第44話 今日はここまで

暫くすると、愛莉は僕のトレーナーを着て、浴室から出てきた。


「やっぱり、男の子なんだね、見て、ブカブカ 笑」


この時、僕は愛莉の変化に気づく。なんとなく冷たいと感じていた目が、今日だけでも随分と柔らかくなった気がする。

もっと愛莉の笑顔が見たい、そう感じるようになっていた。


「また見てる 笑

なに? お風呂上がりの女の子にドキっとした?」


「あ、いえ、そんなんじゃないです。あ、そうだ! どうせなら洗濯しませんか?」


明日、汗の臭いのする服を着て登校させるのが気の毒になり、僕は提案したのだが、愛莉は否定的だった。


「今、何時だと思ってるのよ? こんな時間に洗濯機を回すつもり?」


確かに、既に10時を回っている。この時間に洗濯機を回すのは近所迷惑だ。


「だったら、近くにコインランドリーがあります。そこなら大丈夫でしょ」

「ありがとう、ホント、気が利くね、 森岡君って」


コインランドリーは、僕が住むアパートから歩いて5分のところにある。

先ずは洗濯しようと言う事になり、僕と愛莉は連れ立って表に出た。



「あ~、湯上りの夜風って気持ち良いね」


愛莉は、また僕の腕に手を絡めて歩いていた。彼女から石鹸の匂いがする。心地よい匂いだった。


「森岡君って、ホント、女の子慣れしてるよね? わたしに腕を組まれても全然ヘイキそうだし、そもそも、わたしが泊まるというのに、何かしようという気配が全くないもの。

もしかして、わたしに魅力がない……からだとか」


愛莉は悪戯っぽく、僕を見上げた。


「それは、川本さんが、そういう気がないのが分かっているからです。なんとなく分かるんです、そういう空気だってことが」


「へ~、そこまで分かっているんだ。やっぱり、コンドームは必要なかったな~」


「え?」


「信じていたけど、一応、森岡君が欲情した時のために買っておいたんだ 笑」



「(そういう事か……)

あはは、無駄になっちゃいましたね」


「まあ、カレシとするときに使うから良いよ」


『カレシ』というワードに、僕は思わず反応する。


「あ、わたし、カレシがいるの……。ガッカリした?」


「え、ええ。少し」


「お相子じゃない。森岡君にも好きな人がいるし」


僕が好きな人……、小梢の顔が浮かび、慌てて首を横に振る。

それに、実験とはいえ僕のカノジョは美栞だ。


「でも、わたし……、少し森岡君の事が好きになったかな」

「僕もです。川本さんって良いな……って感じてます」

「フフフ、じゃあ、お互い二番目同士……だね」


愛莉は、そう言うと僕の肩に頭を乗せてくる。冷たい印象だったけど、こうやって打ち解けてきたことで益々、僕は愛莉が可愛いと思えていた。




洗濯が終わり、僕たちはアパートへと戻った。


「この時期だと、部屋の中に干していても朝までには乾くと思います」


コインランドリーで洗った服を、愛莉と一緒に干す。


「そ、それは、良いから……、わたしが干す」


「す、すみません……」


僕が手にしたのは、小さなショーツだった。愛莉が照れながら、僕から奪い取る。


「なんだか、こうやって一緒に洗濯物を干していると、夫婦みたいね 笑」


愛莉の何気ない一言に、僕はドキっとする。もし将来、僕が誰かと結婚した時、こうやって家事を奥さんになった人と一緒にするのだろうか? いや、そもそも、僕が結婚できるかも疑問だ。


でも、そんな時がきたら、きっと今日の事は思い出すだろう、と思った。


「今日、わたしって笑ってばかりだ」

「そうですね、やっぱり、川本さんは笑っていた方が可愛いです」

「また、お世辞~ 笑」


クスクスと笑うと、愛莉はまた僕を見上げる。


「なんか、森岡君といると、楽しい」



(あれ? これって……)



僕は、愛莉から空気を感じ取る。


僕を見上げていた愛莉が、目を閉じるのを合図に、僕は唇を重ねた。

二人とも、洗濯物を手にしたまま唇だけ合わせる。




「ご、ごめんさない。こんなつもりじゃなかったのに……。今日は、ここまでで許して」


「はい、分かっています」


「もう一度、して」


愛莉はまた、目を閉じる。


僕もまた、唇を重ねた。



「森岡君って、キスが上手だね」


相変わらず、洗濯物を持ったまま、愛莉は僕の肩に頭を乗せた。

先ほどと同じ、石鹸の匂いがしたが、今度は甘美なものに感じられた。


「もう遅いから、寝ようか? 森岡君もシャワーを浴びてきなよ」


愛莉に促されシャワーを浴びて戻ってくると、愛莉はベッドの上に座っていた。


「床で寝ようかと思ったけど、ちょっと無理そう。一緒にベッドで寝て良い?」

「ええ、川本さん痩せているし、このベッドでも二人で寝れると思います」

「それって、わたしのこと、貧乳って言ってない? 笑」

「そんな事ありませんよ 笑」



その夜、僕は愛莉と一緒に寝た。

しかし、陽菜の時とは違い、睡眠不足にはならなかった。





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