第63話 試合前練習
「ふぅ、ここか……」
僕に向かって「くぎを洗って、待っていてくだサイ!」と思い切り宣戦布告をしたロザリーさんだったが、よくよく考えれば目的地は同じ聖マリエンヌ女学院である。
だからといって、初対面の女子と並んで歩く勇気など僕にはなく、結果的に少しばかり遅れてバスを出て、ロザリーさんのちょっと後ろを歩いて聖マリエンヌ女学院へ向かうことにした。ロザリーさんにしてみても、あれで僕との会話は終わっているはずだし。
まぁ、僕も来たことがなかったために、自然とロザリーさんが案内をしてくれるような形になったから助かった。
そして、ようやく到着した学校――聖マリエンヌ女学院。
綺麗な校舎に、十字架が掲げられている学校だ。それだけで、カトリック系の学校なのだろうと分かる。
「千葉ー、遅かったね」
「あ、加奈子」
「もうすぐ練習始まるよ。見学者は向こうだって」
そんなカトリック系の学校とは無縁そうに思える、割と大きめの武道場。その入り口近くにいた加奈子が、僕にそう教えてくれた。
違う学校って、まるで異世界みたいに思えるよね。そんな中で知り合いを発見できたのは、素直に嬉しく思った。
加奈子の示してくれた、見学者が入るための入り口――そこへ向かい、一礼をしてから武道場の中へと入る。確か中学校の頃に受けた柔道の授業で、「武道場に入るときと出るときは一礼をすること」と教えられた気がするからだ。ちなみに、そんな僕には柔道の才能など全くなく、柔道というより社交ダンスの真似事のようなことしかできなかった。
あまり参加者がいないのか、武道場の中は閑散としていた。左胸に思い切り『栄玉学園』と書かれた柔道着を着ている五人と、左胸に『聖マリエンヌ女学院』と書かれた柔道着を着ている四人。それに監督らしい若い男性と、あとは数名の見学者くらいのものである。
そんな栄玉学園側の一人に、既に柔道着に身を包んでいる真里菜もいた。
「武人」
「真里菜さん、おはよう」
「ええ。武人にはつまらない時間かもしれませんが、応援をよろしくお願いします」
「つまらないことはないと思うよ」
僕も、割と楽しみだったりするんだよね。真里菜が柔道してる姿って、初めて見るし。
ちゃんと柔道の試合を見たことって、多分今まで一度もないと思うんだよね。オリンピックの試合とかも、興味がなかったからニュースで流れてるものを見ただけだ。
「和泉先輩! 柔軟始まります!」
「ああ、内川、少し待ってください。向こうは揃ったのですか?」
「ようやく五人目が来たそうです!」
「随分待たされましたね。時間ギリギリです」
真里菜にそう声をかけてくるのは、真里菜よりも僅かに背の低い女の子だった。内川という名前から想像するに、恐らく彼女が『副将のうっちー』なのだろう。
そして確かに、時計を見ると十時ぴったりだ。
普通、こういう試合とか合同練習のときって、十五分前行動をするんじゃないかな。いや、僕は見学者だから除外するとして。
でも、僕と同じバスでやって来たってことは、そういうことだよね。
「みんな、ごめんなサイ。遅れてしまいまシタ」
「ロザリー、遅いよ!」
「ま、時間ギリだから良くね?」
「はう……相手チームの皆さん怖いです……」
「揃ったのなら、始めるとしましょう」
聖マリエンヌ女学院の生徒たちが、そう喋っているところへ真里菜が告げる。
三年生が参加していない試合だと言っていたし、代役として真里菜が主将を務めているのかもしれない。それと共に、向こうの監督らしい若い背広の男性が、ぱんぱん、と手を叩いた。
「よし、ロザリー! 練習を始めろ!」
「Oui! 先生! 円陣っ!」
「はいっ!」
ロザリーの言葉と共に、十人が円になる。
それと共に、始まるのは柔軟体操だ。足を伸ばしたり曲げたり、腕を伸ばしたり背筋を伸ばしたり、その種類は様々である。しっかり体を解しておかないと、思わぬ怪我に繋がるとか聞いたことがあったかな。
「受け身ぃっ!」
「……」
柔軟体操が終わったら、今度は受け身が始まった。
後ろに転がる後ろ受け身、前に倒れる前受け身、横に倒れる横受け身をそれぞれ二十回ずつだ。
全員で数を唱和しながら行っているそれは、投げられたときに頭を打たないようにする技術なのだとか。強く畳を叩く行為にどのような意味があるのかは分からないけど。あれで衝撃を緩和したりするのだろうか。
あとは、レスリング選手がタックルを仕掛けるみたいに前に跳んで、前にくるっと回って受け身をとりながら、武道場の橋から端まで移動していた。
「エビっ!」
その後は、何故か畳の上で寝転がって、海老のような格好で武道場の橋から端まで転がったままで移動したり。
「逆エビっ!」
今度は、その逆方向に向かって足だけで移動していたり。
「横跳びっ!」
畳の上に背中だけついている状態で、反動だけで横向きに跳んで移動したり。
「絞りっ!」
匍匐前進のようでしかし少し異なる、腕を絞るように前進する動きで橋から端まで移動したり。
「払いっ!」
今度は立って、足払いをするような動きで前進していたり。
恐らく、柔軟体操の後の基礎練習というものなのだろう。どんな競技にだって、体幹を鍛える運動だとかそういうのは必要だと思う。
実際に、かなりキツいのだろう。加奈子は既に汗だくだし、他の部員たちにも疲れが見える。特に聖マリエンヌ女学院側が疲れ果てており、ぜぇぜぇと荒い息で倒れている者もいる。
「よし、休憩っ!」
「はいっ!」
うん。
ここまで一応、練習の見学をしてきたけれど、感想は一つだ。
――武人にはつまらない時間かもしれませんが、応援をよろしくお願いします。
――つまらないことはないと思うよ。
前言撤回しよう。
超つまんない。
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