chrono-09:判断力は、クイック!うんまあ……そいつぁそうだッ!の巻
「ていうか何でまたこんなとこに? 部活は終わったんだ……にしては早いよね」
ちょっと落ち着いてみた。ゆっくり深呼吸してみると日差しが心地よい。在坂の方も怒鳴りを一発入れてからは何の流れか分からないけど噴水縁枠に重そうな革バッグを置いてその隣に座り込むけれど。スポドリを豪快に喉奥に流し込んでいるその顎から首のすべらかなラインに思わず目を奪われてしまう僕がいるけれどいや違う違うよ。でも何だろう、まだ僕と話そうとか、思ってくれてるんだろうか。やっぱり能力って、何らかの力はあるよね……なのかな?
「何か、あったのか? いやに不気味な感じに変貌したけどよぉ」
いや、僕の質問にはまったく答える気配はなさそうだ。会話のキャッチボールは苦手というか端からその剛球で封殺してくる気かな……それでも在坂はまともに僕と喋ろうとはしてくれるようだ。今までこんな風に真っ向から話すなんてことなかった相手だったから、僕はちょっと緊張してしまい、栗饅頭の入っていたパックのへこみを意味も無く直したりしてしまうけど。いや、そうじゃないだろ。ちゃんと喋ろうと僕は微妙に姿勢を正す。思てたより至近距離に日に灼けてなおすべっとしている頬が見えてその質感までも窺えてしまったり、思わず合ってしまった視線だったけど、お互いが少しずらすだけでそのままの対話態勢になったことに何か落ち着く僕がいる。
「変わろうと思い立った、って言ったら……ええと変かな」
「変て言うか不気味っつってんだろ」
でも直球に過ぎるよ。そして広げていこうよ会話という名の
「でも嬉しかったは嬉しかった。変化球はまだろくすっぽ投げられねえんだけど、ちゃんとぱっと見で分かるくらいだったら、少しは使えんじゃね? くらいには思えたし」
あれ。な、なんかもじもじし始めたよ普段溌剌なスポーツ健康女子が……「ツンデレ化」云々て言うてたけど、そしてその意味とか意義は皆目分からなかったけど、何か、何かが変わりつつある。僕が変われば、周りも変わっていってくれると、そういうことなのかな。何かを自分から働きかければ、意外とすんなり「世界」は変わっていくとか? 思い悩んでうじうじ内面へと逃げ込んでしまったら何にもならない、とか……そういうことなんだろうか。よし。
「在坂はその、打ち込めるものがあって正直羨ましいな、とは思った。まあその、楽しいばかりじゃないだろうし、外野の僕が言うのも何なんだけど」
自分でもおお、と思うほど、自然な言葉が自然に口から流れ出ていた。これも能力? 【コミュ力】?
違う気がした。普通に喋ろうと思えば、何かを盛らなくても、僕は普通に喋れるのかも知れない。と、
「兄貴がやってたのに影響された、ま、ていうか真似したっていうのがきっかけなんだけどな。でも今はほぼほぼ楽しんでやってる……自分の意志で。キツいのもまた、その先にあるものを一回見てきてるから、耐えられるわけだ。何事も経験っつうことは、何にでも言えるかも。だから来野兄の本日の空回りっぷりも、そうは悪くねえんじゃねえかって、生温かい目で見守るくらいは出来たんだけどよ、何でかな、ってちょっと気になって、ふと見かけたからここで声掛けたわけだ」
僕以上につらつらと。それはつらつらと結構深いとこまで語ってくれてるよ在坂……こういう会話……いいな。うん、でもいろいろ考えてるんだなってことは分かったけど。
……何かあやしい。
「でも家、こっち方面じゃないよね」
【観察力】は【スカル】……いや、能力を発揮せずともそのくらいの違和感は僕にも察知できるよ? 取り分けハブられ力の高い僕にとって、
「ん? ああ図書館でテーピングの本でも借りようと思ってさ」
「学校の図書室に豊富にあるよね? 品揃えは地区随一と言われているほどに」
僕の中学はスポーツが盛んで、野球、サッカー、バドミントン、卓球、そして妹もやってるソフトテニスあたりは軒並み県下強豪の一角。当然それにかける設備やらも大したもので、グラウンドや体育館もまあ広々充実している。僕の的を射た返しに一瞬詰まった在坂だったものの、い、いけねえのかよオレが図書館で本借りちゃあ、とか滅裂な感じでキレかけてきた。あやし過ぎる。と、
「はぁーあ。やっぱ向いてねえわ、こんな探り入れるみたいなスパイ的なことは、やっぱ」
息を大きく吐き出しながら、観念したかのようにこっちを悪戯っぽい目つきで見て来る。きゅ、急にそんな仕草を見せられるとそれはそれでヤバいのだけれども。でもスパイて。頭の中をぐわぐわと定まらない思考が渦巻く。出て来た結論は、
「ま、まさか今日調子こいてチョーシかましてしまったおなご衆たちが結託してこのあと僕をボコすとかそういう流れなんでしょうか……」
考えるだに怖ろしいことを言葉にしてしまったことでその明確な輪郭がイメージ出来てしまい、僕は背中の筋肉が不意にずろ、みたいに収縮してしまうのを感じている。けど。
うぅんどうだろうね? とか、すっとぼけ顔で目を細めつつ唇を突き出してくる表情もやめて欲しいんだけど。在坂って結構こういう奴だったのね……
「違ぇーよ。お前の可愛い妹君に相談されたんだよ。『お、おにいちゃんがっ、おにいちゃんが』ってな」
斜に構えたニヤり顔もなんか、引き込まれてしまいそうになるな……いやいや、僕が在坂の「能力」的なものを喰らってない? いま……いやいや……
「昨日の話は聞いたぜ。身体鍛えてても咄嗟に動くってのはなかなか出来ないもんだが、まあやるじゃねえか。火事場の、とかか? それとも能ある鷹は、ってやつか? なんかプラス方向に変、な感じなんじゃねえかよ『おにいちゃん』?」
明日奈の交友関係は僕のを
まさか能力発現のきっかけが精通だったとは他言できない墓まで案件ではあるし、人格云々ていうのも荒唐無稽に過ぎるので言えない。身内の明日奈にさえどう説明していいか迷うところだし、他の人らにも、ねえ? そもそも説明する必要も無いかも知れない事象かも知れないけど。
「だから『変わろう』としてる、ってだけで、アレはそれにうまくはまったって言うか、よく分からない正に咄嗟のことだったから」
よく分からない感じで誤魔化しておくのが吉と踏んだ。ふーんふーんと軽く鼻であしらわれてるけど。
「……前から思ってたけど、来野兄って『定まらない』、みたいなとこあるよな。正体を掴ませない、みてえな」
ぐっ……【観察力】の使い手がここにもいたとは……ッ!!
