツ、高2を前に中二病に侵されたのか。
「こないだテレビ見てたら行村が今話題のモデルとして紹介されててびっくりしたわ。どうして言わなかったの?」
と比嘉が聞いている。……は? マジでモデルやってんの?
「俺ひっそりとモデルやっときたいんだよ。これ以上モテても体はひとつじゃん。相手できない子が出てきたらもったいないからさー」
もったいないって、どんな節約家だ。言ってることが意味分からん。さすがは下山手っ子、頭の程度が低すぎる。
「入谷は? 高校卒業したら何やりたいの?」
比嘉が聞いてくる。
やりたいことか……とりあえず、ホスト以外だな。兄貴達と違って俺は癖の強い顔だし短気だし背低いし、とてもホストに向いてるとは思えない。何より、彼氏の職業がホストだなんて、お堅い比嘉の親に絶対に認められないだろう。
「俺にはお前を幸せにする未来しか見えてないよ」
比嘉の右手を握って微笑みかける。
「やだもう、みんなの前で恥ずかしい!」
と左手で腕を平手打ちしてくるけど、力がないから全然痛くない。
「マジで将来のことなんか考えてねーな、統基ー」
充里に言われたくねーわ。
将来か……うん、何も考えらんねーわ。まだ1年だぞ。
家に帰ったら珍しく親父がいたから、進路希望調査の紙を渡した。
「何これ」
「高校卒業したらどうすっか書けって。まだ全然変更可能だから、とりあえず今の希望を親と相談して書けって言われた」
「俺が書いていいの? 統基は5号店な」
慌てて親父の手から紙を取り返す。
「書くのは俺! なあ、そういやなんで俺公立高校希望だったの? 私立でも良かっただろうに」
「言っただろ、俺はお前達兄弟みんな平等にしたいって。亮河の高校受験の頃は今ほど金なかったから、公立が第一志望だったんだよ。公立高校からでないと大学行かせられなかったからな。統基も大学は行けよ」
え? 俺大学行くの?
兄弟平等にするために? あー、そういや孝寿も大学生だな。
「え、じゃあ慶斗と悠真も大学出てんの?」
超馬鹿そうなのに。
「あの2人は失敗した。亮河は小さい時から店に出入りしててもちゃんと勉強もしてたから同じように店に連れて行ってたら慶斗の奴早々に女遊び覚えちまって、私立高校の入試は学校の監視があったから行ったけど中学卒業してからの公立入試はサボりやがったんだよ」
「え?! 公立受験してねえの?」
「それで仕方なく私立に行ったけど、遊び惚けて大学なんて行ける状態じゃなかったんだよ。自分だけ高卒は嫌だからって知らねーうちに悠真にも私立行けって指示してやがって、悠真も同じルートをたどりやがった」
あー、悠真らしい……。
「それで学習して孝寿からは店に連れて行かないようにしたら、今度はホストにはならねえとか言い出しやがる。正解ってないんだな。子育てって難しいよ、マジで」
どこに子育ての難しさを感じてんだよ。いや、それ正解だよ。ホスト一択の人生より余程選択肢があるよ。
選択肢はある、か。そうだな、まだまだ時間もある。ゆっくりじっくりまったり考えよう。俺はどんな人生を生きたいのか。どんな選択肢があるのか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます