04 悪魔と聖女と浄化
アルフに連れられるままたどり着いたのは普通の民家だ。ここが彼の家なのだろう。
「あれ?ドアが空いてる……」
民家のドアをみてアルフが呟いた。
慌てて飛び出したから開けたままにしてしまったのかもしれないと呟きながら中にはいるとそこにはベッドに横たわる顔色の悪い女と付き添う男がいた。
「パパ!?帰ってたの!?」
驚いて声を上げたアルフは一目散に男性に駆け寄る。
どうやら父親のようだ。
「アルフ!どこに行っていたんだ!あぁ、それよりも大変なんだ、お母さんが……」
「うん、だから聖女様を連れてきたんだ!聖女様なら呪いを浄化できるって聞いたからっ」
「聖女様だって……!?」
そこではじめてアルフの父親は聖女と俺がいることに気が付いたらしい。
「聖女様、どうかっ……どうか妻を救ってください!!お願いします、お願いします!!」
「お、お願いしますっ!!」
アルフと父親は体の中身が悪魔だとも知らず俺に向けて頭を下げる。
その様子を見て俺は悪事をひとつ思い付いた。
助けるフリをして母親を苦しめてやろう、もしくは呪いを暴走させ殺してしまってもいい。そうすればこの父子の顔を絶望に染めることが出来るし、聖女への信頼を無くすことも出来る。
「分かりました。精一杯勤めさせていただきます」
「……!!ありがとうございます聖女様!」
「ありがとうっ!!」
聖女の口調を真似た俺の言葉に、アルフも父親も目に涙を浮かべて喜んだ。
聖女本人までがその言葉を信じ感動したように頷いているが……素直に助けるわけないだろ?
俺の顔で微笑ましい表情をするなと睨み付けるが聖女には助けを求めたように見えたようだ。
そっと側に寄り添って「私がいるから大丈夫ですよ」と微笑まれた。
そうじゃねぇよ、つか触るな!
「邪魔するな」
嫌悪感をむき出しにして突き放すが離れようとしない。
「不安がらなくても大丈夫ですよ、私が一緒なら聖女の力で浄化できるはずです。人を救いたいと思うあなたの気持ちに神様はきっと応えてくださるでしょう」
救うどころか害そうとしているのだ。
あっさり信じるなどどうかしている、やはりこの聖女は異常だ。
そう返そうとしたが無視して横たわる女性の片手に触れる。
風船のようにパンパンに腫れたその手は青紫色が斑に広がっていた。
この手を思い切り掴んでやったらどうなるだろう?痛みで悲鳴をあげ飛び起きるか?それともここまで腫れたら破裂するんじゃないか?
それはいいな、醜くて目も当てられなくなるだろう。
込み上げてくる笑いを抑えきれず口許が緩んだ瞬間、ピキリッと頭が締め付けられた。
「いでででっ!?」
今までより強い痛みだ。
俺の悪意を感じ取って『戒めのティアラ』が発動したようだ。
それを見た聖女は拗ねたようにこちらを見つめる。
「あーっ!!悪魔さんまた悪いことしようとしましたね!?」
「うる、せぇよ!!悪事は悪魔のっ、本業だっ!いっでぇ!!」
開き直って見せるが余計痛みは強くなるばかりだ。
「あ、あのっ、聖女様はいかがなされたので……?」
アルフの父親が心配そうに視線を向ける。
口調や言葉の内容は『神様の加護』が発動し、変換されているが苦しむ姿までは隠せないらしい。
「お気にならず。強い力を使う時は代償が伴うものですから」
しれっと答えたのは聖女だ。
痛みに苦しむ俺の肩に手を添え、耳元で小さく囁く。
「悪魔さん、悪いことは駄目ですよ。私がサポートしますから、アルフくんのお母さんを一緒に助けましょう、ね?」
まるで子供の悪戯を嗜めるように告げられたその言葉に、なぜか俺はぞわりとした恐怖を感じた。
聖女は表情も言葉も柔らかく、怒っているわけではない。
なのに威圧されている気がしてならないのだ。
昔、この感覚を味わったことがある。
まだ悪魔になりたての頃、自分の力を過信しており無謀にも上位の悪魔に喧嘩を売ったのだ。
しかし結果は惨敗。ボロボロにされて完全に復活するまで五十年ほどかかってしまった。
その時に感じた威圧感と似ている。
……逆らったら、一瞬で殺される気がする。
そう思わせられるほどだ。
悪魔が聖女の体で魔力を使えないように、悪魔の体にいる聖女もまた自分の力を使えないはずだ。なのになぜこんなに恐怖するのか。
……理由はわからないが、従った方がよさそうだ……。
通常であれば聖女に従うなんて絶対に嫌なのだが、自分の命の方が大事だ。
次第に強くなる痛みに耐えながら悪魔は聖女に頷いて見せた。
「わかった!分かったから……!」
「よかった。これで神様もお喜びになります」
聖女から威圧が消えた瞬間、頭の締め付けもぴたりと収まった。
まだ痛みの余韻にふらつく悪魔を聖女が後ろから支える。
「力を抜いていてくださいね。すぐに済みますから」
聖女はそう告げると俺の手に自分の手を重ねてアルフの母親の上に翳した。
すると温かく柔らかい光が体から溢れ、横たわる母親の体に吸い込まれていく。数秒もたたないうちに呪いに蝕まれた手は元の形状と色味を取り戻し、意識がはっきりしていなかった母親はしっかりと目を開けてすぐに起き上がった。
「ママ!具合は!?もう苦しくない!?」
その様子を見ていたアルフは真っ先に母親に飛び付く。
「あぁ、アルフ!もう大丈夫よ!すっかりいいみたい」
抱き締めあって回復を喜ぶ母子に父親が駆け寄り二人を力強く抱き締める。
「よかった……本当に。ありがとうございます聖女様、なんとお礼を言ったらいいか……!」
アルフの父親は目を涙を浮かべながら繰り返し感謝の言葉を告げる。
それに答えたのは聖女本人だ。
「お役に立てて何よりです。アルフくんのお母さんが元気になって私……じゃなかった、聖女様も喜んでますよ」
しかし俺は聖女に支えられて立っているのがやっとでそれどころじゃない。
「あの……もしかして聖女様、お加減が悪いので?まさか私のために無理を……!」
「大丈夫ですよ、休めばすぐに元気になりますから。では聖女を休ませたいので私達はこれで失礼します。アルフくんのお母さんもお大事になさってくださいね」
慌て出したアルフの母親を制して聖女は自分の体をひょいっと横に抱き上げるとぺこりと頭を下げ、アルフの家を後にした。
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