アルテの孤児院-3
オトは
「なんで俺がそんなこと……」
「お前にしかできないだろ、こんなこと。頼むよ、お礼なら弾むぜ」
お礼、という言葉にピクリと耳を反応させたオトは、少しだけ顔を赤くしてアルテを見上げた。オトはリーフに比べれば背が高いが、まだわずかにアルテには及ばない。
「じゃ、じゃあ……今度こそ、アルテのパーティーに入れてくれよ」
ダメ元で頼むような言い方だった。すでに諦めてうつむきかけていたオトに、アルテはけろっとして言った。
「あぁ、いいよ」
「え……え!? いいの!?」
幼さの残る顔を上気させて、オトが目をまんまるに見開いた。
「ああ、ちょうど前のパーティーとはぐれたところだからな。今度はあたしがリーダーの、新しいパーティーを作ろうと思ってたんだ」
オトは両の拳を上げてとびはね、歓声を上げた。全く関係のないリーフまで、なんだか嬉しくなってくる。
「じゃあ頼めるか?」
「おう! 任せろ!」
オトはリーフの方を向いて、じっと観察を始めた。なんだかこそばゆく、リーフは目をそらす。
「ようは、この灰色の肌を人間みたいにすればいいんだろ。朝飯前だって」
そう言って、長さ1メートルほどの木の杖をくるりと回転させたかと思うと、まるで剣のように操ってテトの鼻先に突きつけた。
「えっ、と」
「動くな。悪いようにはしねえ」
オトの体、杖に、不可視の魔力がみなぎっていくのを、リーフは肌で感じた。それでも大人しくしていたのは、その質感が攻撃的ではなかったから。
「【光魔法】"No.6"――【
淡いイエローの光が、杖先から放たれてリーフを包み込んだ。痛みはない。熱くも冷たくもない。それどころか、薄くかすかな魔力がベールのように全身を覆う感覚以外、何も感じなかった。不思議な魔法だ。
おぉ、とアルテが歓声を上げた。オトは「よし」と自分の仕事に満足した様子で、「ほんとなんもねーな、この部屋。鏡くらい置けよ」と毒づくと、今度はリーフから1メートルほど離れた空中を杖でノックした。
「No.11、【
途端に、杖が触れた虚空を起点として、金色の光とともに、1メートル四方程度の"窓"のようなものが現れる。その窓に映っていたのは、リーフ――によく似た、人間だった。
「え……!?」
リーフが驚くと、窓に映る彼もまた鏡写しに驚いた。リーフは思わず自分の肌に触れた。窓の向こうの彼も同じように顔を触っている。
黒髪も、エメラルド色の瞳もそのまま。ただ、灰色だった肌だけが、柔らかみのある淡いベージュ色に変貌していた。これでは、どこからどう見たって人間である。
「安心しろ、本当に肌を染めたわけじゃねえ。【光魔法】でお前の肌の"見え方"を変えただけだ。色の見え方を変えるだけなら大した魔力も使わない。数日に一回、効果が切れかけたらかけ直してやるから来い」
「すごいじゃないかオト! 本当に人間みたいだ! 可愛いぞぉリーフ!」
アルテは両の手でリーフとオトの頭をクシャクシャに撫でた。年上だと打ち明けたばかりなのにまるで子ども扱いである。孤児院でずっとみんなのお姉さんをしていた癖が、もう抜けないのだろう。
「あの……」
遠慮がちに声をかけたリーフに、オトは「なんだよ」と身構えた。
「気に入らねぇなら、お前だけ本来の肌に見えるように細工してやるぞ」
「ううん! ありがとう!!」
パッと両手でオトの手を握り、満面の笑顔でお礼を言ったリーフに、オトはギョッと猫目を見張った。
「なっ、なんだよ!?」
「こっちの世界に来たときから、ずっと落ち着かなかったんだ。みんなの視線が気になって、人と目を合わせられなくて……でも、君の魔法のおかげですーっと心が晴れた!」
輝かんばかりのリーフの笑顔に、オトは面食らった様子で固まった。
「れ、礼を言われる筋合いなんてねーよ……お前のためじゃねーし」
「ううん。僕の肌を染め直したわけじゃないって、最初に言ってくれた。君はとっても優しい人だね」
リーフの魔族である証を、奪ってしまわないように配慮してくれた。リーフの誇りを尊重してくれた。それもごくごく自然に。アルテに感じたような温かさを、彼からも感じたのだ。
恥じらいを知らぬドストレートな物言いに、オトの方が真っ赤になってリーフの手を振り払った。「ふっ、普通だろ! そんくらい!」と叫び、距離を取る。
「お前、ほんとに魔族かよ……変なやつ」
「仲良くできそうだろ?」
「はぁ!? 誰が!」
「よ、よろしく、オト君」
「馴れ馴れしく呼ぶなぁ!!」
赤面してそっぽを向いたオトと、もじもじするリーフの手首をアルテが掴んで笑った。
「じゃ、行くか、ギルド」
「え、俺も?」
「【
嫌がるオトなど意にも介さないで魔法を発動させたアルテの体から、七色の光が放たれて瞬く間に三人を飲み込んだ。
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