第60話 見つけた道筋

「ありがとうございます」


高取が車で土門華子の実家へと送ってくれた。

車の中からお辞儀をする美紗にも声をかける。


「先生は、できる限りの事をしたと思います。決して先生だけの責任じゃありません、僕はそう思っています」


僕の『先生』という呼びかけに、美沙は大きく目を見開く。


「先生がいたから、先生のおかげで僕は雪村さんと会えました。彼女も懸命に生きて来れました」


美紗の瞳から再び涙がこぼれる。


「雪村さんも目標を見つけて、新しい人生を歩んでいます。

そして……僕も、なんだか目標ができそうです。

それは今日、こうして先生と出会えたからです」



「森岡君……」高取の目にも涙が滲む。


「今日は、本当にありがとうございました」


僕は、深々と頭を下げた。心の底から、今日二人に会えたことに感謝したかった。


「見かけによらず、君は熱い男なんだな」高取は涙を拭いながら笑った。


「す、すみません、つい生意気な事を言って……」


「いや、良いんだ。こちらこそ、ありがとう。

土門さんのお母さんには連絡はしてあるから、直ぐに応対してくれると思う」


挨拶を交わした後、高取の車は走り去って行った。



僕は、ごく普通の門構えの一軒家の前で大きく深呼吸した。


インターフォンを鳴らす。


「はーい」女性の声が聞こえ、僕は名乗った。


「森岡圭と申します、鳥島日報の高取さんから連絡していただいたと思うのですが、華子さんの同級生でした」


直ぐに、ガチャリと玄関が開き、中年の女性が顔を出す。


「本当に……、本当に、森岡君なのね」土門華子の母は、口元を抑えながら涙を流していた。


「ご、ごめんなさいね。さ、入ってちょうだい」


華子の母は、我を取り戻すと僕を家の中へ招き入れてくれた。


「突然お邪魔して、すみませんでした」


和室に通され、僕は東京で買ってきたお土産を渡す。


「あら、気を使ってくれてありがとう、ちょっと待ってて、今、お茶を入れるから」

そう言うと、華子の母は台所の方へと立った。


和室には仏壇があり、遺影も飾られていた。中学生の女の子と中年の男性の写真だ。


「すみません、お線香を上げさせていただいてもよろしいでしょうか?」


麦茶と、お菓子を盆にのせて戻ってきた華子の母に一言断って、僕は仏壇にお焼香をあげた。


「森岡君は、一年生の時の華子しか知らないのよね?」


「はい、僕は一年で転校しましたから」


遺影の華子は、僕の記憶の中の彼女より随分と痩せていた。


「どう? 可愛くなってるでしょ?」


「え……ええ……」この場合、なんと返事して良いか困ってしまう。


「あの子、『可愛くなって森岡君にビックリしてもらうんだ』ってダイエットして……」


ここで、華子の母は言葉を詰まらせる。


「自殺する一週間くらい前だったかしら、『10キロも瘦せたの、リバウンドするかもしれないから写真撮って』って……」


僕も、思わず胸が痛くなる。


「まさか、その写真を遺影に使う事になるなんて……」


どれ程の苦痛だったのだろう?


もう、僕には想像の域を超えていると思えた。きっと華子の母にとっても、あの事件は永遠に終わらないのだろう。


「隣の写真、主人なの。一昨年、無くなってね……、今は、私ひとり」


「あの……、今日、伺ったのは、これをお返ししようかと思って」


僕は、小梢から預かっていた華子の日記をバッグから取り出した。


「雪村さん……、森岡君を見つけてくれたのね……」


小梢の名前を聞き、またしても僕の胸の中に熱いものがこみ上げてきた。


「彼女も利用されただけなのに、凄く責任を感じて……、自分も酷く辛い思いをして……、それでも華子の願いのために尽くしてくれ……、森岡君を連れてきてくれた」


「これは、華子さんの遺品なので、お母さんが持っていた方が良いかなと思いまして」


「ありがとう、華子もきっと喜んでいると思うわ。

今年で七回忌なの。今年も雪村さんが来てくれてね。あ、彼女、毎年、命日に来てくれるのよ」


小梢も、ここへ来ていた……。


「彼女には、もう来なくても良いわよって言ったの、そろそろ、区切りをつけないといけないし」


「あの、雪村さんは何か言ってましたか?」


僕は、少しでも小梢の情報が欲しかった。


「ええ、『自分にも新しい目標ができました』って言ってたわ」


小梢の新しい目標とは何だろう? 気にはなったが、それ以上の事は聞けなかった。

それに、もう僕には自分の目標がハッキリと見えていた。その目標に向かって、直ぐにでも動き出したい衝動に駆られていた。


「お母さん、今日ここに来れて、その前に高取さんとも会ったのですが、それで僕にも自分の目標ができました」



僕は、この先、自分が何ができるか、どう生きていきたいかハッキリとした道筋を見つけた。



やはり、来てよかったと思った。





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