第34話 青蘭回帰 その二



 意識をとりもどした青蘭は、龍郎の腕をふりはらうようにして、女王にとびかかっていった。


 青蘭の手刀が、ザクリと女王の体に没すると、女王は光の粉末になって消えた。


 アンドロマリウスの能力だ。

 そうだった。三の世界では、青蘭がアンドロマリウスと取り引きした直後に、女王に飲みこまれてしまったのだ。


 三の世界も消滅した。


 龍郎は、またあの感覚を味わった。

 宇宙を浮遊しながら、となりを見ると、青蘭が微笑んでいた。


 なんだか、とても甘い気持ちになる。

 羊水のなかを漂うように心地よい。



 ——ねえ、龍郎さん。ボクたち、ずっといっしょだね。


 ——そうだね。ずっといっしょだ。


 ——ずっと、こうして旅してきた。二人で。


 ——そうだったかも。


 ——何度、生まれ変わっても、必ず……。



 すっと、その感覚が遠のく。

 龍郎はどうやら、また幽閉の塔に捕まっているようだ。ベッドに寝かされ、夢の機械につながれている。


(ここは……二の世界のはずだけどな?)


 五の世界から四の世界へ移動したということは、三の世界の次は二の世界だ。


 しかし、思いだせない。

 二の世界で、龍郎は捕まるようなことをしただろうか?


 むしょうに肩が痛む。

 怪我をしているらしい。

 おかげで、ちょっとずつ思いだしてきた。


(そういえば、サンダリンに撃たれたような気がする。そうだ。祭の最中にやってきて、妨害しようとしたけど、青蘭が自分から女王の塔のなかへ入ってしまったんだ)


 あのときの青蘭はようすがおかしかった。それに、二の世界の青蘭は生きていると、リエルが以前、言っていた。


 あの状況で生きているというのは、どういうことだろうか?

 女王の塔まで追っていけばいいのだろうか?


 龍郎が考えていると、となりの部屋とのあいだの壁をコツコツと叩かれた。

 龍郎はビックリして、壁を見つめる。

 するとまた、コツコツ、コツコツと叩かれる。あきらかに誰かが交信をはかろうとしている。


 龍郎は器具をとりはずし、となりの壁に顔をつっこんだ。そこで、思わず自分の目を疑う。


「なっ……なんで?」

「龍郎さん。あなたが来てくれるのを待ってたよ」


 信じられないが、これは幻影ではない。

 ぬれたように黒い瞳。わずかな光を透かして瑠璃色にきらめく。

 内から輝くように匂やかな白い肌の、比類なき美貌。

 青蘭が、そこにいた。


「な、なんで……? だって、青蘭は女王の塔に……」


 青蘭が手招きするので、龍郎はとにかく、壁ぬけで隣室に移動した。青蘭の座るベッドに並んで腰かける。とりあった手のあたたかさは本物だ。


「龍郎さんが最初に、この二の世界に来る少し前、リエルが来たんだ」

「ああ。リエルは二の世界にいるみたいだった。けど……」


「ボクは生身だけど、龍郎さんやリエルは精神体なんだよね?」

「そうみたいだね」


「リエルが言ったんだ。ルリム・シャイコースの涙は、それを持つ人の心を夢の世界で物質化させる。その姿は自分の容姿に対する自己認識からなっている。つまり、思いこみだ。強い意思の力で姿を変化させることができると」


 それは、できなくはないかもしれない。現に、龍郎だって現実でなら絶対にできない壁ぬけができている。


「自分の姿を好きなふうに変身させられるってことか」

「そう。だから、リエルがボクの姿に化けて、身代わりに祭に出ていったんだよ」


 龍郎はうなった。

 それでやっと納得がいった。

 あのときの青蘭は、なんだか青蘭らしくなかった。まるで青蘭の姿をした別人のように感じた。

 龍郎の思い違いではなかったのだ。あれは青蘭ではなく、リエルだった。どおりで、なんとなく冷たい印象を受けた。


「よかった。青蘭。生きててくれて、よかった」

「龍郎さん」


 龍郎が感極まって抱きしめると、青蘭は照れくさそうに、龍郎の背中に手をまわしてくる。赤い唇のつややかさが誘っているかのようだ。でも、もうしばらく、それはお預けだ。


「女王は君が死んだと思ってるんだな?」

「たぶん。まだ祭がすんだばかりだから。何日かしたら、怪しむかもしれないけど」

「体内に快楽の玉がなければ、変だとは思うだろうな。それにしても、リエルは君のかわりに死んだってこと?」

「精神体だから、女王に喰われたあと、この世界から消えればいいって言ってた」

「なるほど」


 だとしたら、もう二の世界にはリエルはいないのだろう。


 龍郎は窓から外をながめた。

 やはり、ここでも王女の塔、賢者の塔、子どもたちの塔の上部は崩れていた。


「この塔の媒体はどうなっているんだろう?」


 そう言った瞬間、グラリと塔が揺れた。天井のほうからガラガラと激しい音がする。


「神父がやってくれたんだ。青蘭、女王を倒しに行こう」

「うん」


 幽閉の塔を出ると、翼のある天使が頂上のほうへ飛んでいくところだった。サンダリンだ。媒体を破壊した侵入者を倒しに行くところだろう。神父には悪いが、彼がサンダリンをひきつけてくれているうちは絶好の機会だ。


 急いで女王の塔へ侵入した。

 どのハッチのロックも、龍郎には簡単に外せることに、今さらながら気づいた。途中まではそうじゃなかった。きっと、ルリムと手を組んだからだ。


 あのフワフワした感触の塔のなか。

 奥へ奥へと進んでいくと、女王は玉座に座って、何やらイライラしていた。


 そう言えば、三の世界でも女王は不機嫌だった。今になって、それは生贄の青蘭が逃げだしたからだとわかる。この二の世界でも、自分の食った贄が青蘭ではなかったと、女王は疑い始めているのかもしれない。


 龍郎は青蘭と目を見かわした。

 女王に見つからないよう、暗闇から、そっと近づいていく。

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