リーフ-2
その瞬間を想像して、レンは胃の中身を全てぶちまけかけた。頭に握力をさらに込められると、恐怖のあまり失禁した。涙と鼻水で、顔がしわくちゃのぐちゃぐちゃになった。
「ま、待って待って待ってマッテマッテマッテマッテマッテマッテクレェッ!!! ヤメ……ヤメテ、死にたぐないッ!!!」
レンは今度こそ、心から自分の行いを悔いた。こんなことになるなら、調子に乗るんじゃなかった。いや、いっそ、こんな世界に来たこと自体が間違いだった。前世ではなんの取り柄もなかった自分が、異世界に来たら急に世界の中心になれたと思い上がった。
やり直したい。最初から。今度は真っ当に生きたい。ちゃんとしたい。死にたくない。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない――
「うるせーバーカ、さっさと死ね」
赤目の魔人が舌を出した。赤い閃光が視界を覆い尽くした瞬間、頭の内側がうねり、潰れたような感触を最後に、レンの意識は途絶えた。
▼▼▼
アルテは、ユイの腕の中で目を覚ました。
胸の傷は塞がっていた。体に、まだほのかにリーフの匂いが残っていた。優しい匂いだ。また、助けられてしまった。
「……リーフは?」
「おはようアルテ。……今、戦ってるよ」
ユイはそっと一点を指さした。遥か彼方――アルテの記憶より随分戦場が遠ざかっていた。遠く、かすかに、おぞましい――赤と黒の巨大な球体が見える。
リーフの魔法だ。あの中で、リーフとレンが戦っているのか。
「おぉい、ふたりとも! 無事か!?」
そこに、ドスドス足音を立ててなにか大きな生き物がアルテたちの元へ近づいてきた。ロックゴーレムのギギと、その肩に乗ったオトである。
「オト! お前らこそ怪我してないか!?」
「俺たちは平気。それより、あれ大丈夫かよ。あんな恐ろしい魔力、見たことねえぞ……」
アルテは一度見たことがある。リーフの普段の優しい魔力とは全く真逆の、触れるだけで皮膚が裂けそうな魔力。恐らく今、リーフは正気を失っている。
「助けに行くぞ」
「おう!」
『ギギィ!』
ギギとアルテが同時に駆け出した。アルテは爆速でギギを置き去りにし、結界のように張られたおどろおどろしい赤と黒の球体まで、一息に近づいていた。――そのとき。
前触れなく、球体が弾けて消えた。肌を刺すような魔力が霧散した。球体の中からは、二人の人影が出てきた。
一人は、その場に立ち尽くすリーフ。もう一人は、崩れ落ち、死んだように動かないレン。
「……殺した、のか」
急ブレーキをかけたアルテは、呆然と呟いた。アルテはもう、レンを殺すしかないと思っていたのに、どうして自分がショックを受けているのか、分からなかった。
「……ぅ、ぅぅ……」
そのとき、レンがうめき声をあげて、ピクリと身動きしたではないか。アルテの視界がさっと開けた。よかった、リーフはやっぱり、レンを殺してなどいなかった! ――しかし、ではどうやってあの怪物に勝ったというのか。
「どうなってんだ!? リーフが倒したのか、あの勇者!」
『ギギぃ!?』
追いついてきたギギに乗ったオトに、アルテは不意にハッと思い至って、口早に頼んだ。
「オト、レンを【
「へ?」
「いいから!」
剣幕に押され、オトはわけもわからぬ顔でその目を銀色に輝かせた。「なんでわざわざ、勇者のクソ強えスキルラインナップなんて見なきゃいけねえんだよ……」とブツクサ言っていたオトの顔が、唐突に固まる。
「……え?」
「どうした」
「……ない」
アルテの予感は、的中していた。
「アイツ、スキル、一個も持ってないぞ」
リーフは勇者の、スキルだけを【破壊】したのだ。
リーフが破壊・創造できるのは、自分が構造を理解しているモノ。そしてリーフのエクストラスキル【全知の手】は、触れたモノの構造を完璧に理解する力。
リーフは既にレンに触れ、レンを構成する全ての概念と、その構造を学習していた。そこには、レンの所持スキル全ても含まれる。
「は……はぁ、アルテさん、オト……勝ちましたよ、僕」
二人に気づいたリーフが、弱々しくはにかむ。土壇場で、リーフは正気を取り戻したのだ。激情に流されなかった。最後まで、あんな勇者さえ、どうにか救おうとする心を捨てなかった。
「褒め言葉は一日一個、だったよな」
よろめいたリーフを風のような速度で抱きとめて、アルテは笑った。
「よくやった、リーフ」
えへへ、と力なく笑って顔を上げたリーフに、アルテは目を閉じて、そっと口づけした。
「なっ!!?」
『ギギィッ!!?』
「……………………へ?」
オトが目を剥き、ギギが赤面して顔を隠し、リーフは呆然と目を丸くしてアルテを見つめた。
「さすがに今日は、一個じゃ足りねえや。愛してるぜ、リーフ」
「あ、ああああああアルテさん!!?」
「約束破っちまったから、今日の飯はあたしの奢りだな」
少年のように歯を見せて笑ったアルテの耳の端が、真っ赤だ。
「ぼ……僕、魔族ですよ」
「お前はリーフだろ。あたしは誰だ、リーフ?」
「あ……アルテさん、です」
「そう、ただのアルテだ。お前はアルテのことをどう思う」
「……――好きです、大好きです」
「そうか。じゃあ、これからもよろしくな」
自分で言わせておいて耐えられなくなったのか、アルテはリーフを押しのけてそっぽを向いた。
てめぇ、リーフ! とオトが鬼の形相で飛びかかってきた。ギギは「やるじゃん」とばかりに岩の肘で小突いてきた。
くらり、と限界を迎えて、リーフは気を失ってしまった。
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