ACTion 22 『ふってわくのは、冒険と試練』

 言われた通り口外するでもなく、誰に譲り渡すわけでもなく、それはカウンターの引き出し奥に匿われていた。無論、いまだその理由は不明である。ただ珍しくも厳しかったアルトの口調が、しばしその理由となってデミへ慣れぬ役割を強要し続ける。だが匿ったモノのありかを問いただす者が現れることもなければ、 隔離されたようなこの役割には、全くもって張り合いがない。

 だからしてデミはただひたすらアルトが帰って来るまでを待つと、その肩に「閑古鳥」を乗せカウンターに埋め込まれたモニター画面をスクロールさせていた。

『ふーん……』

 永遠とスクロールし続けるのではないかと思えるモニター画面には、 ダウンロードの済んだギルド鑑定依頼申し込み用フォーマットが表示されている。 そこには鑑定物の外寸に重さ、色、その他特徴を事細かに書き込む箇所が表示されており、以下には、二度手間を防ぐため、自らが鑑定し結果を得られなかった鑑定項目のチェック欄が並んでいた。ようやくそれがついえたところで、ギルド本部が独自に行う鑑定項目が延々、連らなっている。

 肩の「閑古鳥」へ欠伸と背伸びのエサを代わる代わる与えながらデミは、着実にその全てへ目を通しながら昨晩、見つけたあの不思議な石の鑑定を依頼すべく、に当てはまる項目を探し続けた。

 どこにも該当するものがないまま最後尾へ辿りついたところで、動きを止める。何しろそこには、『積乱雲鉱石鑑定依頼』の文字が刻まれていたのだ。

『……ウソ。まさか』

 とたんデミの肩から「閑古鳥」は飛び立っていった。

 目覚めてデミも、手元も危うくカウンターの引き出しへ指をかける。引き抜けば手前に光速のプリプログラムボックスが見え、その奥に例の基盤は立てかけられていた。そのさらに奥には落とした拍子に傷物となったあのエセ基盤が寝そべり、その影にあの石は最低限の変質を避けるため、抗酸化ガスの満たされたチタンシートのパックに封じ込められ転がっている。

 慌てて掴み取っていた。

 が動作も半ば、思いとどまりデミは息を整えなおす。

 大袈裟なほど慎重さを極めると、指先へ神経の糸を張り巡らせ、チタンシートのパックを掴みみなおしていた。滑らぬようにもう片方の手も添えて両手でそうっと取り出す。

 ままに光へかざした。

 その下からのぞき込めば、グレーに濁った薄いチタンシートの向うで指の先ほどしかない小さな石は光を浴びたとたん、息を吹き返したようなあの温かみ残るあのピンク色を灯す。

 最初、目にした時は不可解でしかなかったその色と変化は、とたんとんでもない可能性をはらんでデミの目に神秘と映り込んでいた。万が一にもこれが積乱雲鉱石であり、いやそれ以上、驚くべき新素材だったとしたなら、と一生を遊んで暮らせるほどの莫大な金と価値とパワーの気配に息をのむ。そしてその力が今まさに自身の手の中にすっぽり納まっていたのなら、と考えしばし呆然とした。

『そう、なの?』

 信じられず石に問いかけ、瞬いた。

 だが返事など帰って来るはずもなく、ほかでもない蘇ったアルトの怒鳴り声に呼び止められる。


 鑑定はいい。

 これ以上、その石のことは誰にも言うな。

 その石、お前が大事に持ってろ。

 誰にも渡すな。

 いいなッ、俺が帰るまで絶対だぞッ。


 しかも、かけたつもりもないエコーさえ効いていたなら、それはこっぴどくデミの頭の中で響き渡った。

 やがて消え入り、光へかざしていた石をデミは胸へ下ろしてゆく。

 代わって開けた視界には、開かないドアが一枚きりと、立ち塞がっていた。故郷『アーツェ』の赤い空を模した色窓が、外光を投げ入れ部屋を赤く染めている。

『違うよ……、これ、これってきっと、そうなんだ!』

 千切れんばかり鼻溜を振った。

 だからこそ、アルトは血相を変えたに違いなく、つい昨日まで積乱雲鉱石の存在すら知らなかったデミへ、 隠し持っていろと怒鳴りつけたに違いなかった。

 何しろこれは放置船から失敬したモノに紛れていたのだ。持ち主のチェイサーが探していないとも限らず、なら店に踏み込んでこないとも言い切れなかった。物騒な展開は慣れぬデミの頭の中でその風呂敷を広げてゆき、早くもたたみ切れなくなる。