「明日奈の心配ポイントは、『おにいちゃんが、おにいちゃんらしくない』っつうことらしい。ま、確かに何か『変わった』よな? 『変わろうとして』じゃなくて『無理やり変えられた』、みたいな?」
落ち着け、固まるな。
「……明日奈も変わろうとしてる、ってことじゃないかなぁ……? もう兄離れしても全然おかしくないし、むしろ遅いくらいだし」
でもこの程度のかわしが精一杯……ッ、なぜなら、こっちの目の奥を真剣に覗き込んでくる凛々しくも僕の脈動を揺さぶる上目遣い気味の鋭い視線を意識してしまっているから……ッ!!
「『変わる』のも結構だけどよぉ、今までを考え無しに切り捨てるとか、そういうのは絶対違うからな。得がたいものとそうじゃないものの区別くらい付けれんだろ? ま、言いたかったのはそんなとこだ」
諭されてしまった体だけど、やっぱり人との対話って必要なんだな、とは思った。いろいろな気付きがあるからね。が、でも。でもあやしい。【発言力】は【ドリル】……【魅力】は【ブライト】……二連発、カラダもってくれよ!!
「……もちろん、明日奈のことは今でもずっと、これからもずっと大切に想っているさ……僕にとっていちばん大事な妹なんだからね……」
僕にはそぐう事の無いキラキラしたエフェクトが、身体の周りで瞬いているように感じた。在坂の顔に驚きと、いつもは強い目力を発しているその両目がゆるゆると潤んで来ているのを視認しつつ、間合いを十二センチほど詰めていく。目測三十七センチメートル。最適な彼我距離へと。そして。
「在坂もわざわざ気を遣ってくれてありがとな。いろいろ度し難いところはあるかもな兄妹だけど、これからも見守ってくれると助かる」
歯がガタガタ浮く台詞じみた言葉だが、貫く自信はあった。えぇえぇ……との困惑気なそれでいてせつなげな声が漏れ出て来る在坂のぽっかりと開けられた割と艶やかなパールピンクの唇に見とれながら、しかしその一方で精神がガンガン警報機を鳴らしてくる危険な状態ながらも僕は能力をさらに展開させていく……【観察力】+【集中力】……おおおおおッ四連発だぁぁぁぁあああッ!!
「……ッ!!」
在坂の漏れ声のうしろで、ふぇぇえ……という妹の20デシベル程度の微かな声を確かに拾った。姿無く、その音声だけが? 答えはひとつ。僕はやにわに目の前で呆然と震えている野球少女が羽織っていたブルゾンの左胸元を掴んでぐいと割り広げると、その下の練習用のユニフォームの胸ポケットにスマホが差さっているのを確認する。今の動作でぶわと広がる柑橘のようなそれでいて甘さも含んだかぐわしさに脈動の振れ幅が限界寸前だけど、踏みとどまり僕はしっかりと声を張る。
「明日奈聞こえてんだろッ!? 僕の気持ちも分かっただろ? だったらもうこんな姑息な真似すんなッ!!」
べ、別におにいちゃんに嫌われたかと思ってルイちゃん通して探り入れてもらおうとしたわけじゃないもんっ、という妹の即応の音声に、まぶされた属性はアレだけど「いつも通り」さを感じてほっとする。でも端末越しにも例の謎能力は貫通するんだねへぇ……と脱力感が思考の藪の中から襲ってくるものの、まあフォローはなったかな? とか一息つこうとした。
刹那、だった……
僕は明日奈に集中するあまり忘れていたのだった……目的のために
「ど、どこ見てんだよッ、そして何に話しかけてんだこの変態ッ!!」
元号をひとつ跨ぎ越し遡ったかのような、世界の共通認識としての
「!!」
咄嗟に出てしまったのだろう在坂の右拳が、利き腕の手指を守ろうとした本能レベルの反応から、思てた以上にシャープに内側に巻き込むようにして瞬速の一〇五キロ剛腕エルボーへと変化し、僕の決して高くはない鼻柱を掠めるようにして弧を描きつつ炸裂した。
「……」
明らかにデシリットル単位の血流の迸りを両鼻穴から知覚しながら、これもまた昭和チックな
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