第十五話 橋の上の悪魔

第15話 橋の上の悪魔 その一

https://kakuyomu.jp/users/kaoru-todo/news/16816927619977183925挿絵



 廃墟の一夜が明けた。

 一晩中、清美は泣いていた。

 それは、しかたのないことだ。

 ずっと平和に暮らしていると思っていた家族が、ほんとうは十数年も前に死んでいたとわかったのだ。とつぜんの事故で大切な人を失うより、ある意味、もっとショックなことだろう。


 オマケに泣いている清美のよこで、なぜか青蘭がすこぶる不機嫌だった。


 蜘蛛くもの巣だらけで今にも崩壊しそうな廃屋で寝るわけにもいかないので、せまい軽自動車のなかで一晩をすごしたのだが、とても寝るどころじゃない。


「……いつまで泣いてるの? 寝らんないんだけど」

 ユニコーンを抱きしめた青蘭が、ぶっきらぼうにつぶやく。

「すいません。すいません。でも……でも……お父さんとお母さんが……ううっ……」

「泣いたって生き返るわけじゃないんだよ。現実ってのは厳しいんだ」

「はい。すいません。すいません……」


 運転席で聞きながら、龍郎は気が気じゃない。


 たしかに青蘭の両親は、青蘭が五歳のときに亡くなっているし、祖父母との縁も薄かったようだ。兄弟はいないだろう。幼児のときに天涯孤独となって、たった一人、病院にほうりこまれたのである。

 霊とは言え、この年まで両親に守られてきた清美は、青蘭に言わせれば贅沢なのかもしれない。


(困ったなぁ。なんか、おれだけ幸せな家庭で育って申しわけないな。兄さんのことは悲しかったけど、家族との仲も良好だし、平凡で一般的な家庭だよなぁ)


 どう言ってなぐさめていいものやらわからない。


 ようやく東の空が白んできた。

 夜の闇が一枚ずつヴェールをはぐように薄れていく。


「神社に行こう! あの二又の道のところまで、車で行ったほうが近いよな? 早めに行って、ぶじにミッションが終わったら、ふもとの町で美味しいオムライスを食べようか!」


 二人の気持ちを高めるために、龍郎はわざと明るい声で話しかけるのだが、青蘭も清美も応えてくれない。

 青蘭がオムライスを食べたいと言ったのはずいぶん前だから、もう気分ではないのかもしれない。


 しかし、龍郎はくじけない。

 軽自動車を運転して、二又の道まで来ると、そのわきの落ち葉のつもる路肩に停車した。


「ほら、行こう! あっ、腹減ったかな? たしかダッシュボードに眠気覚ましのガムがある。あれでも噛みながら歩こうか」

「…………」

「…………」


 孤軍奮闘である。

 無気力な人形と恨みがましげな人形と化した、清美と青蘭をつれだして、どうにかこうにか神社へ通じる脇道へ入っていった。


 途中、あの墓へ立ちよってみようとしたが、どうしても、そこへ行きつくことができない。あのときも迷って辿りついただけなので、場所の特定が難しい。


「案外、あれは清文さんや秀美さんの作った結界のなかだったのかもしれないなぁ。現実の場所じゃなかったのかも」


 龍郎が言っても、誰からも返事がない。虚しい……。


「とにかく、神社をめざそうか。さっきの道をまっすぐ行けばいいんだよな? 向こうがわに鳥居が見えてた」


 苦笑いしながら、龍郎は迷路のような山道をひきかえす。

 最初にアスファルトの道路から、神社へ続く脇道に入るところに、目立たない無彩色の鳥居があった。そこから舗装されていない細い道が奥へ向かって続いている。そのさきに、赤い鳥居の上の部分が見えていたのだ。


 ところが、その鳥居の前まで行くと、そこからさきに一歩も進めないことがわかった。

 道が崖で寸断されていたのだ。崖の高さは七、八メートルだろうか。底に川が流れている。大きな石がゴロゴロして、流れが速い。落ちたら大怪我はまぬがれない。

 神社へつながる、ゆいいつの道は、崖のこっちと向こうをつないでかかる橋だけだ。


 だが、その橋のまんなかに変な男が立っている。


 時代劇に出てきそうな濃紺の着流しにはかま。侍風のちょんまげをしているが、月代さかやきは伸びほうだいで、どう見ても浪人だ。腰に大小の刀をさげている。

 コスプレでないとしたら、三百年前からタイムスリップしてきた武士……ということになる。


「ここは通さぬ!」と、武士は言った。


「どうしよう。青蘭。幻覚が見える」

「幻覚じゃないですよ。ボクにも見える」

「あっ、わたしも見えます」


 やっと反応が返ってきた。

 龍郎はホッとした。


「よかった。返事してくれた」

「今そこですか? 違うでしょ? あれ、悪魔ですよ?」

「悪魔か。どおりで時代錯誤なカッコしてる」


 青蘭が答えてくれたので、龍郎はウキウキしてしまう。悪魔が行く手を阻んでいるのに、心が弾んだ。


「あいつ、実体なのかな?」

「違いますね。あれも、悲しみだ。彼はこの場所に強い思いを残して死んだ。だから、その思いが消えないかぎり、ここに在り続ける」

「えっ? でも、それじゃ、今まで誰もあの神社に行けなかったんじゃ?」


 すると、清美が口を出した。

「あのぉ。いいですか? おじいちゃんから聞いたことがあるんですが、あの橋を渡って、向こう岸に行くことができたのは、神社に仕える巫女だけだったって話ですよ。つまり、代々、うちに生まれた女の子ですね。えーと、だから今なら、わたしですか?」


 青蘭はまっすぐ橋の上の悪魔を指さして叫んだ。

「行け! 清美。悪魔を説得してこい!」


 あまりのムチャぶりに、龍郎は嘆息した。

「青蘭。いくらなんでも、それはムリだ。あいつ、刀を抜いたぞ」

「襲ってくるつもりですね」


 橋の上の悪魔。

 濃い陰のまとわりついたおもてに、目だけが白くギラついている。

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