第25話 螺旋の巣 その四
「ルリム! どういうつもりだ! なぜ、こんなことを——」
龍郎の叫びに答える声はない。
ダメだ。完全に騙された。
ルリムは最初から、龍郎をこの塔のなかに監禁するつもりだったのだ。
しかし、まあ、それならそれでいい。
ここに青蘭がいると言うのなら。
(とりあえず、青蘭だ。青蘭を救出しよう!)
そのために、ここまで来たのだ。迷っているヒマはない。むしろ、敵が案内してくれて幸運だった。
幽閉の塔の内部は、さっきの中央にあった巨大な塔とは、まったく違っていた。さっき外で見た近未来的な風景の延長線上だ。白銀の壁に覆われた、どこか病院のなかにも似た清潔で無機質な空間。飾りらしいものは何もなく、どういう原理かわからないが、壁に接ぎめがない。柱らしいものも見あたらない。ただ、ひたすら螺旋状にゆるいループが続いている。
龍郎はループにそって歩いていった。転んだら、すべり台のように入口に転がっていくんじゃないかと心配になるが、重力が調整されているのか、ほどよく床に吸着されて、抜群に歩きやすい。
それにしても、塔のなかは静かだ。ここには、さっきの中央の塔のような奇妙な生き物はいないのかもしれない。
幽閉の塔ということは、青蘭のように異次元から拉致されてきた人間だけが囚われているのだろうか?
三十分くらいは進み続けた。
時間の感覚があやふやだから、あるいは、もっと長いあいだ。
前方に扉が見えた。塔の内壁にそって、ポツポツと虫食いのように穴があいている。そこに、まるで網戸のようなドアがついているのだ。
ただ、網戸より強度は、はるかに上まわるようだ。試しに手近な一つに手をかけてみたが、網戸より、かなり硬質だ。やはり、この世界の科学力は人間の世界とはくらべものにならないほど進歩しているようだ。材質がまったく想像もつかない。
しかたないので、なかをのぞくと、そこは空室のようだった。真っ暗で、よく見えない。見たい、と念じるのに見えない。とくに闇の濃い空間なのかもしれない。
「青蘭? 青蘭? いるのか?」
そっと声をかけるが、返事はなかった。物音もしないし、無人のようだ。しかたなく、さらにスロープをのぼっていき、となりの部屋を覗く。そこも返答がない。
いくつか、そういう部屋をすぎたとき、ようやく、なかから反応があった。ううッと、うめき声が聞こえる。
龍郎はなんとかして網戸のようなドアが開けられないか、さんざん、周囲を調べた。が、壁にスイッチらしきものもないし、ドアじたいにもドアノブや鍵穴のようなものがない。これだけ高度な文明なら、生体認証のようなセンサーが仕込まれているとも考えられる。
龍郎は困りはてた。
ここまで来て、なかに入れないでは意味がない。
(待てよ。念の力で、目が見えるようになった。今のおれが霊体ってことは、壁抜けだってできるんじゃ?)
龍郎は意識を集中した。
ここにいる。このなかに青蘭がいる。だから、おれは壁を通るんだ。通れる。通れる。絶対、通っていける……。
目をとじて念じながら、そっと片手を伸ばす。そろそろ網戸にあたるかなと思いながら、恐る恐る伸ばしていくのだが、指さきが何かにつきあたる感触はない。
チラッと薄目をあけてみると、自分の手が半分、網戸のなかに消えている。
(あれ? 行けるぞ)
わりと簡単に壁抜けができてしまった。なんだか、ものすごいエスパーになった気分だ。龍郎はウキウキしながら、網戸の向こうへ、全身を通した。
すると、視界がわずかに戻って、室内のようすが少し見てとれる。狭い一室にベッドが一つある。そこに誰か人がよこたわっていた。
「青蘭!」
かけよると、その人のおもてが見てとれた。高まった期待が、いっきに消しとぶ。それは青蘭ではなかった。なかなかの美形ではあるものの、青蘭ほど妖しいまでに華麗ではない。だが、知った顔ではある。冬真だ。
「冬真。大丈夫か? 怪我でもしたのか?」
枕元にかがんで、のぞきこむと、冬真は目をあけていた。眠っているわけでも、気絶しているわけでもなかった。
「あ……ああ、龍郎くんか。やつらが来たのかと思った」
冬真は低い声でささやいて、半身を起こす。そのとき、龍郎は気づいたが、冬真はさっきまで、屋敷のなかで着ていた服とは違うものを身にまとっていた。真っ白なスタンドカラーの上下セットアップのようなSF世界っぽい服だ。天使たちが着ている服と同じである。
龍郎は自分を見おろしてみたが、旅行さきから着て帰ったままのラフな普段着だ。旅先で買ったアロハシャツがとんでもなく場違いに感じる。
(なんで、おれだけSFじゃないんだろう? まあ、冬真は捕まったときに着替えさせられたのかもしれないけど)
とにかく、追っ手が来る前に、ここから逃げださなければならない。見たところ、冬真はどこかを縛られたり、つながれたりしているようすはない。
「冬真。逃げよう。青蘭を探さないといけないんだ」
「逃げる? どこへ?」
「この塔からだよ。早く逃げないと殺されるんだろ?」
「…………」
なぜか、冬真は長いこと考えこんだ。
「……そう、だね。逃げようか」
なんだろうか? 今の間は? ほんとは逃げたくないのだろうか?
しかし、そう話していた矢先だ。
コツコツと足音が近づいてくる。
誰か来る。
「やつらが来た。そろそろ食事の時間だ」と、冬真が言った。
「やつら?」
「労働天使だよ」
「労働天使?」
天使は戦闘要員ではなかったのだろうか。まったくもって、異世界の仕組みはよくわからない。
龍郎の通りすぎてきた網戸の前で、何度か足音が止まったようだ。誰もいないと思った室内にも、幽閉されている人物がいたのだ。もしや、そこに青蘭がいたのではないかと思うと、焦燥感がいや増す。
しかし、今、外に天使がいるというのに、出ていくわけにもいかない。
やがて、足音がこの部屋の前まで来た。廊下のほうが明るいので、ハッキリと天使の姿が見える。さっきの戦闘用の天使とほぼ同じだが、ヘルメットはかぶっていなかった。四人ほどいて、ワゴンのようものを運ぶ係が二人、食事を各室に配る係にわかれているようだ。それにしても、全員、四つ子のようにソックリだ。背丈も体つきも均一だし、顔まで見わけがつかない。
シュッと網戸が横にスライドした。天使の一人が銀色のランチボックスみたいなものを持って室内に入ってくる。
龍郎はベッドの下のくぼみに体をもぐりこませて、息をひそめた。
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