期待クラッシャー

 親の趣味まで遺伝しないだろ、という俺の声は届かなかった。連日つづく宇宙飛行士訓練に嫌気がさして、隙をついて逃げ出した先に、あいつがいた。大きなハンマーをにぎった姿に身構えたけど、あいつが壊しているのは人ではなくて、期待だった。

 なにかになりたい、なってほしいという期待を、あいつは今日も打ち砕く。期待というのは大きな金平糖みたいな形をしていて、案外簡単に崩れることを、俺はその日、はじめて知った。俺はさっそく、自分の肩に乗っていた期待をさしだす。あれほど重かった二つの星は、やつの一振りでこなごなに砕けた。

 身軽になった俺はあいつにつきまとい、たくさんの期待が砕かれていくところを見た。期待が詰まった星にはいろんな色があって、そのどれもを平等に、やつはこなごなにしていった。名門大学への進学を強要される受験生。過重労働を課される会社員。いいお姉ちゃんになることを望まれる長女。包容力を期待される母親。それから、三十を超えてなお働かない自称ミュージシャン。夢と逃避をはき違えて脱サラする自称小説家。再生数しか見ていない旅人兼動画配信者。俺の興奮はやがて冷め、だんだんと恐ろしくなっていった。「どんな基準で壊してるんだ?」俺は訊いた。あいつは不思議そうな顔をした。「そんなものはないよ。期待なんて、全部悪いものだろう」

 あいつはときおり、自分の肩に乗った星も砕いていた。その星は真っ黒で、細かく砕けては光を吸いこむような黒煙になった。「それ、何なんだ?」「僕にかけられた期待だよ」丁寧にそれをすり潰しながらあいつは答える。「みんな、ぼくに、父のようになってほしいんだ」

 あいつの父親が史上最悪とよばれる殺人者だったことを、俺はやつから離れてしばらくして知った。引き出しにしまった小瓶には、かつて俺に乗っていた期待が、砂状になって入っている。見た目に釣り合わないほどずっしりと重い砂は、粉々になってなお、夢の海のようにうつくしい。

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