第六十七話 人狼ゲームと清美は言う

第67話 人狼ゲームと清美は言う その一



 翌日。

 ジャワ島から穂村が帰ってきた。

 あいかわらず、ボサボサの髪で服はヨレヨレ、ガイコツみたいにガリガリだが、当人はきわめて元気いっぱいだ。


「やあやあやあ。戻ったよ。素晴らしいね。国際警察。感謝、感謝」


 心配などいらなかったようだ。

 世界中どこへ行っても、穂村は生きていけるだろう。


「なんだね、君たち。こんな豪勢なホテルに泊まって。私は留置所でくさい飯を食ってたっていうのに。宿泊費用を出してくれるのならゆるしてあげよう。うん」

「……わかりました」


 神父は自費で一人部屋をとっている。

 清美と穂村を同室にするわけにもいかないので、しょうがなく言われるがまま、新たに一室を借りた。

 しかし、王宮風の絵画や彫刻で飾られた豪奢なホテルには似合わない風態だ。


「穂村先生。とりあえず、部屋で風呂に入って着替えてきてもらっていいですか? そのあいだに、おれたちはフレデリックさんと話していますから」


 エントランスで穂村と別れ、龍郎はフレデリック神父を自室へつれていった。ヴィラには寝室のほか広いリビングルームもある。ヴィラは一棟ずつ周囲から隔絶されているので、秘密の話をするのなら、エントランスよりいい。


「フレデリックさん。じつは昨日——」と言いかける龍郎を制して、神父はハンカチで鼻を覆った。


「悪魔の匂いだ。それも強烈な。出たんだな? 魔王クラスのやつが」

「部屋は浄化したんですが、まだ匂いますか?」

「ああ。ふつうの人間ならめまいや嘔吐くらいはするだろうな」


 龍郎は青蘭とならんでソファーに座り、昨夜のことを説明する。


「というわけで、女に隕石をとりもどされてしまいました。すいません」

「その女、犬を配下につれていたんだな?」

「そうです。女を守るために犬が自分を犠牲にしていたし、女の命令に従っているみたいでした」

「犬をあやつる悪魔か。名だたる魔王に該当するヤツがいたかな」


 話しているところに、髪をタオルでモシャモシャしながら、穂村がやってきた。ここまで歩いてくる時間を考えれば、ほんとに入浴するいとまがあったのだろうかと疑わしいほどの早技だ。


「それは、おそらく、マイノグーラだな」と、室内にシャンプーの香りをただよわせながら、穂村は言った。


「マイノグーラ?」

「うん。クトゥルフの邪神だ。外なる神のなかでも謎に満ちた存在だな。あまり人とかかわらないのだが、反面、人を食うという話もある。シュブ=ニグラスと交わり、ヘルハウンズと呼ばれる猟犬を生み落とした。昨夜、君たちを襲ったという黒犬がヘルハウンズだろう」


 穂村の言うことに間違いはない。

 なにしろ、宇宙のすべての智をきわめた魔王なのだから。


「それにしても、なんで邪神が急にこの村に現れたんだろう? これまでのヤツらはヤツらなりに理由があった。かつて崇拝されていた場所だったり、信者に召喚されたからだったり、六道の輪廻転生のエネルギーを吸収するためだったりした。でも、あの隕石は理由もなく空から降ってきただけだ」


 穂村先生は腕を組んでうなっている。


「どうもよくわからん。しかし、当然、なんらかの目的があってやってきたんだろうな。気になるのはナシルディンくんの夢のお告げだ。彼の論文を読んだことがあるのだが、ひじょうに優秀な頭脳の持ちぬしだった。彼が行方不明になったことと隕石の飛来は、何かしらの関係があるのかもしれん」


 すると、また外から扉がひらいて、朝からハイテンションの清美がとびこんでくる。


「見ましたー! 見ましたですよ。ついにこのときが来たんですねぇ。まさか、その場所がバリ島だなんて思ってませんでしたが、ここがそうでしたか。キヨミン、昨日は素敵なスパと一人プールと一人バーで、しっかり萌え補給してきましたからね。ナイスな夢をバッチリ見ましたよぉー」


 青蘭の視線が一瞬、“愚民”と告げた。


「清美、ウルサイ」

「ああ、ヒドイです。わたしがお役に立てる数少ない機会だって言うのに!」


 ふだん、足手まといだという自覚は、清美にもあるらしい。でもいっこうに悪びれたふうがない。


「清美さん。夢って、もしかして、いつもの予知夢ですか?」

「そうです。えっへん」


 いつもはただのスイーツ作りが得意な腐女子だが、清美は遠く離れた場所で起こったことや未来、ばかりか魔界やクトゥルフの邪神の世界を夢で見ることができる夢巫女だ。

 夢巫女としての清美は、なかなかバカにならない能力を有している。近ごろ、とくにその精度が上がっていた。

 龍郎も何度か、清美のその力に助けられたことがあった。


「それで、どんな夢を見たんですか?」


 バリ島が舞台ということは、今まさに起こっていることの可能性が高い。あるいは急を要するかもしれない。

 さっそくたずねると、清美は真剣な顔になる。


「男の人みたいに背の高い女の人がいるじゃないですか。すごい美人なんだけど、瞳のなかがグルグルしてる」

「それがマイノグーラだそうです。さっき、穂村先生からそう聞きました」

「あの人が村人を襲うんです。わたし、この事件のことは、ひそかに『リアル人狼ゲーム事件』って呼んでるんですけどね」

「えっと、人狼ゲームって、村人のなかに正体を隠した狼男が、夜な夜な、村人を食べるっていう……それで、人狼の正体をつきとめるゲームだよね?」


 清美は神妙にうなずいた。

 別にふざけているわけではないらしい。


「でも、正体はわかってるんですよね? マイノグーラが村人を襲ってるんでしょう?」


 清美はチッチッと指をふる。


「あの人——っていうか、あの邪神、変身するんです。人間や動物や、いろんな姿に自由自在に化けることができるから、村人になりすまして正体を隠してます」

「えッ? ほんとに?」

「キヨミン、嘘つきません」


 龍郎はうなった。

 これは大変なことになった。

 どんなことをしてでも、昨日のうちにマイノグーラを退治しておかなければならなかったのだ。

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