chrono-15:活力は、ファイヤー!燃えろ燃やせ僕の心の小(以下略)ッ!!の巻


 ともあれ。


 やっと今日という日が終わりそうだ。切れかけ蛍光灯にうっすら照らされたうっすら埃っぽい自室の、年季の入ったちゃぶ台を前にして僕はようやくあぐらかいて湾曲した腹底からの一息をつくわけだけれど。時刻22時過ぎ。背中からうわっと覆いかぶさるかのように襲ってきた倦怠感にみっちり組み付かれながらも、メシ、フロをなんとかこなして後は寝るだけだよでも何かもう色々が限界だよ……


 それでも卓にしがみつくようにして、その上に広げられた小学校の時に使った余りの国語ノートの縦線の群れへと向かっているのは、今後のことを諸々考えておいた方がいいという、僕の中の十五名体制となった合議機関による総意であって、従わざるを得ない感じなんだけどでもまあこの肉体の酷使感をもろにひっかぶってるのは【13ぼく】なわけで、いやぁもう早々に寝に入りたいんだけどェ……


<【タップ】の奴は、『17日』に勝負を決めるだか何だか言ってたよね。ここまで局面が進んでしまった以上、残るほか二つの陣営……『革新派』と『永劫党』、前にも言ったかもだけど、それらが同時に仕掛けてくることも考慮しないといけないよサーティーン……>


 【観察力05ファイブ】は本当にいろいろ考えてくれておるね……おっしゃった通り僕らがイニシアチブ取れる日は、明日明後日、3月15日16日の二日間、その次の17日は言った通り、別陣営が好き勝手やれる日となっている。今までは表立っての何らかは無かったけど、何らかの行動に移してくる、それはあり得すぎるほどにあり得る気がした。【アイス】もそんなこと言ってたしね。悠長に構えていることは最早出来なさそうだ。


「……その二日間で何かできることってあるの?」


 さっきから右目と左目の瞼を交互に閉じながら右脳あるいは左脳だけでも休息を取らせようと試みている僕だけど、一向に回復する気配は無い……オチそうになる意識を何とか保って必死こいてそのような問いをつぶやいてみるものの。


<……>

「え無いの? 無いとかあるの?」


 途端に沈黙してしまったファイブ並びにこういう時は静かな他の面子に向けてもちょっと非難がましい口調で問うてしまったけれど。


<外界にアクセス&トレースして仲間を増やすとかだな>


 【アイス】おったのね……冷静な口調は何かしれっと古参的な仲間立ち位置に収まった感があって流石と思いつつもちょっとムカつくな……それに「トレース」っていったって「元」になるヒトが必要でしょうよ。在坂は割と最近喋ってたからああいう風に現出できただけで、僕の他の交遊録なんてたかが知れてるよ?


<かと言って手をこまぬいていると、他の派閥に取り込まれちまうぞ、俺らがホライズ先輩をトレースしてたように>


 他ならぬ本人から言われると説得力はある……そう言えば【説得力26カット】も取り込んだんだった。自分に自分を説得されるとは思ってもみなかったけど。それよりホライズ先輩も既に取り込んだってことになるのかな……まあ今「現出」させようとか思っても出ないとは思うけど。あのインナースペースに引きずり込まれた時限定なんだろう……でも断じて妄想なんかに使用することまかりならん……ッ!!


 十余名たしゃの目があるためにか珍しく殊勝思考の僕だけれど、「他者」の力は存分に体感はしていたわけで、あのこちらの能力を無効化してくる「水」とかね……原理はさっぱし分からないけれど、あの場においては起こることが起こる事実なんでしょう……であれば仲間に引き込んでおくことに異論は無い。


 でもなあ……今日も知らずにアタック(古)はしまくってたんだけどね。何というか例の「全ツンデレ化」っていう意味不明の厄介なバッファーがね、如何ともしがたいほど疲れるのよね……


<脈がありそうなのを片っ端からトレースする他は無い。明日は日曜だ。どこにいるかは分かりにくくはなるが、【観察】【集中】【注意】【分析】あたりを湯水のように使ってでも対面するんだぜ? そのためにも今日はもう早く寝て、『28発』全弾装填しとけ>


 うぅん、本当にそれでいいのかな……なんか恋愛ゲームとかの日常パートみたいな様相だよそれに一歩間違えると職質レベルの行動かもそれこそ所轄に詰められたりして一日の行動が制限されてしまわないかな……


 でもやれることはやっとかないとかもね……もうさっきから思考が縦にも横にも斜めにも回転しているかのような迷走具合だけれど、とりあえずそう結論づけて、は、早く休みたいのですが。


 刹那、だった……


「……」


 うなじの産毛辺りで気配を感じたけれど、後ろのドアがゆっくり開いていってるね……いくら双子とは言え、思春期男子の部屋にノーノックで入ろうとするのはいけないことだよ?


