第5話 鉄と農具とドワーフと

領内の荒野を豊かにすべく、ダム建設を皮切りとした俺のスローライフ計画は順風満帆に進んで…、いなかった。

 いや、むしろ速攻で壁にぶつかっていた。


「荒れ地を開墾できる農具がないのだ…」


 自宅に戻った後、色んな意味で疲れ切っている様子の父が執務室で残念そうにつぶやいた。


 先ほど俺が見せた無詠唱の魔法行使やその規模、また合成魔法や魔石の属性変換等諸々の件に関しては、折を見て国王に報告をあげるとのこと。

 黙っていれば、下手をすると謀反の疑いありなどと難癖をつけてくる貴族もいるらしい。

 しょうもない奴らがいるもんだ!


 それはそれとして。


「農具、農具ですかぁ」


 イェイ!俺の手からはトラクターも出るんですよ!というのはさすがに無理だ…。

 オーマイゴッド!

 いや、ゴッドって言っても多分ルーシアだけども。


「1つ方法がないわけでもないのだが…」


 父は難しそうな表情で言った。


「解決策があるのですか?ぜひ教えてください、できることならなんとかしてみます」


 スローライフを手に入れるためとは言え、我ながら必死だな。

 あれ、でもなんかおかしくね?

 逆に仕事増えまくってね?


「領内の西はずれに住む鍛冶職人に、開発用具の生産を頼むのだ」


「鍛冶職人さん…ですか?…すみません。領内にそのような腕のいい職人さんが居住されているなど、把握しておりませんでした」


「…いや、お前が生まれてこの方、彼は目立った鍛冶仕事などはしていないだろう。それこそ時々気まぐれでご近所さんに頼まれて包丁を打つ程度だろうな」


「えぇ…。お話を聞く限りでは、ただの怠け者にしか聞こえませんが…。本当に職人さんなのですか?」


 父は少し考え込んでいたが、ややあって、その場に立つと、腰に提げた剣をスラリと抜いた。


 俺は父が剣を抜いたところは初めて見たが、素人目に見ても、その剣がかなりの業物だとわかる。


 鍛え抜かれた刀身は、それそのものが強い輝きを放っているかのように見えるし、そこから想像されるのは一級品の切れ味だ。

 それだけでなく、柄に施された装飾や鞘の細部に至るまで、大胆かつ丁寧に施された意匠に関しても、素晴らしいとしか言いようがないものであった。


「これは私が領主となった祝いに、その鍛冶職人に頼み込んで打ってもらった剣だ」


「…素晴らしい業物であることがわかります」


「うむ。…しかしな、これを打ってもらって以降、彼は目立った仕事はしていないのだ」


 成程。ここまでの仕事ができるけど、それを最近やってないってことは…。


「…おそらくは、気に入った仕事しかしない、いわゆる職人気質なのですね」


 父は驚いたように俺を見る。


「その通りだ。まったくお前の慧眼には恐れ入るよ」


「いえ、たまたまです」


 父は恭しく剣を鞘に納め、ため息をつく。


「…実はお前が生まれた時も、護身用に剣を…と頼みに行ったのだが、気分が乗らないと言われて断られてしまってな。それ以降はなかなかに忙しく、そのままになってしまっていたのだ」


 ふむぅ。

 ではその職人の爺さんかな?を説得して、丈夫な農具を作らせれば、万事解決というわけだ。


「承知しました、父上。私が行ってそのお爺さんを説得してまいります」


「…ふむ、そうだな…。挨拶がてら、お前が訪ねていくのも1つの手かもしれんな。よし、では書状を用意するので、しばらく待っていなさい」


「承知いたしました、お手数をお掛けいたします」


 俺は一礼して父の執務室を出ようとしたのだが。


「レイン」


「はい、父上」


 俺は振り返って父を見る。


「そいつは別に爺さんじゃないぞ?ドワーフ族でワッツという名の鍛冶職人だ。変なことを言うと、殴られるぞ?」


 な、殴られるのか。

 ドワーフ怖いな!


 ※※


 俺はシロに跨り、領内をゆっくりと西へ進んで行く。

 立派な封蝋が施された父の書状を携えて。


「坊ちゃんご機嫌麗しゅう」


「レイン様こんにちは!」


「シロ!今日もおやつあげるね」


 俺は笑顔で領民たちの挨拶に答える。

 シロも意外に人気者なんだな。

 たまにいなくなると思ったら、勝手にうろうろしておやつとか貰ってたのかよ。


「みんないい人たちだな、シロ」


 俺は割と自分の目的のために動いている節があるのだが。

 それ込みでも、優しい領民の皆さんには、もっと豊かな暮らしをしてほしいものだ。

 彼らのためなら、少しぐらいの苦難だってほほいのほいだ。


 ※※


「…誰だおめぇ!ここは子供の遊び場じゃねんだ、とっとと帰んな!!」


 バタン!!


