第62話 残照の砂漠 その二



 落日の砂漠。

 遠くにはピラミッドのようなものさえ見える。


 美しく物悲しい景色だが、危険がひそんでいるようではない。

 しかし、やはり気配は感じる。


(マダム。おれたちの近くに、おれたち以外の誰かがいる)

(来たわね。サルガタナス。油断しないで)


 グレモリーの思念が届くかどうかに、周囲から「わあッ」と声があがった。同時に砂山や建物のかげから大勢の男が現れた。馬に乗り、半月刀を持っている。あきらかに龍郎たち一行をかこむように近づいてくる。ときの声をあげ、襲ってくるかまえだ。数は、およそ百。


 頭上から声がとどろく。


「久しいな。グレモリー。戦が終わってからというもの、まったく音さたもなかったが、急に何用か?」


 まるで砂漠全体に響きわたるかのようだ。

 これが、サルガタナスの声か。


「あら、サルガタナス。お久しぶり。わたくしと、わたくしの供をあなたの結界のなかへ入れてくださらない?」

「用件によりけりだな」

「フォラスに会いに行くだけよ」

「いいだろう。だが、おれは退屈している。せいぜい楽しませてくれ」


 ハハハハハと高笑いが遠のく。

 半月刀をふりあげた盗賊めいた男たちが、ふいに目の前に迫った。魔法だろう。まだ数十メートルは離れていたはずなのに、一瞬のち、数メートル手前に移動していた。


 ゲラゲラ笑いながら、男たちは半月刀で切りつけてくる。


 マズイ。

 マダムはレイピアの名手だ。自分の身を守ることはわけない。龍郎だって、退魔の剣で応戦すれば、なんとか。だが、青蘭だけはそうはいかない。ロザリオで刃渡り三十センチ以上もある半月刀をふせぐことはできない。


「青蘭! こっちへ」


 先頭はグレモリー。

 まんなかが龍郎で、最後尾に青蘭という順だ。


 龍郎はラクダの手綱をにぎり、反転させた。ふつうのラクダなら、こんなに簡単に初心者の命令を聞かないだろうが、これはマダムの魔法の産物なのか、馬のように従順だ。

 青蘭のラクダに横づけにすると、手を伸ばした。青蘭が両腕をひろげて、龍郎にとびついてくる。抱きとめて、なんとか自分のラクダの上にひきあげる。


 そのころにはもう、男たちは目前に来て襲いかかっていた。

 間近で見ると、低級な悪魔だとわかる。目をむきだしたその顔には、するどい牙がある。


 悪魔だとわかれば遠慮はいらない。

 龍郎は退魔の剣を呼び、打ちかかってくる刃はすべて、はねかえした。

 向こうは馬だから、ラクダより座高が低い。高さの利点を最大限に活かして、上から悪魔たちの首をなで斬りにする。退魔の剣が輝くと、それだけで相手は目をくらませる。光をあびて顔が焼け、落馬するやつもいる。


 だが、それにしても多勢に無勢だ。

 まわりを、とりかこまれると、ラクダの進む道がなくなる。

 右からの敵は剣で払えるものの、左から切りこんでこられると、ラクダの向きを変えるまで何もできない。


 悪魔たちもバカではない。

 ちゃんと戦闘で鍛えられた戦士だ。

 一方で右から龍郎に剣をあびせ、そのすきに左から攻撃する戦法で、すぐにラクダがつぶされた。腹が引き裂かれ、臓物をはみだして横倒しになる。


 あわてて、龍郎は青蘭をかかえて、倒れかけるラクダの背中からとびおりた。ラクダが地に伏す前に着地する。

 ラクダの死体を背にし、青蘭を自分とラクダのあいだに隠す。


 悪魔たちは青蘭のなかの快楽の玉の匂いを敏感にかぎつけるらしい。異様に興奮している。龍郎がやられれば、青蘭がどうなるかは目に見えていた。


 だからもう死にものぐるいだ。

 右から左から、一度に三つ四つと続けざまにつきだされる半月刀を、青く燃える刀身で力いっぱい横なぎにしてふりはらう。相手の数が多いので、左右にすばやく振ってるだけで、けっこう毎回、手ごたえがあった。


 悪魔たちは戦うことを楽しんでいるようだ。人間と違う種族だと、その戦いぶりで感じる。人間ならひるんで近寄らない状況でも、彼らは前進してくる。生存本能よりも闘争本能のほうが強い。仲間の手足が宙に飛んでも、いっこうにひかない。


 龍郎は剣をにぎって振り続けている腕がしびれてきた。ときおり、剣をとりおとしそうになるが、退魔の剣は重力を無視して龍郎の手元で浮いている。

 龍郎の闘志の形だから、龍郎が闘う意思を消失するまでは、右手から離れないのだ。


(あと十五……十四。これで十三だ! くそッ。絶対、倒れない。青蘭はおれが守る!)


 青蘭の手が龍郎の背中にふれている。それだけで、そこから力があふれる。一人なら、とっくに倒れていた。


 ラクダのまわりに累々るいるいと死体が折り重なる。死体たちは牙をガタガタ鳴らしながら笑っていた。

 戦って死ねたことに彼らは満足している。

 不思議な生き物だ。

 悪魔と人間は似ているところもあるが、やはり異なる生物だ。

 むしろ、人より潔いのかもしれない。


 一番体の大きい悪魔が、最後に残った。仲間の死体をとびこえて襲いかかってきた。勢いをつけて跳躍し、落下のスピードを利用して剣をふりおろす。


 五メートルは身長のある悪魔が長い腕をいっぱいに伸ばしてくるのだ。胴体と剣のあいだに、かなりのすきまができる。


 龍郎は悪魔の腕と胴の作る三角形のあいだに、青蘭をかかえて転がりこんだ。両足のあいだをくぐり、後ろ手に退魔の剣をつらぬきとおす。


 咆哮が砂漠をゆるがし、悪魔たちは笑いながら消えた。


(やった……全部、倒した)


 砂漠にひざをつき、龍郎は荒い息をついた。砂の上に汗がしたたり落ちる。


 天空から声が降ってきた。


「楽しませてもらった。いいだろう。おれは強いヤツが好きだ」


 次の瞬間、砂漠が目の前から消えていた。




 了

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