シーン16-6 優希
優希は黙ったままその光景を見届けた後、静かにいずみとあやめのところへと歩み寄ると、開口一番手を合わせて二人に謝罪した。
「飛田さん、いずみ先生、ごめんなさい! こんなに痛い思いをさせちゃうなんて……」
それを聞いたいずみとあやめはほぼ同じタイミングで噴き出す。
「ぷっ……あははははは……もう、痛いんだから笑わせないでよ歩生君」
「ははは……全くだな、そういう時はもう少し格好良く決めてくれ優希」
「そ、そんなこと言われたって……」
見事に二人に笑われてしまい、変身した姿のまましょげかえる優希。そこに今度は後ろの方から声がかかる。
「……賑やかなのは結構だがよ、こっちも助けてくれねえか歩生」
「東元……? 分かった、すぐに行くよ」
優希は変身した姿のまま隣の教室へ向かうと、変身させていた右腕を元に戻したボロボロの東元を背負って戻ってきた。
東元は優希の背から降りるなり豪快にその場に座り込んで頭を掻く
「ま、ありがとうって言っといてやるよ歩生……まさかお前に助けられる日が来るなんて夢にも思ってなかったぜ……」
「こっちこそありがとうを言わなきゃいけないよ東元。あのタイミングで攻撃してくれなかったら、あいつの『
「……私が言うのも何だが、あの局面は見ていて冷や汗が出たぞ優希。万が一にでも奴の『転写』を受けてしまっていたら、私たちにはもう手の打ちようがなかったからな。東元と飛田がいいタイミングで私たちを援護してくれたから良かったようなものだが……」
いずみはそう言って膝枕をしているあやめの頭をそっと撫でる。机を盾にしていたとはいえ、明らかにいずみを殺す気で放ったであろう衝撃波を受けたのだから並大抵の怪我では済まないだろう。東元を含めて早急に医者に見せる必要があった。
あやめはいずみの手の動きに気付いて穏やかに微笑んだが、その直後に激しくせき込んだ。血こそ吐いてはいないが、かなり苦しげだった。
「大丈夫か飛田……! あまり動くな……!」
「……だい……じょうぶ……どうせ……すぐに医者には……行けないでしょ……先生……?」
「それはそうだが……あいつめ、怪物どもの始末くらいつけてから消えれば良いものを……!」
いずみは既にいなくなった『
その話を聞いた優希は変身を解いてボロボロの服をリュックに入った服と交換する。今度は単純に白の半袖Tシャツと青のジーンズという格好だった。
あやめと東元が怪訝な表情をする中、いずみだけは優希の意図を察して声をかける。
「外科なら、要町三丁目の内川医院に行けばいい。恐らく閉じているだろうが、あそこの先生と私は顔馴染みだ。名前を出せば手当てくらいはしてくれるだろう」
「三丁目の病院ですね。分かりました……飛田さん、ゆっくりでいいから僕の背中に乗って……」
「え……! う、うん……」
あやめはいずみに手伝ってもらってどうにか優希の背中に乗った。優希の背中がこの上なく大きいものにあやめには感じられる。
「……要町の三丁目までは、それなりに距離があるぜ。変身抜きで大丈夫かよ?」
「今はまだまだ僕の変身した姿を知らない人に見せていい時じゃない。それに戦い続きで結構消耗しちゃっているからね。またあいつみたいな強敵でも出てこない限りは無闇に変身しない方が無難だと思う」
「……そういうことなら仕方ねえか。俺がお前の立場でもそうするだろうしよ……。ま、せいぜい頑張れ」
優希に忠告した東元だったが、その考えを聞くなりあっさりと矛を収める。口元には笑みが浮かんでおり、本気で言ったわけではなかったことをうかがわせる。
優希はあまりあやめを揺らさないようにしながら立ち上がる。
「それじゃ、行ってきます。なるべく早く向こうまで行けるように努力しますから、それまでは耐えていてください」
「……いや、ゆっくりで構わん。それよりもこれ以上飛田の怪我がひどくならんよう慎重に運んでやってくれ」
「途中で怪物に襲われるとか、ヘマやらかしたら承知しねえぞ歩生」
いずみと東元、二人の激励の言葉を受けながら優希はあやめを背負って病院へと急いだ。
その途中で怪物に遭うことも無く、順調に進んでいく二人。
ふと、あやめが優希に言葉をかける。
「本当に……強くなったんだね歩生君」
「そうだね、半分以上はズルしてると思うけど」
「そんなこともないんじゃない。経過はどうであれ今は歩生君の力なんだし」
あやめはそう言うと軽く頭を上げる。
「ねえ、歩生君……歩生君はやっぱり座間先生のことが好きなの?」
「……うん。なかなか言い出せずにいるんだけどね」
その質問に優希は少しだけ迷いながらも、最後ははっきりとそれを口に出した。
「そっかぁ……そりゃそうだよね……お互い隠しもせずに名前で呼び合うくらいの仲なんだもんね……」
「あっ……!」
「大丈夫よ歩生君……放っておいてもいずれ皆にバレる程度には周知の事実になる予定だったから」
「……それのどこを安心すれば……」
優希はがっくりと来たのか、進むスピードがやや落ちる。
「そんなにがっかりしないでよ……言ったでしょ、予定だった、って」
「え……どういうこと……?」
「職員室は吹き飛んでるわ教室はめちゃくちゃだわ、おまけに教師は二人くらい行方不明になってるわで、例え今の状況が収まったとしても、簡単に学校が再開するわけないでしょ……それにね……」
そこであやめは再び優希の背中に顔を埋める。
「いなくなっちゃう気がするの……歩生君も、座間先生も、東元君も、皆……私の側からいなくなっちゃうような気がするの」
「飛田さん……」
「……いいの……私にもわかってる……これ以上私が一緒に居たらまたきっと今日みたいなことが起こるかもしれないのに、一緒になんていられないよ……」
優希はその言葉に対して何も言わなかった。ただ進むスピードを元に戻し黙々と先へと進んでいく。
そして、病院の看板が見えてきたところで優希はあやめに告げる。
「飛田さんも……僕の大切な仲間だよ……」
「歩生君……?」
「飛田さんがいなかったら、いずみ先生も東元も、きっと助かっていなかった。勿論、僕だってこんな体になるずっと前から飛田さんに助けられ続けてきた。そんなに僕を助けてくれた人を放っておいてどこかに消えてしまうなんて、僕にはそんなこと耐えられない」
優希の言葉にあやめはぎゅっと目を閉じる。目を開けていたら涙を流してしまいそうだったからだ。
今は泣いてはいけない。今泣いたら優希はきっと自分が泣き止むまで動きを止めてしまうに違いない。まだ学校には東元といずみが怪我を負って待っている。あやめ一人が優希を独占していい状況ではない。
だから、あやめは黙ったまま目を閉じ続ける。本当は泣きたいほど嬉しいのを必死の思いでこらえながら。
「……だから約束するよ、飛田さん。例えどこかに離れ離れになってしまったとしても、いつか必ず会いに来るって。危ない時はいつでも助けに来るって……」
「……それ、嘘じゃないよね……?」
「嘘じゃない。嘘にするつもりもないよ。必ず果たすから……!」
「……ありがとう、歩生君……」
優希の力強い言葉を聞いて、あやめの意識は安心したようにすぅっと薄らいでいき、やがて静かに眠りに落ちていった。
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