もしも桃太郎がアスペルガー症候群だったら

雛菊優樹

1 桃太郎、熱中しすぎて寝食を忘れる

 昔々あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。


 おじいさんとおばあさんの家には、一人の男の子が一緒に暮らしていました。男の子は、川から流れてきた桃から生まれたので、桃太郎と呼ばれていました。


 桃太郎は、よく食べよく寝てよく遊び、すくすくと育ちました。

 そんな中、近くの人里では鬼が度々現れ、金品を奪ったり、女性や子供をさらったりするようになりました。鬼たちの悪行に憤りを覚えた桃太郎は、いつからか鬼退治の計画を立てることに一日の大半を費やすようになりました。部屋のふすまを閉め切って、来る日も来る日も文机に向かって筆を走らせます。


 そんなある日のことでした。おばあさんは今日も、部屋にこもっている桃太郎をご飯のために呼びに行きます。


「桃太郎、桃太郎や。晩ご飯ができたから、食べにおいで。」


 おばあさんはふすまの向こうにいる桃太郎に声をかけますが、桃太郎からの返事は返ってきません。もう一度呼んでみても、やっぱり桃太郎からの返事はありません。そこで、おばあさんはついにふすまを開けて、さらには語調を先ほどよりも強めて桃太郎に話しかけます。


「桃太郎、起きているならちゃんと返事をしておくれ。そうでないと、あたしもあんたに何かあったのか心配になるし、何よりご飯を食べる時はみんな一緒のほうがおいしいと思うんだよ。」


 ふすまが開いておばあさんがやってきたことに気づいた桃太郎は、振り向いて顔をしかめながら話し始めます。


「何だ、おばあさんか……。今は鬼退治の計画を立てるので集中していたんだから、そっとしておいてくれよ。」


「あんたはそういう性格だろうから、あたしもこれまでそっとしておいていたんだよ。だけど、今日は朝も昼もご飯を食べに来なかったじゃないか。」


 放っておいて欲しいという桃太郎に、おばあさんは心配そうな顔をして答えます。おばあさんの言うとおり、今日の桃太郎は朝ごはんも昼ごはんも食べていません。あまりにも鬼退治の計画を立てることに夢中になりすぎて、食事の時間も忘れていたのです。


「それに、腹が減っては戦が出来ぬっていうように、しっかり食べて力をつけないと鬼退治なんて到底できやしないよ。」

「はぁ……わかったよ。」


 おばあさんに促されるようにして、桃太郎はしぶしぶ夕食を食べに向かうのでした。

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