 乱暴にドアが閉められた。

 加えてめちゃくちゃ酒臭い。

 なにがほほいのほいだよ。

 オークより怖えよ。

 シロは…あっ!遠くで寝てる…。今日はおやつ抜き!


 どうやらあれがドワーフの鍛冶職人ワッツだと思われる。

 もう一度軽くドアをノックする。


「すみません、鍛冶職人のワッツ様とお見受けいたします。領主グレンフィード・プラウドロードの遣いで参りました、息子のレインフォードと申します」


 しばらくの間を置いて、ギィ…とドアが再び開く。


 背は低いけど、めちゃくちゃガチムチのオジサンが再度出現する。

 顔も無精髭に覆われており、そしてやっぱりめちゃくちゃ酒臭いな!


「…なんだお貴族様かよ。早く言えってんだ。…チッ。とっとと中に入りやがれ」


 いかにも不機嫌そうに舌打ちしながら、ワッツは入室を促してくる。


「失礼いたします…」


 恐る恐る中に入ってみると…、うわぁ!予想通りの散らかりようだ。

 ゴミや酒瓶があちらこちらに散乱している。

 うっぷ、家の中はさらに酒臭いよ…。


「わしはドワーフなんでな、悪いが洒落た茶なんぞ出す習慣はねぇぞ。んで、用件はなんだ」


 ワッツはドカッと椅子に腰を降ろし、ぶっきら棒に言い放つ。


「はい、実は父からの依頼を承って参りました。どうぞこちらをご覧ください」


 俺はしっかりと父の封蝋が施された書状を手渡す。


 ワッツは乱暴にそれを開くとさっと一読し…。


「ふん!無理な相談だな、こりゃ」


 という言うなり、父の書状をあさっての方向へ放り投げ、俺の方を睨みつけた。


「あの荒野を耕すための鉄器を作ってくれだと?しかも数を揃えて!?いまさら何言ってんだ、おめぇの親父は。あそこの固ぇ土を耕せる鉄なんぞが、ここらにあるわけねぇだろうが!」


「うぅ…。ダメですか…」


 俺はしょんぼりしながら言う。


「父のあの剣を打ったワッツさんなら、丈夫な農具を作ってくださると思ったのですが…」


 ワッツは机の上に置いてある酒をあおりながら、吐き捨てるように言った。


「はっ、ありゃなお前、そんじょそこらの鉄じゃないのさ。鋼って言ってな。ドワーフからすりゃ打ちがいのある素材なんだよ。けど最近じゃあそんなもん、ほとんど手に入りゃしねぇしよ、鍛冶なんてやってられっかってんだよ」


 成程。

 どうやらワッツはやる気がないわけじゃなく、素材に困っていると。

 うーん。


「ワッツさん。父からは、包丁などの簡単な器具は作っておられると聞いています。鉄自体はここには無いのですか?」


 その途端、ワッツの目の色が変わった。


「あぁ?なめてんのかおめぇ。鍛冶屋の工房に鉄がないわきゃねぇだろうが。腐るほどあらぁな」


 なおも食い下がる。

 こっちも簡単に引き下がるわけにはいかないんでね。


「ちょっと見せていただきたいのですが…」


「…チッ。ガキの遊び場じゃあねえんだがなぁ。まあいい、見せてやらぁ。付いてこい」


 ワッツはもう一度グビッと酒を呷ると、俺を奥の工房へと連れていく。


 悪い人ではなさそうだ。

 良くも悪くも職人なんだろうな。


「ほら、そこらに転がってんのが鉄の塊だ。数ばっかり揃ってもなんにもなりゃしねぇ」


 ガン!っと鉄を蹴るワッツ。

 小声でイテテテ…と聞こえるのはお約束だな。


 けれど、表の居住スペースとは違いワッツの工房は驚くほど整理整頓がなされていた。

 鍛冶に使うであろう様々な器具や炉の細部に至るまで整備されており、埃ひとつ付いていない。


 側から見れば、実は鍛冶がしたくてしたくて仕方ないよ!という風に見えるな。


「これが鉄ですか」


 俺は工房の床に置かれた鉄の塊を持ち上げてみる。


「はぁ、もういいだろ。ほれ、そろそろ帰んな。別にお前さんも怒られやしねぇだろう。わしのやる気が湧かねぇだけなんだからな」


 ワッツはシッシッと手で合図をし、俺に出ていくよう促す。

 その間も俺はじっと鉄とにらめっこだ。


(鉄を精錬したものが鋼。であれば、父上の持つ剣をイメージすれば、あの材質を再現できないだろうか)


