出会った番(つがい)は同性でした
奏
第1章 竜人族と人族の邂逅
1.出会い
いつも通りに家を出て職場に向かう途中、友人夫婦がやっている食堂兼宿の前を通ると物凄くいい匂いが漂ってきた。
仕事に遅れるかもしれないけれど、抗うことが出来ずに引き寄せるようにドアを開けた。
「いらっしゃ……ってカミラじゃん。今日は休み?」
「いや、仕事。なんか物凄くいい匂いがしたから引き寄せられて」
「いい匂い? そんなに匂いの強いメニューはないけど……」
ちょうど入口近くのテーブルの片付けをしていたイザベラが不思議そうにしている。
食堂に入ってから匂いは強くなっているし、どこからだろう。
「あ……」
「え、どうしたの?」
目を見開いて固まる私を見てイザベラが心配そうに声をかけてくれるけれど、もう対応する余裕がなかった。
匂いの元を探してキョロキョロしていたらカウンター席に座っていた茶髪ショートの子と目が合って確信した。あの子だ。
ぱっちり二重の茶色の目が逸らされることなく見つめてきて、心臓が煩いくらいに高鳴って今すぐに自分のものにしたい、と本能が騒ぐ。
気を抜けば連れ去ってしまいそうな気持ちを抑えるのに精一杯。
若い竜人だと抑えられなくて誘拐まがいな出会いになることが多々あると聞いても他人事だと思っていたけれど、その気持ちが痛いほど分かった。
「隣いい?」
「あ、はい。どうぞ」
他にも空いてるのにな、という警戒したような視線は気にしないことにして隣に座る。見たところ獣人の特徴はないし、同族でも無さそう。人族かな?
「見ない顔だけれど、観光?」
「はい。隣国から昨日着いたんですが、治安が良くていい所ですね」
「うん。平和な国だからね」
私が住む国は竜人族が治めていて、治安の良さはトップクラスだと思う。数ある種族の中でも身体能力が高い竜人族が治めていることもあって平和だし、周辺国とも良好な関係を築いているしね。
この街はちょうど国境沿いだから隣国からの観光客は凄く多い。
「見たところ人族かな?」
「そうです。えっと……」
「あ、名乗ってなかったか。カミラって呼んで?」
「カミラさん……」
名前を呼ばれただけで胸がぎゅっと苦しくなる。それなりに長く生きてきたけれど、名前を呼ばれてこんなにも幸せな気持ちになったのは初めて。まさか自分が番に出逢えるなんて思っていなかった。
「名前聞いてもいい?」
「アメリアです」
「アメリア……」
油断すると触れてしまいそうで、手のひらを強く握りしめて気持ちを抑える。爪がくい込む痛みにちょっとだけ冷静になれた。
「リアって呼んでもいい?」
「どうぞ……」
「リアは一人で来たの?」
「はい。勤め先の改装で連休が取れたので思い立って」
リアはフリーかな? 既婚者、なんてことは無いよね? とさりげなく指輪を確認してしまった。
「リアは恋人はいるの?」
「えっ?!」
驚いたように目を見開いて、サッと赤くなる。ああ、可愛いな。
「もし居なかったら私の恋人になって?」
「恋人っ?! え、ええ……??」
リアにとっては突然だよね。でももう逃がすつもりなんてない。
「うん。恋人。もういる?」
「いや、居ないですけど……あの、私こんな見た目ですけど一応女で」
恋人がいなくてよかった。居ても諦められるものじゃないけれど。
リアは中性的な見た目だけれど、名前からも、華奢で柔らかそうな体つきからも女の子だって分かる。
「うん。分かってる。リアなら性別はどっちでも」
「ええ……? えっと……まだよく知らないので恋人にはなれません。あの……ごめんなさい」
まあ、初対面だしね。相手は人族だし仕方ないけれど、恋人にはなれない、かぁ……番からの拒否は何より辛い。顔に出てしまったのか、申し訳なさそうに謝ってくれた。
「私竜人族なんだけれど、リアが私の番なんだ」
「……つがい」
「そう。番。人族には馴染みが薄いよね」
「間違いとかじゃ……?」
「ない」
なんで分かるの? って顔をしているけれど、分かる。何より、喉元に1枚だけ生えている鱗が熱を持っているし、こうして話しているだけで触れたくて堪らない。
「私が竜人族の番……?」
ただただ困惑している姿も可愛いな、と思う。
「リアはいつ帰っちゃうの?」
「3泊の予定で来ているので、2日後には」
短いな……リアが帰る時には送っていくとして、その後はどうしようかな……とりあえず隊長はエマに押し付ければいいか。
「3泊か……宿出て、家に来ない?」
「え……本気ですか?」
そんなに短いのなら少しでも一緒にいて私のことを知ってもらいたい。
「もちろん本気。あ、リアが嫌がることはしないって約束する」
嫌われたくないし、会ったばかりで番、なんて言われてもピンと来ないだろうしね。こんなに近くにいるのに、触れられないのは物凄く辛いけど……
「今どこに泊まってるの? この上?」
「あ、はい。そうです」
食堂の2、3階は宿になっているから多分そうだと思ったけれどやっぱりそうだったみたい。
「名残惜しいけれど仕事に行かなきゃならなくて。帰りにまた寄るから会ってくれる?」
出来るなら仕事なんて行かずに、このまま強制的に連れ帰りたいけれど……それをしちゃうと今後心を開いてくれないだろうからここは我慢。頑張れ私。
「……まあ、会うくらいは」
「ありがとう! 夜ご飯一緒に食べよ?」
「はい」
ご飯は拒否されなくて良かった。嬉しくてつい頬が緩む。
「19時までには来られると思うから」
「分かりました」
「リア。ちゃんと居てね? 黙って旅立つとかやめてね??」
会ってくれるって言ってくれたけれど、振られてるし、急に不安になる。リアからすれば不審者みたいなものだろうし。
「居ます。居ますからそんな泣きそうな顔しないでください」
「……うん。約束ね?」
「はい」
おかしいな……こんなに弱くないはずなんだけれど。番って凄い。
「それじゃ、また」
「行ってらっしゃい。お仕事頑張ってくださいね」
「ーっ!!」
立ち上がると、かけられた言葉に咄嗟に返事ができなかった。リアからしたら深い意味なんてないのだろうけれど、凄く嬉しい。
「……うん。行ってきます」
食堂を出て職場に向かいながら、考えるのはさっき別れたばかりのリアのこと。小さくて柔らかそうで、好奇心の強そうなぱっちり二重の茶色の目がキラキラ輝いていて、自分の意思もしっかり主張出来る子だった。
私に番が現れるなんて、しかも女の子だなんて思っていなかったけれど、会ってしまえばもうリア以外は考えられない。
感情豊かな方ではないと思っていたのに、リアの前では全く違う自分が出てきて驚いている。早く会いたいな。
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