第15話 橋の上の悪魔 その五



 フレデリック神父が去ったあと、青蘭は長いこと黙りこんでいた。


 青蘭にとってはショックな話だったはずだ。実の祖父が悪魔だったなんて。その上、死を偽装していたとなれば、何かとてつもなく嫌な予感がする。

 なんのために自分を死んだことにしなければならなかったのか?

 賢者の石を集めていたのは、なぜだったのか?

 そこに謀略的なものを感じる。


「青蘭。平気?」

 龍郎が声をかけると、青蘭は首をふった。

「胃が痛い。食べすぎた」


 そういう意味ではなかったのだが、まあいい。


「食が細いくせにムチャするからだよ」

「清美にとられるくらいなら、ボクの胃が破裂しても……」

「何言ってるんだ。胃薬飲むか?」


 青蘭のみぞおちあたりをさすってやろうと、龍郎は手を伸ばした。その手を青蘭がパンッとはねのける。


「龍郎さんは清美の心配でもしてればいいだろ」

「なんで? あんなグチャグチャなオムライス、幸せそうに食ってる人の心配する必要はないと思うぞ?」


 急に龍郎と青蘭の視線を受けて、ご満悦にオムライスもどきの混ぜご飯を頬張っていた清美が、あわてふためいて、皿を背中に隠す。

「わたしのものですよー。もう返しません!」

「いらないよ。そんなの」

「ヤッター!」


 清美はたくましいと、つくづく龍郎は実感した。

 さっきまで家族を亡くして泣いていたとは思えない。本心は悲嘆にくれているのかもしれないが、龍郎や青蘭に気を遣わせまいと、明るくふるまっているのだろう。そういう優しさを見せられるのは、清美がとても芯の強い人だからだ。


 むしろ、精神的にもろいのは、青蘭のほうだ。


「ずっと聞いてみたかったんだけど、青蘭はなんで賢者の石を探していたの? 賢者の石が揃うと、どんな奇跡が起こせるのかな?」


 青蘭は首をふった。

「ボクは知らない。アンドロマリウスが賢者の石は他にもあるから、強くなるためには全部、集めたほうがいいって言ったんだ。それだけ」

「アンドロマリウスは賢者の石が欲しいんだと思う。以前、おれの苦痛の玉を渡せと言った。たぶん、二つが揃うと何が起こるのか、あいつは知ってるよ」

「そうかもしれない。さっき、神父も賢者の石は悪魔も欲しがると言ってたし。みんなが欲しがる、この玉……」

「おれたちはこの玉の持つ力を知らないといけない。じゃないと、誰かにだまされたり、悪用されることになる」

「そうですね……」


 青蘭は悩ましげなおもてで思案にふける。


「……たぶん、ボクの五歳までの記憶のなかに、そのヒントがあるんだと思う。あの日、何があったのかを知れば……」


 それは青蘭にとって、この上なくツライ記憶だ。痛みと苦しみをともなう残酷な記憶。だからこそ、記憶のなかから消してしまったのだろう。


「ずっと、さけてきたけど……覚悟を決めないといけないのかな?」


 つぶやく青蘭の手がふるえている。

 ほんとうは思いだすことが恐ろしいのだ。


「おれがついてる」

 龍郎は言ったが、青蘭は長いまつげをふせて、泣きそうな目を隠した。

 やがて、青蘭はうつむいたままで告げる。

「あの場所へ行ってみよう」

「あの場所?」

「ボクが五歳まで住んでいた屋敷のあった場所」


 青蘭が大火傷を負った火事の現場か。

 そんなところに行って、青蘭は平静でいられるのだろうか?


 不安だが、行くしかない。

 運命の流れに飲みこまれる前に。

 そこへ行けば、龍郎たちを包む多くの謎の一端がつかめるかもしれない……。




 第二部 完

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