第8話 忌魔島奇譚 その二



 上から見た感じでは、昭和初期の村に近かった。

 もちろん、龍郎は映像でしか知らないが、木造の建物にトタンの屋根。ほとんどは古い様式の平屋建てだ。


 まだ朝の六時すぎだというのに、その村の上空に接したとたん、朝日が汚染されてしまったかのように、暗く淀んで見える。

 じっさいに周囲を森と岩壁に囲まれているから、日差しがあたりにくいせいもあるだろう。しかし、それだけでもない気がした。


 何かがこの近くにひそんでいる。それは魔王クラスの最上級悪魔だ——と、青蘭は言っていた。

 おそらくは、そいつのまきちらす不快な瘴気しょうきが、景色さえ歪んで認識させてしまうほどに濃いのだ。


 生きて帰れる保証はない。

 そう。実感した。


 しばし、圧倒されていた。が、いつまでも立ちつくしているわけにはいかない。家があり、村があるなら、かえって人は探しやすいかもしれない。


 龍郎は今度は意識的に村の構造を検分した。頭のなかで地図を描きながらながめる。とくに目立つ大きな建物と、通りの位置はしっかりと脳裏に刻みつける。

 スマートフォンのメモ機能で、ザッと地図は描いたものの、充電が切れれば、これは使えなくなる可能性がある。重松との最後の連絡手段として残しておきたいので、ここからはあまりスマホに頼らないようにしなければならない。


(次の探偵調査のときは手帳と鉛筆を持ってこないとな。アナログがけっきょく一番強かったりするんだよな)


 村の配置に規則性は感じられなかった。しいて言えば、数軒ずつの家屋がひとかたまりになり、そのあいだに路地が走っている。雑だが碁盤目状と言える。

 路地は細く、とても自動車は通らない。たぶん、そういう乗り物がないから必要ないのだろう。


 ただ、村の奥は森になっていて、その中心に、ぽっかりと穴があいているようだ。よくは見えないが、かなりの範囲なので、大きな広場か何かがあるのだろう。


 ペンキのようなものがまったく使われていないらしく、家々の色は風雨に色あせた木材の色そのままだ。それが景色を暗く濁らせている一因でもある。


 龍郎が立っている岩壁は天然のものだが、入り江側と村への側と、両方に階段が造ってあった。

 龍郎は村のふかん図を記憶すると、階段をくだった。


 やがて、村に降りたつ。

 上から見たときより、さらに狭苦しい印象だ。ならびたつ家と家の間隔はほとんどなく、横向きになっても人間が入りこむことはできない。

 通りの幅は一メートル五十センチくらいだ。

 もしも誰かに姿を見られたら、隠れる場所がない。


 それにしても、なんて静かな村なのだろうか?

 およそ、この規模の集落で朝の六時すぎに、なんの物音もしないなんて異常だ。それに通りに誰の姿もない。

 やはり、彼らが人ではないからだろうか? 人間とは習慣が違うのかもしれない。


(そういえば、春海くんたちは真夜中に海を渡ってた。もしかしたら、人魚は夜行性なのかもしれない)


 彼らは今現在、家屋のなかで眠っているのだろう。だからこその、この静寂か。

 だとしたら、これは好機だ。

 今のうちに青蘭を見つけだしてしまおう。


 とりあえず、龍郎は一番近い民家のなかをのぞいてみた。なかをうかがうことは難しくない。家の壁が木の板なので、ところどころに節目の穴があいている。

 外の光が家のなかまで届かない。

 薄闇が凝っていて、よく見えない。

 しかし、黒いかたまりがよこたわっているのは見えた。この家の住人だろうか?


 龍郎は昨日の重松たちの村のようすを思いだした。

 あのときも、まるで無人のように閑散としていた。村人の多くは人魚と化して、空き家になっていたのだろう。

 ということは、逆にこの島には集まってきた村人や、もともとの人魚たちなどが大勢で暮らしているはずだ。


(春海くんたちは、なんでこの島に来たのかな? 人魚の本能で、ここに集まってくるんだろうか?)


 とにかく、この家のなかには青蘭はいない。シルエットだけでも違うことがわかる。このなかにいるのは、青蘭とは似ても似つかないような何かだ。

 おそらく、この建物の一軒一軒に、少なくとも数人の住人が住みついている。全体では三百か、それ以上の人魚がいることになる。


(人魚に見つかったら、やっぱり殺されるのかな? だいたい、ヤツらはなんのために青蘭をさらったんだ?)


 人魚化した人間が島に集まるのも、人魚たちが外界から身を隠して生きているのも、理由はわかる。

 単純に彼らが化け物だからだ。あの姿を人に見られれば迫害される。

 だから、ここへ集まり、身をよせあっている。それは、わかる。


 だが、青蘭のさらわれた理由はわからない。


 まさか、食料だろうか?

 今さら気づいたが、この村には畑や田んぼが見あたらない。食料の多くを海から得ているにしても、人魚は米や野菜は食わないということだろうか?

 いや、義姉はふつうに米の飯を食べていた。人魚は雑食性なのかもしれない。人間と同じ食性ということか。


(肉……は、食わないよな?)


 だが、繭子は兄を食った。

 あまり考えたくなかったが、つまり、ヤツらは肉を食いたくなると、海を渡ってきて人間をさらっていくということなのだろう。


 青蘭はそのための……食物?


 にわかに、ゾッとした。

 なんとしても、青蘭が食肉として味わわれてしまう前に見つけて、とりもどさなければ。


 龍郎は思いあたった。

 青蘭はさらわれたとき、スマートフォンを持っていたはずだ。青蘭のは完全防水である。つれさられたときに多少ぬれたとしても機能には問題ないはず。

 ポケットからスマホを出してみた。

 しかし、圏外になっていた。

 さっき入り江でメモを書くときには、ギリギリだが電波が通っていた。島の内部に近づくと圏外になってしまうらしい。


(まあ、ここまで電波が通ってることじたいが奇跡だもんな。島のなかには中継基地なんてないだろうし)


 つまり、重松に連絡するにも、いったん入り江まで帰らなければならないということだ。


(困ったな。島の奥地で危険にあっても、すぐに呼びよせることができないってことか。入り江に帰ってから連絡しても、重松さんが来るまで三十分は待たないといけない。そのあいだに何かあったら……)


 もしもというときに三十分のロスタイムは痛い。が、今から悩んでもしかたないことだ。


 龍郎は、さらに奥へと進んでいった。

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