「あ、あれぇまだ起きてたんだぁ」


 明日奈ェ……お前が在坂にいろいろ吹き込んで頼み込んで諸々やったから何かワケ分かんなくなっちまったんだぞ……もじもじ挙動不審な感じで戸口に所在なく立ってる姿もサマにはなるけど今日はまたラベンダー色のネグリジェを装備か……今日の「さぐり」について謝られたけど、もういいって、と軽くいなしてやる。それよりいやもう今日は寝かせてくれよぅ……とか溜息混じりで言おうと思ったところで思い出した。


 まだ渡してなかった。


 せっかく手作りしたチャームだったけど、むき身で渡すのもなんだから(在坂には流れでだったのでまあしょうがなかった)、何かこじゃれた包装紙ラッピングでも無いかな、とか部屋を探してみたものの、そもそもそういった物は皆無だったね……五年くらい前の新聞紙が出てきたけど、流石にお惣菜包むわけじゃないしな……で、ついその後、無理くり「会議」に召集されたんで忘れてたよ、いかんいかん……


「べ、勉強してたんだぁ。へぇーへぇぇぇ……」


 こちらの様子をちらちら伺いながらも、広げているノートとかにはまるで興味を示していないことが丸わかりだよ明日奈くん……それよりも僕の手元とか机の下とかをさりげなく探る目つきで見てくるよもう僕が悪かったよ……


 例年は三百円くらいのクッキー詰め合わせみたいな芸の無いお返しを素っ気なく渡すだけだったけど、それでも喜んでくれてたな……でも今年は違うぜ? 能力のおかげではあるけど、乾坤一擲のプレゼントを用意したのだからねえんっふっふっふ……


「……」


 変顔になってたみたいだ、身内の微笑を固まらせるほどの。いかんいかん、もうこれ以上タメるのはよそう。ラッピングもあきらめだ。僕は立ち上がるのにも結構気合いが必要になっている身体に鞭打って部屋の入口で立ち尽くす明日奈と目線の高さを合わせると、机に置いていた例のチャームを差し出す。


 え? みたいな顔をされたけどあれ? あかんかった? 僕なりに十五人分くらいの力を込めて作り上げたんだけど……


「……」


 なぜか無言無表情になってしまった明日奈だったけど、それでも僕の掌からそれを指先で摘まみ上げてはくれた。その整った小顔の前に持ってきてじっと見てる。鑑定でもされてる気分だよ、やばいこれがお気に召さなかったら所持金二百円弱であと何が買えるかな……


 永遠とも思える沈黙の時間……その中で、明日奈の表情が喜怒哀楽のどれかのようなそのどれでも無いような微妙な奴の間を渡り歩くかのように変化を見せる。そのせわしなく形を変える唇からは、ふぇぇ? ふぇぇぇ? みたいな音が漏れ出てきているけど。


 つくって、くれたの? とかすれ声で聞き取りにくかったけど、そう言われたような気がしたから頷く。瞬間、笑ってるんだか泣いてるんだか判別しづらい表情をされた。と、


「えっ、えっえっえっ……これしっぽがポーちゃん……」


 変な笑い声を立てながら、目じりを拭う妹の反応に、流石、分かってくれたか、と内心拳を握り、ニヒルな顔にて親指を立ててみせる僕だが、瞬間、内側から腐ったような溜息が十四人分くらいのでかさをもって響き渡るのだけれど。何で? ウエスティに見せかけて、飼ってた犬の途中で引きちぎれたかのような尻尾のデザインをアクセントにした、これが玄人のアレンジですぞ?


「ありがと……ぜったい、ぜったい大切にするね」


 まあ喜んでくれたということでほっとしたよ。鼻をぐしゅぐしゅいわせ始めた明日奈は、チャームを掌に握り込むと、次の瞬間、何かを吹っ切ったかのようにいつもの笑顔を弾けさせたので僕もふうと鼻からひとつ息をつく。そんな中、僕の内側では十四人分の舌打ちが絶え間なく響き続けているけど何なん? 僕が何かしましたかッ? とか意味不明の自己反応に憤ろうとしたところで、すっと明日奈は戸を後ろ手に閉めると決して広くはないこの部屋の三分の一くらいを占めている布団の傍らにちょこんと正座するのだけれど。


「えへへー、お詫びと御礼を兼ねて、マッサージをしてあげるねっ」


 おお、それは何よりだよ、今日はもう想定範囲内ではあったけど撃ちっ放しの一日だったから、全身の関節周りが特にガタガタなんだよ……お言葉に甘え、万年床に横たわる。そして、


「……」


 足先から始まったほぐしは、背中を通って首筋、頭まで優しく為されるわけで……眠気が限界だった僕は開始三分くらいでもう意識が飛び、溶け始めていくのを感じている……


 ……


――【31】……


 ん? 暗闇の中から、ちょっと聞いたことの無い、声が、いや「声」なのかも定かでは無いけれど、ぼんわりと辺りの空間に染み込むようにして広がってくる……なにこれ。


――【31】に、気を付けろ。


 んん? ぼわぼわと反響してるけど、それだけは聞き取れた。気がする。でもその出処はまったく分からず、誰が何のために発したかかも、判別できなかったわけで。


 次の瞬間、僕の意識は波にかっさらわれるようにして、完全に流れ閉じていったわけで。

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