第二十六話 七つの世界

第26話 七つの世界 その一



「わッ」と悲鳴をあげ、龍郎はとびおきた。レーザーの弾丸で全身をつらぬかれた痛みが、しだいに遠のく。


 見まわすと、そこは暗い地下だ。

 コンクリートむきだしの壁だが、螺旋の巣のなかにあった見たこともない金属ではない。


 目の前に清美がいた。

「大丈夫ですか? 龍郎さん。よかった。意識が戻って」


 龍郎は状況を思いだした。

 そうだ。地下室の仕事部屋をのぞいたとき、急に青蘭の首飾りが光を発し、そのまま気を失ったのだ。


(じゃあ、あれは、気絶してるあいだに見た夢か?)


 清美の手をかりて立ちあがろうとした龍郎は、ふと気づいた。自分の首にかかっているペンダントに。さっきまで、青蘭がしていたはずのザクロ石の……。


 夢じゃない。

 あの世界でのことは、ほんとにあったのだ。


 やっぱり、このペンダントが現実世界と異世界をつなぐ媒体になっている。


(青蘭が、これをおれに託した。今度こそ助けてくれと)


 絶望してはいられない。

 螺旋の巣には七つの世界があると、青蘭は言った。その世界のすべてで同じ結果にならないかぎりは、挽回の余地があると。


(このペンダントを使って、またあの世界へ行けってことだな。次こそは、必ず——必ず、青蘭を助ける!)


 真っ暗な地下室にブーンとモーターのような音がして、電気がついた。そう言えば停電中だった。

 照明の光のなかで、冬真が目をあける。かたわらには瑠璃もいた。こっちの世界にいる、この“瑠璃”が何者なのか、まだよくわからない。青蘭の霊体なのだろうか?


「せ……瑠璃さん。怪我してない?」


 ぼんやりしている瑠璃の手をとって立ちあがらせると、瑠璃は今やっと龍郎の存在を知ったかのように微笑んだ。

 少し冷んやりしているが、腕をつかむことができる。霊体ではない。


「頭が痛い」と、瑠璃が言うので、とにかく、くつろげる場所まで帰ることにした。

 螺旋の巣へ行くために必要なのは、ペンダントだ。それなら、地下室であるか否かは無関係だろう。


 龍郎が青蘭の肩を抱いて外につれだそうとすると、冬真が割りこんできた。


「龍郎くん。地下は見たんだね?」

「ああ。うん。すまない」

「じゃあ、瑠璃、戻ろう」


 冬真は自分の手で瑠璃をつれていく。

 どうも妬いたようだ。

 兄妹だから当然なのかもしれないが、やけに妹を慈しんでいる。


 たぶん、ここでの青蘭は仮の姿なんだろう。重構造の魔界で死が決定づけられるまでは、青蘭は青蘭としてではないが、存在することはできる。

 それが、なぜ、冬真の妹としてなのかは謎だが。


 でも、瑠璃としての青蘭のなかでも、龍郎のことを特別な人として認識され始めてきたようではある。冬真に手をひかれながら、瑠璃は何度も龍郎をふりかえる。龍郎と目があうと、かすかに嬉しげだ。


(待ってろ。青蘭。必ず助けるからな)


 地下室を出ていくと、もう真夜中のようだった。腕時計の文字盤はよく見えない。スマホを出すと、日付けが変わる直前だ。そして、ロック画面にズラリと電話の履歴が残っている。フレデリック神父だ。


 龍郎は迷ったが、今は無視しておくことにした。清美がリエルを信用してはいけないと言うし、じっさいに魔界へ行く方法は獲得した。彼らの助力が必須ではなくなった。それより、今はどうやって、この屋敷に長くとどまるかだ。


「冬真。あとで、ちょっと話があるんだけど」

「わかった。食堂の場所わかるかな? 行っててくれる?」

「うん。待ってるよ」


 冬真に肩を抱かれて、立ち去っていく瑠璃を見送った。食堂の入口で別れるときに、こっそりふりかえる瑠璃に龍郎は手をふった。瑠璃も小さく手をふりかえしてくる。そんな仕草を見るだけで、今は心があたたまる。


 食堂で、しばらく待った。

 待っているあいだ、清美がたずねてきた。


「それで、ちゃんと螺旋の巣には行けたんですよね?」

「ああ、うん。行けた……んだと思う。清美さんがいなかったけど、なんでかな?」

「あっ、わたし自身は行けないんですよ。夢のなかでも、行くのは龍郎さんだけです」

「そうなの?」

「はい。わたしはこっちの世界との連絡係みたいなもんなんですよね」

「なんだ。じゃあ、あっちの世界のこと知ってるわけじゃないのか」


 清美はケロリと言った。

「情報はあります。夢のなかの龍郎さんの活躍は見てますので」


 あるのか。じゃあ、行く前に教えておいてもらいたかったなと、龍郎は胸の内でつぶやいた。言ってもムダだと思ったので言わなかったが。


「ええと、どんなこと?」

「まず、パイプを奪ってください。あれがあれば、現状を打破する突破口になります。あと、ルリム、ですか。男の人が好きそうなエロな美女がいますよね?」

「う、うん。まあ、いる」

「あの人は信用していいですよ。利害が一致しているうちは」

「えっ? でも、騙されたけど」

「一つめの世界では、もう青蘭さん、ご臨終だったでしょ?」

「ああ」

「だからです。龍郎さんがいる意味ないんで。あの世界はなんか平行世界っていうんですか。いくつかの未来がつねに多次元的に重なっているんです。それがすべて一致すると、未来が決定されるので、過去をやりなおしたいなら、別の平行世界に移動するしかないんですね」

「なるほど」


 まさか、清美からこんなSF的な理論を聞かされるとは思ってなかった。でも、それは青蘭の霊が言っていた内容と一致する。


「そうか。平行世界なのか」

「あの世界の主は、ずっと昔に一度、人間の魔法使いに滅ぼされたことがあるんですよ。なので、その一族を継いだ娘が今の主なんですが、二度とそういうことが起こらないように、補助的な世界を複数まとめることで、簡単には倒されないように用心したんです」


 この世界を統べるゆいいつの女神——と、ルリムが言っていた存在のことか。


「ちなみにさ。あそこって、天界なのかな?」

「あそこはですね——」


 清美が言いかけたとき、足音が近づいてきた。冬真が入ってくる。

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