第39話 先輩、可愛いです

翌日。


早くも美栞の謎行動が始まった。


<森岡、今日の講義のスケジュールを教えてください>


<森岡、お昼は一緒に食べましょう>

<私は少し遅れていくので、先に食べていてください>


朝から大量のメッセージが送られてきて、まるで監視されているみたいだった。

学食で、言われた通りに先に食べていると、美栞はまたしても、うどんをトレイに乗せて現れた。


「あの……、日向さんって、うどんが好きなのですか?」


「ここのうどんは、とても美味しいです。しかも、素うどんが230円という破格ですから、ここで食べる時はうどんの一択です」


美栞は、器用にうどんをすすりながら、喋る。眼鏡が湯気で曇っていた。


「森岡は定食ですか。バランス良い食事を選んでますね。 感心です」

「一人暮らしで、食事が偏りがちなので気を付けているんです」

「森岡は一人暮らしですか。では今度、森岡の家へ行ってご飯を作ってあげましょう」


「え? 日向さんって、料理できるんですか?」

「やったことありません」

「あの……、大丈夫でしょうか?」

「ワタシの計算では大丈夫です。それに、恋人というのはカレシに手料理を振る舞うものだと参考書に書いてありました」


「さ、参考書ですか?」

「はい、ワタシは、自分の知らない分野では参考書を頼りに行動します」


「は~」と、どっと疲れが出る思いだったが、さらに追い打ちがかかる。


「今日、ワタシは早く帰れそうです。森岡と一緒に帰ってお茶でもしようかと思います」


今日は、愛莉をカテマッチの登録へ連れていく日だ。美栞とは一緒に帰れない。


「すみません、今日はちょっと約束があって……」


ちょうど、美栞がうどんの汁を飲み終わり、どんぶりをトレイに置いたのだが、トン、ではなくドン、と大きな音をさせる。


「アナタ、まさかオンナと約束じゃないでしょうね?」


眼鏡の奥の冷たい瞳がキラリと光った。


「いや、違うんです。 友達にアルバイト先を紹介するだけです」

「友達? 女ですよね?」

「女の子ですけど、日向さんが考えているような相手ではありません」


(なんだ? このプレッシャーは……)



「交際一日で早くも浮気されるのもしゃくですが、あまり拘束すると『重い女』と思われる、と参考書に書いてありました」



(いったい、どんな参考書なんだ?)



「あの、本当にバイトを紹介するだけなんです。それにバイト先の社長にも用事があって、ついでなんです」


「分かりました。今回は信用しましょう」


そう言うと、美栞は眼鏡を取って、食堂の紙ナプキンでフキフキし始めた。


初めて眼鏡を外した顔を見たのだが、眼鏡を通して見える瞳と違って柔らかい印象の大きな目をしている。


さしずめ、仔リスと言ったところだ。


「日向さんが眼鏡を取ったところ初めて見ましたが、小動物みたいで可愛いんですね」


僕の何気ない一言に、美栞は大きな目を更に大きくして僕の方を見つめる。

少しポカンとした表情が、さらに可愛さを引き立てた。




「あ、あの……、日向さん?」


美栞は、眼鏡を拭く手を止めて固まっていた。いや、硬直していたというのが適切な表現だろう。


暫くして、ハッと我に返ったような仕草をするのだが、明らかにニヤケている。


「森岡……、モルモットのくせに、ナマイキです」


「す、みません」


「僕はモルモットかよ?」と思いつつ軽々しい言いように反省する。



「森岡、も、もう一度、言ってください……」


「え……と、日向さん、可愛いです」


美栞はフルフルと口の端を震わせていたかと思うと、急に眼鏡をかけなおし、その奥から冷たい瞳を光らせた。



「森岡は、やはりスケベですね」


(な、なんで、そなるんだーー!?)



「でも、ありがとう。嬉しい」


美栞はニコリと笑うと、いつもは冷たく光る瞳から、柔らかい明かりを照らしてくれた。



(なんか、良く分からないけど……可愛い)


「えへへ……」


僕も、合わせて愛想笑いをした。




(リケジョ、案外、良いかも)





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