13.会えない時間
リアが泊まりに来る日に向けて、連休を取るために仕事を前倒しして終わらせているけれど、こういう時に限ってやることが多い。
なんの嫌がらせかと思うくらい。全部放り投げて見回りとか訓練がしたい。思いっきり体を動かしたいな……
明日には会えるけれど、もう4日もリアに会っていない。
「エマ」
「だめ」
「まだ何も言ってないけど」
「もう書類仕事やらない、とか言うんでしょ?」
さすが、付き合いが長いだけあってよく分かってる。
「見回り行きたい」
「カミラは朝行ったでしょ」
「じゃあ訓練」
「ピリピリしてるし、今のカミラの相手させたらこの後使い物にならなくなりそうだからだめ」
顔に出していないつもりだったけれど、出てたみたい。気をつけよう。
「もうさ、4日会ってないんだよ」
「それは素直に尊敬する」
「じゃあもういい?」
「それとこれとは別。はい、次はこれね」
ドン、と書類が机に置かれて思わずため息をついてしまった。今日も遅くまでかかりそうだな……
やらないと明日からの休みが取れなくなるから憂鬱な気分のまま仕事をする。はー、癒しが欲しい……
会えない期間、リアへの想いが募る。顔が見たいし、声が聞きたい。4日くらい、と思われるかもしれないけれど、まだ番登録も済ませていないし、本当なら片時も離れたくない。
「カミラ、少し休憩にしよう」
「ふー、そうだね。もういい時間だし、皆帰れそうなら先に上がって。明日から2日間休むから何かあれば今聞くけど」
「はいっ! カミラさん、アメリアちゃんと一緒に住むんですか?」
仕事の話のつもりだったんだけど……まあいいか。
すぐにでも一緒に住みたいけど、まだそこまでの話は出来ていない。まだしばらくは別々かなって思ってる。
「それはまだこれから相談かな。まずは明日番登録してくる」
「おー、やっとですね! まだ何もしてないんですもんね??」
「キスだけ」
「見たい……! 凄く見たい!! そして耐えきったカミラさんが凄すぎる! でも明日はもうね、ふふふ……」
何を想像しているのかクロエが1人で悶えている。リアの友達と気が合いそうだな、なんて思ってつい笑ってしまった。
「カミラさん、なんか番ちゃんに出会ってから表情が柔らかくなりましたね」
「そうかな。リアの前だと全然違う自覚があるけど」
「アメリアちゃんの前でのカミラさんは別人です! でもそれがいいんですよ! 番にだけ激甘なカミラさん……凄くいい!!」
アイラが微笑ましそうに言うのに答えればクロエが全力で肯定してくる。
「番相手なら皆あんなもんでしょ」
別に私だけが特別なわけじゃないと思う。番に甘いのなんて当然じゃない?
「カミラさんが、っていうところがいいんです! どれだけキャーキャー言われても顔色一つ変えないのに、でれっでれですもんね。ありがとうございます!!」
「……どういたしまして」
何についてのお礼なんだろうか……
「エマ、これが最後?」
「そう。あとはもうカミラのサインが必要なものはないかな」
仕事が終わった部下たちは先に返して、今は私とエマだけが残っている。
「よし、終わり。付き合わせてごめん」
「全然。正直途中で投げ出すかなって思ってた」
まあ、私も大人になったってことで。
「はは、さすがよく分かってる。でもリアに会うためだから」
「大人になったねー」
「蜜月期間は委任するからね」
「それはもちろんいいけど、アメリアちゃん休み取れるの?」
「まだ確認してなくて。どうなのかな」
蜜月期間は人族でいう結婚休暇みたいなものだけれど、数日だったり数ヶ月だったりとかなり個人差がある。私たちの場合はリアがどのくらい休めるかによるかな。
「さて、帰りますか。2日間楽しんでねー」
「ありがとう。お疲れ」
エマと別れて、自宅への道を歩く。もう日付が変わっているし、あと数時間もすればリアに会えると思うと待ち遠しい。
初めてリアが泊まりに来るし、沢山触れたいけれどリアは全部初めてだからね……
怖がらせたいわけじゃないから時間をかけようと思っているけれど、リアを前にして理性が飛ばないかだけが心配。頑張って我慢しよ。
次の日、入国の手続きをしてリアの所へ向かおうとしたら正面から歩いてきた騎士の1人が立ち止まった。こっちを見て驚いた顔をしているけれど、誰?
