第6話 裏見参り その三
ぼうぜんとながめていると、灯籠のなかの顔がブツブツと何か言いだした。念仏だろうか? 南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏……そんなふうに聞こえる。
美凛花は自殺したことを後悔しているのかもしれない。だから、成仏の言葉を唱えながら、最後にひとめ、友達と会いに来たのだ。
龍郎はそう考えた。そうであってほしかった。だが、次の瞬間、それは龍郎の都合のいい妄想だとわかる。
つぶやく美凛花の顔がしだいに穴のなかにめりこんで、こっちに近づいてくる。灯籠の穴を通って、こっちへぬけだそうとしている。近づくたびに、その声が大きくなってきた。そして、ハッキリと聞きとれたのだ。
「…………ます。……みます。うらみます。怨みます。怨みます。怨みます。怨みます。怨みます。怨みます。怨みます。怨みます。怨みます。怨みます。怨みます。怨みます。怨みます。怨みます。怨みます。怨みます! 怨みます! 怨みます!——」
龍郎はひざが笑って、立っていられなくなった。ぺたんとすわりこんでしまう。
おたけびを発しながら、美凛花はむりやり、灯籠の穴をくぐろうとする。顔だけならまだしも、頭全体はとても、その穴を通れない。あごと
どうか、それ以上、こっちに来ないでくれと、龍郎は願った。
美凛花はなぜか知らないが、この世に怨みを持っている。計り知れないほど強烈な怨念だ。
想像はついた。この年の子どもが自殺するのだ。その背景にはイジメか虐待があったはず。そして、今、この場にいるのは同じ学校の児童たち。つまり、この子たちにイジメられていたことを苦に死んだ。
「 怨みますッ! 怨みまーすッ! 怨みまあーすッ! 怨みまああああああああああああああああああーすゥゥゥッ!」
少女の頭がとつぜん、破裂した。頭蓋骨がくだけたのだ。物理的に通るはずのない穴にムリヤリ押しこんだから、つぶれてしまったのだ。
そのようすは、美凛花の死の瞬間を
人間は足より頭部のほうが重い。飛びおり自殺をすると、重心の重い頭から地面に激突し、頭蓋骨が粉々にくだけることが、ままあるという。
まるで、美凛花は自分の死の瞬間を、そこにいる者たちに見せつけたかのようだ。
自分を死に追いこんだ者たちに、自分の死がどれほど凄絶で、悲惨だったのか。そのさまを加害者の目に、生涯消えない烙印として焼きつけようと……。
骨がくだけ散った瞬間、両方の眼球が流れだした。皮がしぼんで、いっきに頭が半分ほどにも小さくなる。口や
小学生たちは口々に叫び、腰をぬかしたまま失禁する。あわをふいて白目をむく者もあった。
阿鼻叫喚のなか、美凛花は小さな穴を押し通ってくる。怨みます、怨みますの声がしだいに巨大になり、
体の骨をバキバキくだきながら、灯籠から上半身を出して、美凛花がこっちにむかって手を伸ばす。その手は蛇のようにヒョロヒョロ伸びて、一番、フェンスに近いところにいた女の子の足をつかんだ。
美凛花の頭が異様にふくれあがり、二つに割れた。口をあけたからだ。つかまれた女の子は、美凛花の口のなかに消えた。骨のくだける音が、ひとしきり続く。
やがて、美凛花の口がとがり、プッと何かが吐きだされてくる。
全身の骨が木っ端みじんになった女の子。そのさまは女の子というより、高熱で溶けたグニャグニャのゴム人形だ。それは人間であった
キャアキャアと叫ぶ女の子を、美凛花は次々に口のなかへ入れて、吐きだした。人間の残骸を急ピッチで製造していく。
最後の一人の足がつかまれた。女の子は救いを求めるように龍郎をあおぎみる。龍郎は手を伸ばしたが、その手は空を切った。
「やめろォー! そんなことして、なんになるんだ!」
説得を試みるが、美凛花はまったく聞き入れない。そもそも人としての知性や感情が残っているかどうかもわからない。
食虫植物のように大きくひらいた美凛花の口に、最後の一人が飲みこまれて——
そのとき、青蘭が言った。
「龍郎さん。あれだ。あの光が、ロウソクの火のかわりになっている」
青蘭が示したのは、焼却炉のとなりにある外灯だ。光のあたる角度が、灯籠をスポットライトのように浮かびあがらせている。
龍郎は焼却炉のそばに落ちた、ブロックのかたまりを見つけた。にぎりこぶしほどの大きさだ。無我夢中でそれをつかみ、外灯にむかってなげた。
ふだんなら、きっと、とてもそこまで届かなかっただろう。
しかし、必死だったせいか、龍郎のなげたブロックのかたまりは、一投で外灯に命中した。ガシャンという音ともに明かりが消えた。
美凛花は風船がしぼむように、灯籠のなかに吸われて消えた。
*
とんだおけら参りになったが、最後の一人を助けることができた。
龍郎たちはこれ以上かかわると警察に怪しまれる。それでなくても、義姉の事件で疑われているのだ。
フェンスにひっかかった女の子をおろし、団地の前に寝かせておくと、その場を去った。
龍郎たちが逃げだす前に、悲鳴などを聞きつけて、住人が警察を呼んでいたようだ。パトカーのサイレンが遠くから聞こえていた。女の子は無事に保護されただろう。それだけでも救いだった。
だが、三が日がすぎ、雑煮にも飽きたころ、新聞を見た龍郎は知った。
あのときの女の子が自殺したと。
団地の屋上から飛びおりて。
遺書には、こう書かれていた。
怨みます——と。
了
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