オマケ 居候

居候



 自宅に帰ると、カエルがいた。

 アマガエルだ。

 家の裏手は山だし、まわりは雑木林で池もある。春にはその池にたくさんのオタマジャクシがいた。カエルくらいはいるだろう。

 ただし、自宅にいたそのカエルは、そんじょそこらの小さいヤツではない。

 三歳児くらいの大きさがあり、着物を着て玄関口に正座していた。


「よくぞお戻りになられた。お勤め、ご苦労であったな」と、異様に大きなカエルが言った。


 龍郎はいったん入りかけた玄関の引戸をガラリと閉める。


「どうしたの? 龍郎さん」

「家のなかに変なものが見える。錯覚かな?」

「どんなもの?」

「えーと、しゃべるカエル」

「カエル? ガマなの? ガマはダメだよ? デカくてイボイボでキモいから! アマガエルならいいよ」


 龍郎のうしろに立っていた青蘭が前に出て、ガラガラと自分の手で引戸をあける。


「よくぞ戻られた。ご苦労であったな。ささ、上がるがよいぞ」


 ガラガラガラ——

 引き戸を閉めた青蘭が、龍郎を見あげた。


「ボクにも見えたよ。カエル」

「見えるよな?」

「見える。アマガエルだった。でも、ボクの好きなアマガエルはもっと小さいんだけど……」


 ガラガラガラ……。


 もう一度、なかをのぞく。

 やっぱり、いた。


「ささ、なかへ。清美殿がプリンを作って待っているでござる」と言うので、もう一度、戸を閉めようとしていると、


「あっ、龍郎さん。青蘭さん。お帰りなさーい。何してるんですか? 早く入ってくださいよー!」


 パタパタとスリッパの音をさせて、清美が玄関までかけてきた。そこに座るカエルを見ても何も言わない。


「……清美さん。あの」

「えっ? なんですか? プリンならできてますよ?」

「そのカエル、なんですか?」

「あっ、ガマちゃん? うちの新しい住人です。夜は池に帰るのでご心配なく」

「…………」


 いや、家の持ちぬしはおれなんで、いちおう承諾を得てほしかった——と言えるふんいきではなかった。

 すでに決定事項になっている。


「まあいいんじゃないの? アマガエルだし。ほら、ツルツルだよ。龍郎さん。ヒヤッとする」

「ああ、これこれ。わしをオモチャにするでない。くすぐったいではないか。これこれ」


 青蘭がはしゃいでいるので、よしとするかと、龍郎はあきらめた。

 ガマちゃんというのは、蝦蟇がま仙人のことだ。低級な悪魔だが、悪いことはしない。蝦蟇仙人は死んだはずだが、そこは追求しない。言ってもムダだ。


「じゃあ、よろしくお願いします。蝦蟇仙人。だけど、近所の人には見つからないようにしてくださいね?」

「心得た!」


 玄関をあがり、廊下を歩く。

 龍郎はみんなの居間にしている座敷のふすまをガラリとあけた。

 十二畳の和室。

 畳の上に、ドンと巨大な狼がすわっている。背中に翼の生えた狼だ。マルコシアスである。穂村のアパートを出るときに、いつのまにか消えていたから、てっきり魔界へ帰ったのだろうと思っていたのに……。


「…………」

「あっ、マルちゃん。いらっしゃい」


 龍郎のうしろからのぞいた清美が、さらりと言った。


「プリン、持ってきますねぇ。ショゴちゃんもいっしょに食べる?」

「テケリ・リ!」


 叔父の形見の箱に封印されたショゴスと話しながら、清美はキッチンへと去っていく。いったい、いつのまにそんなに仲よくなったのか……。


「龍郎さん。何してるの? こいつ、背もたれにちょうどいいよ」


 青蘭は魔王を座椅子がわりにしてくつろいでいる。


 どうしよう。

 うちがオバケ屋敷になってしまった。

 近所の人にうしろ指さされてしまう……。


 ゆいいつ常識人の龍郎は、一人、立ちつくすのであった。




 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る