 無論、店へ持ち込んだアルトも、最初この事実を知らなかったのだろう。だがしかし、わずかなうちに何かが起きた。そしてこれが積乱雲鉱石なのだと知った。

  ならやおらデミの脳裏へ、急ぎ足でここを飛び立っていったあの夜は思い出され、 殴られたと憤慨していたアルトの様子は重なる。もしかすると、もうそのチェイサーにアルトは遭遇したのかもしれず、広げた風呂敷は現実になっているのかもしれなかった。

 気づけば引き寄せ、デミは強くチタンシートのパックを胸に抱きしめる。 あごを乗せて鼻溜で隠し、「閑古鳥」の飛び去った不協和音鳴り響く店内をくまなく見回して行った。

『……それって、つまり、今、チェイサーとモメてるってこと?』

 揺するが早いか、カウンターの引き出しへチタンシートのパックをしまいこむ。そうして決め込むのは、何もなかったような素振りだろう。だが が、しようにも、何もなかったような素振りとは、そもそも何かあったからこそのにほかならず、持て余せば落ち着きは失せ、むしろ何もなかったような素振りなど装えなくなる。

『どうしよう。知らないフリって』

 鼻溜を振って作業着の詰め襟を整えた。

 胸ポケットにさしたマイクロスコープを手に取りのぞいて、上下を間違え目を突きそうになったところで、ポケットへ差し戻す。

『こんな時、どうすればいいの?』

 確かに学校にいた頃は、ある程度の共通幻想が、常識が、その下敷きとなって空間を共にする者の行動を統制していた。だが不特定多数が、しかもギルドにジャンク屋関係が出入りするこの空間では、そんなものなど存在しない。 共通幻想は愚か「常識」と呼ばれるものの存在自体が怪しかった。

 ならば知らなかったとはいえ、奪った積乱雲鉱石をチェイサーへ返してコトが済むなどという奇跡こそ大団円に近い奇跡だろう。恐らくはその事実を盾に、何かしらを要求されるに違いなかった。言い換えるならゆすり、たかられ、付きまとわれる可能性が高い。対峙して同様にやり合うなど、日々のありふれた買い取りでさえ不利な立場を強いられるデミには不可能だった。

『ぼ、ぼく知らないよ。だってぼくの店、だ、誰もこないもん』

 思わず空を相手に、来るべき時にそなえ演習してみる。相手が空のせいだからか、デキにはかなりの不満が残り、ならばとアルトを真似てみる。

『しらねー、つってんだろうが。ガキ相手に、でかい声出すんじゃねーよッ……』

 だがそうして半身に構えてみたところで、その後が続かない。やはり無理矢理がいけないのだ。デミは路線を元に戻した。

『おじいちゃんが、知らないひとと話しちゃダメって、いってたもん』

 いや、戻し過ぎて、それは精神的に退行するに終わる。

 果てに行き詰まる演習。

 思い切り鼻溜を膨らませたデミは、そうしてついに吐き出していた。

『ダメだよ。こんなんじゃ、アルトが帰ってくるまでもたないよ、ぼく』

 カウンターへと突っ伏す。

 しばし唸り、静かに悶絶した。

 が声は、そこでピタリと止まる。

 絶望に閉じていた目を開いていった。

『そっか……』

 その目がとらえたのは、カウンターのモニターだ。

 鼻溜まりを揺すってデミは、伏せていた背を跳ね上げる。

『ぼくがアルトのところへ持って行けばいいんだ!』

 弾き出した結論は、指示に反することのない実に合理的なものだった。

『ぼくがアルトのところへ持っていけばいいんだ!』

 もちろん、まだ無性別の子供であることを理由に船舶免許取得を却下されたデミ自身が、自ら飛んでゆけるわけもない。ならば頼める相手の相場は、あちらか、こちらと決まっており、そのこちらはタイミングもばっちりにモニターの明かりを灯す。

『遅くなったの、デミ。わしに相談があるとか、今、留守録を見たところじゃ』

 聞き慣れた声は、なんの警戒もなく店内に響いていた。その甘さにデミの瞳は輝く。

『おじいちゃん!』

 瞬間、用意されていた相談の内容がすりかえられたとしても、それをサスが知る術はない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る