たった一人のレジスタント

緋那真意

シーン0 予兆

 月の見えない暗闇の夜、周辺に民家の少ない細い道の中央で二体の異形の怪物が対峙している。


 一方の怪物は体長が3mほどもある巨大な獣だった。四本足で立っていて犬のような頭を持ち全身が黒い剛毛で覆われている。口元からは鋭い牙を覗かせ、目を暗い紫色に光らせており、低い声で唸ってもう一方の怪物を威嚇していた。

 もう一方の怪物は二本の腕を持ち二本足で立っていて身長が180cmほどのヒトに近い姿をしているが、その全身は得体が知れない紅く蠢く肉塊に覆われており、何とも言えないおぞましさを感じさせる。顔に当たる部分には黄色く光る目のような器官があるだけで、表情のようなものは全く感じることが出来ない。

 そのヒト型の怪物の背後には、腰を抜かして動くことのできない細身の中年男性がへたりこんでおり、震えながら両者を見つめている。


 先に動いたのは犬の怪物だった。俊敏な動きでヒト型の怪物に飛び掛かり、頭ごと食いちぎろうと大口を開く。

 だが、ヒト型の怪物はその場から一歩も動かずに黄色い目を一瞬強く光らせると、自分から右腕に当たる個所を飛び掛かってきた犬の怪物の口の中に突っ込ませる。

 犬の怪物は差し出された腕を食いちぎろうとするが、異変が起きる。犬の怪物は懸命に腕を食いちぎろうとしているのだが、ヒト型の怪物の腕はびくともしない。それどころかヒト型の怪物はそのまま腕一本の力だけで犬の怪物を宙に釣り上げる。

 犬の怪物はそこから逃れようと釣り上げられたままの状態でもがくが、ヒト型の怪物は全く動じない。この時、ヒト型の怪物の手は犬の怪物の舌の付け根を掴んでいた。


 犬の怪物の抵抗を黙って見つめていたヒト型の怪物であったが、犬の怪物が抵抗を止めないのを見て取ったか、やおら犬の怪物を掴んでいる右腕を大きく振り上げると、そのまま勢いをつけて振り下ろし犬の怪物を地面に叩きつけた。

 犬の怪物は激痛のあまり不気味な悲鳴を上げるが、ヒト型の怪物はそれに構わず再度犬の怪物ごと腕を振り上げ、再び地面に叩きつける。そしてもう一度、更にもう一度と同じことを繰り返していく。

 何度同じことを繰り返しただろうか。とどめとばかりに犬の怪物を地面に強く叩きつけた後、ヒト型の怪物はようやく犬の怪物を掴んでいた手を放す。

 解放された犬の怪物は震える脚で後ろに下がり、体勢を立て直そうとするが力が入らないのか上手くいかない。紫色をした目の光が弱々しく瞬いている。それでも懸命に四本の脚で地面を踏みしめて立ち上がると、最後の力を振り絞ってヒト型の怪物に向けて突進した。


 ヒト型の怪物は焦るような感じも無く悠然と佇んで犬の怪物が接近するのを待ち、あと少しで犬の怪物が口を開いて食らいつこうかというタイミングで鋭い回し蹴りを顔に向けて放ち、豪快に犬の怪物を吹き飛ばす。

 吹き飛ばされた犬の怪物は泡を吹いてそのまま地面に倒れ込み、しばらくビクビクと体を震わせていたものの、やがて動きを止めた。

 その様を黙って見届けたヒト型の怪物は、そこで初めて自分の背後で震えていた中年男の方を向いた。

 中年男はヒト型の怪物に見据えられて、一度だけ大きく体を震わせる。そして、ヒト型の怪物が一歩だけ自分の方に近づいてきたのに気付くと、大声で悲鳴を上げながら脱兎のごとく逃げ出した。


「ば、ば、化物だぁぁぁぁぁぁ! 助けてくれぇ!」


 中年男が逃げ出した後、その場に残されたヒト型の怪物はまるで涙を流すかのように黄色に光る目を明滅させ、体を震わせて悲しげに声のようなものを上げようとする。


 うぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!


 しかし、それは誰にも届かない。全ては夜の闇に吸い込まれていった。



 翌朝、付近の住民によって犬の怪物の死体が発見され、警察によって周辺の捜索が行われたものの、その場にいたはずのヒト型の怪物に関わる情報はどこからも出てこなかった……。

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