「おい、なにしてんだおめぇ」


 ワッツが何かぶつぶつ言っているが、俺は黙って鉄を見続ける。

 そしてその間も、父の剣を強くイメージする。


(鉄に火魔法で高熱を加えて溶かし、そこに残る不純物を風魔法から発生させる気体と反応させて還元、それらを取り除けば…)


 そう考えた俺は、なおも強く父の剣の材質をイメージしながら、鉄の塊を持つ右手に魔力を集中させ、超高熱を加え始める。


 工房内の温度が、瞬く間に上がっていく。

 異変に気付いたワッツが思わず叫んだ。


「うぉ…!熱ぃ…!!お、おめぇ、一体何を…!?」


 そして。

 鉄は見る見るうちに、マグマのように赤く輝く液体となって流れ出す。

 そこにすかさず風魔法を合成し、鉄に残る不純物と化学反応を起こさせて取り除いていく。


 しばらくその工程を続けた後、最後に水魔法で急速に冷却すると…。


 ジュウゥゥ…!

 大量の蒸気と、蒸せ返るような暑さでワッツの工房が満たされた。


「これでどうですか」


 俺は鉄の塊から抽出した、見違えるように美しく精錬された輝く鋼をワッツに提示した。


 ワッツは目を見開き、しばらく絶句する。

 それでも何とか我に返り、声を振り絞る。


「おめぇ、こりゃ…。鋼じゃねぇか…。いや、ただの鋼じゃねぇな…。とてつもなく純度がたけぇ…」


 ワッツは俺の手から鋼を奪い取ると、喰い入るように凝視している。

 様々な角度から見たり、においを嗅いだり、頭でコンコンしてみたり、こらっ、食べたらあかんやつやで?


 そして。


「…てくれ…」


 ワッツが小声で何かつぶやいた。


「えっ?すみません、聞き取れませんでしたが」


「ぜひともわしに打たしてくれ!…いや、打たせてくだされ!!」


 ガバッ!っと突如ジャンピング土下座の姿勢に移ったワッツ。

 うぉ、びっくりした。

 この世界にも土下座があるのか。


「いえいえ、ワッツさん。やめてください。僕はただ正当な仕事の依頼で来たのですから」


「いや、あんたにとっちゃあそうかも知れんが、わしらドワーフにすりゃあ、如何にいい素材で仕事ができるか!そっちの方が何倍も大事なんじゃあ!どうか!どうかぁ!!」


 額を地面に擦り付けて懇願するワッツ。

 そこまでせんでも!


「わかりました、わかりましたよ!ですのでもう土下座はやめてください」


「おぉ!そうか!!あんがとな、恩に着るよ!!」


 それから、多少落ち着いたワッツとともに工房内で、製造個数や納期、報酬の話などを詰めていった。

 その間も、終始ワッツはほくほく顔で嬉しそうに色々と提案してくれた。

 本当に鍛治が好きなんだろうなぁ。


「それでは私はこれで失礼いたします。よろしくお願いいたします、ワッツさん」


 俺はワッツの工房を出て帰ろうとした。

 …したのだが。


「…おいおい、ちょっと待ってくれよ、領主二世様よぉ」


 変な呼び方すんなや。


「ワッツさん、私のことは気軽にレインと呼んでくださってかまいませんよ。その方が呼びやすいでしょう?」


 ワッツは一瞬目を大きくするが、すぐにニヤリと笑みを浮かべる。


「そうかよ。あんた、お貴族様にしちゃあ話がわかるなぁ」


「そうですか?どこにでも転がってる普通の人間だと思いますが」


 俺もニヤリと笑う。


 わっはっはっはっ!

 大きな笑い声をあげたワッツは、輪をかけて楽しそうだ。


「そうか、そりゃいいな!今日はいい素材と友人をいっぺんに貰ったみてぇな気分だわい」


「ふふふ、友人ですか。いいですねそれ。それでは今後は友人としても、よろしくお願いします」


 再び退室しようとする俺。

 だがしかし。


「おいおい、待ってくれと言ったろうがよ、レイン。おめぇよ、ここに置いてある大量の鉄、いってぇ誰が精錬すんだよ」


「あっ!」


 ふと工房の窓から外を見ると、うららかな日差しの中、シロがひとつ大きなあくびをする様子が見えたのであった。

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