「あの……!」
通り過ぎようとすれば呼び止められたから立ち止まる。
「以前入国の手続きをさせてもらったのですが、今日は観光ですか?」
「いえ。番が住んでいるので迎えに」
「番……」
「なにかご用でも?」
固まったまま動かなくなったけれど、もう行っていいかな?
「あー、こいつが急に失礼しました! ほら、行くぞ!」
そばに居た同僚らしき騎士に引きずられて行ったけれど、入国の手続きは今日が3回目だからうち2回のどっちかを担当してくれた人だったらしい。申し訳ないけれど全然記憶にない。
さて、リアを迎えに行きますか。
*****
ある騎士の嘆き
いつものように入国の対応をしていると今まで見た事がないほどの美貌の持ち主に出会った。
冷たいアイスブルーの瞳に見つめられると金縛りにあったかのように動けなくなったんだ。
隣にいた女の子に向けた微笑みや話し方がまるで別人のようで、親しい人にはこんなに優しく笑うのか、と衝撃を受けた。
俺もそんなふうに見つめられたい、と思ってしまったんだ。
慣れているはずの手続きを間違えて時間がかかってしまったけれど文句も言わずに待っていてくれた。
仕事中だから声をかけることは出来なくて泣く泣く見送ったけれど、また次の日も会うことが出来た。
相変わらずの美貌でスタイルも抜群だし、手続きなんてそっちのけで見つめてしまったけれど、今日は1人だったからか無表情で、笑顔を見ることが叶わなかったのが残念で仕方がない。
「はー、今日はどうだろうな」
しばらく来ていないけれど、もう来ないんだろうか?
「まだ言ってるのかよ。やめとけって。顔はいいのに全く興味持たれてなかっただろ」
「そうそう。お前、顔はいいのにな」
「顔は、ってなんだよ? 他にないみたいだろ」
自慢じゃないけれど結構モテる方だと思うんだよな。あの人は全く表情を変えることはなかったけれど。あの冷たい眼差しが柔らかく細められるところをもう一度見たい。そしてそれを俺に向けて欲しい。
「他ー? なんかあるか?」
「ないんじゃねぇ?」
「いや、あるだろ?!」
仕事をしていても無意識に探してしまう日々を過ごし、門番の交代のために同僚と歩いていると正面から歩いてきたあの人を見つけた。
「あ……!」
「おお、噂をすれば」
「はー、今日もすげー迫力の美人」
今日はまだ勤務時間中じゃないし、今しかチャンスはない。
「あの……!」
通り過ぎようとするのを呼び止めると立ち止まってくれたけれど、向けられる視線は冷たくて怯みそうになる。表情が変わらないから俺を覚えてくれているかも分からない。
「以前入国の手続きをさせてもらったのですが、今日は観光ですか?」
「いえ。番が住んでいるので迎えに」
「番……」
「なにかご用でも?」
番ってあれだよな? 旦那ってことだよな? まさかの既婚者……
ちら、と手を見ればその指には指輪が輝いている。2回の手続きの時はどうだったかな、と思い返してみても顔ばかり見つめていたからか全く記憶になかった。それに番、って事はこの人は人族じゃないのか? それとも相手が人族じゃない?
「あー、こいつが急に失礼しました! ほら、行くぞ!」
何も言えずに固まっていると同僚に引きずられて引き離された。未練がましく後ろを振り返ったけれど、彼女はもう俺に興味を失ったのか振り返ることも無く歩いていき、目立つ銀髪はあっという間に人混みに紛れて見えなくなった。
「番か……あの人の旦那ってどんな人なんだろうな」
「さー? きっととんでもないイケメンなんじゃねぇの? まあ、元気出せよ」
「高嶺の花だったって事だな。仕事終わったらパーッと飲みに行こうぜ!」
告白する前に失恋したけれど、なんだかんだ優しいこいつらがいる時でよかった。幸い明日は休みだし、やけ酒に付き合ってもらおう。
何れ旦那と並んでいる姿を見ることになるのか、と思っていたけれど、一番最初に見た女の子とお揃いの指輪をしているのを見て驚愕することになるのはそう遠くない未来の話。
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