18 彼女と合鍵
俺は家に帰ると、すぐに取ってきた冊子を開く。
この中から自分に合ったアルバイトを探すわけだが、如何せん量が多い。
自分がやりたい仕事とは、いったい何なのだろうか。
時給が高い仕事、アルバイト先の雰囲気がいい仕事、経験が無くても大丈夫な仕事。
自給が高い仕事は、まあその通り時給が高いのだが、その代わり仕事が難しかったり、忙しかったりする。
俺は要領がよくないので、難しいことはあまりできないし、働いた経験もないので役に立たない可能性がある。
自分的にしたいと思う仕事は、アルバイト先の雰囲気がいい仕事と、経験が無くても大丈夫な仕事だ。
アルバイト先の雰囲気がいい仕事は、中には少し難しい仕事もあるだろうが、先輩方が良く面倒を見てくれるという利点がある。
それに雰囲気がいいと、働くことがあまり苦じゃなくなるし、逆に楽しくなるという事もある。
そして最後に経験が無くても大丈夫な仕事。
これは比較的簡単な仕事が多い。
働いたことのない俺は、最初は簡単な仕事をしてみたいと思っている。
つまり俺が求める条件とは、仕事が簡単で、雰囲気が良いところ である。
いや、こんな条件のアルバイトは無いのかもしれないが、まあ探してみよう。
三十分ほど、冊子を睨めっこをしていると、おっ と思う仕事があった。
ここからそう遠くなくて、時給九百五十円の少し古い感じの喫茶店だ。
特別時給が高いわけではないが、とても落ち着いた雰囲気のある場所で、なんだかよさげだ。
今日は…いやダメだな。今日は先生に授業の内容を教えてもらわないといけない。
明日にしよう。
俺は新しくなるだろう自分の生活に、少しわくわくしながら学校の準備をしていた。
☆
今日は授業は六時限まで無かったのだが、休んでいた間の授業の内容を教えてもらっていると、いつも立花が料理を運んでくる少し前の時間にぎりぎり帰ってこれた。
もしインターフォンを鳴らしてすぐに出なかったら、立花が困ってしまうではないか。
普段から鍵は閉めているが、まあもしも閉め忘れていたら立花がどうしたのだと思い、心配して中に入ってしまう。
如何わしい物はないはずだが、服とかがしまうのがめんどくさくて、稀に床に落ちていることだってある。
もっと稀だが、服じゃなくて洗った下着の可能性だってあるのだ。
年頃の女子に、洗ってあるとはいえ自分の下着を見られるというのは、少し恥ずかしい。
そんなことを考えていると、いつも通りインターフォンが鳴った。
少し走ってドアを開けると、とても整った容姿をした可憐な少女が料理を持って立っている。
「こんばんは」
「こんばんは。料理を届けに来ましたよ」
立花はそう言ってタッパーを渡してくれる。
今日はとんかつだろう。
中に千切りのキャベツも入ってるし、恐らくそうだな。
「今日忙しかっただろうに、俺のために来てくれてありがとうな」
「い、いえ。大して忙しくありませんでしたから大丈夫ですよ」
俺は「そうか?」と言って綺麗に乾いているタッパーを立花に渡す。
「相変わらず美味しかったよ」
俺がそう言うと、立花は少しだけ頬を赤く染めて「有難うございます」と返す。
「じゃあ送るよ」
「ちょ、ちょっと待ってください」
立花に止められてしまった。一体どうしたのだろう。
「ん?どうしたんだ?」
「これ…結局使わなかったですけど、お借りしていた合鍵です」
そう言って合鍵を渡してくる。
「いや別に返さなくていいんだぞ?」
「え?」
「まあないと思うが、もし俺がいない時とか、外で待っているのは辛いだろ?」
まあ中に入られたらさっき言った通り、もしも服や下着が落ちていた場合困るのだが、早く帰ってこれない日などは事前に言うので、自分の衣類は必ず片付ける。
「い、いやでも私が悪い事に使うかもしれませんよ」
「それはないな」
俺はきっぱりと立花の意見を断ち切る。
「立花は俺が風邪を引いているときに、献身的に看病をしてくれる優しい奴だ。そんな奴が悪いことをするようには、到底思えないし」
「い、いやでも…」
「俺は立花をとっても信用している。それ以外に答えはない」
俺がそう言いきると、立花は顔を赤く染めて俯いてしまった。
二人とも無言になってしまう。
三十秒ほどすると、「…はぁ」と立花が溜め息を漏らした。
「…わかりました。この鍵は私が預かっておきます。もし返してほしくなったら、すぐに言ってくださいね」
俺が「わかったよ」と言うと、立花は大事そうに俺があげたハンカチに鍵を包んで、ポケットに入れた。
ちゃんと使ってくれているんだな、と少し嬉しがっていると立花から声が掛かった。
「私だからいいですけど、そう簡単に鍵は渡しては駄目ですよ。悪い事されたら大変ですからね」
立花は子供に言い聞かせるように優しく言ってくる。
「いや、でも立花にしか渡さないし」
意味合い的には、立花くらいしか渡すが相手がいないし、立花くらいしか信用していないという意味だったのだが、立花はその言葉を聞くと、頬と耳を真っ赤にしてまた俯いてしまった。
いや別に変な意味じゃないだろと思って立花の表情を窺っていると、立花がぼそりと言った。
「…ばか」
「なんで!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます