第6話 女ギルド職員シエラさん

 ギルドが近づくにつれて、俺の心は少しずつ乱れていった。


 まだ早い時間だから大丈夫だとは思うけど……ダンはいないよな。

 昨日の今日の出来事だから、正直言って気まずい。ばったり出くわさなきゃいいけど……。


「アル君?」


「うわっ! ビックリした、驚かさないでくださいよ、シエラさん!」


 背後から声をかけてきたのは、ギルド職員のシエラさんだった。


「そんなに驚かなくてもいいじゃない。コソコソしてるから声をかけてあげただけなのに」


 紺色の髪を長く伸ばしたシエラさんは、落ち着いた雰囲気を放っている。唇に塗られた鮮やかな色のリップ。身に纏った黒いスーツ。僕より二つ年上の彼女は、どれをとっても魅力的な女性だ。

 依頼を受ける時に顔を合わせることが多かったので、俺たちは会ったら世間話を交わす仲になっていた。


「ね、聞いたよ? パーティを追い出されちゃったんだって?」


「しっ! ダンがいたらどうするんですか!」


「大丈夫よ。残忍な刃ブルータル・エッジは今朝からクエストに出かけて、今日は帰ってこないから」


 いたずらっぽく笑うシエラさん。俺はホッと胸をなでおろした。このギルドで俺の味方でいてくれる人なんてシエラさんくらいだ。


「で、アル君は冒険者続けるの? まあその様子を見ればなんとなくわかるけどね」


 俺はうなずいた。もちろん、強くなってダンを見返してやるつもりだ。


「追放されたっていうことは、アル君は今ソロなんでしょ? どこかのパーティを紹介しようか?」


 シエラさんはとても優しい。今も俺のために動いてくれようとしているのだ。

 仕事ができる彼女のことだから、募集をかければ1つくらい、俺のことを雇ってくれるパーティを見つけられるかもしれない。


 でも、やはり俺の気持ちは変わらない。


「いえ、しばらくはソロで続けようと思います」


「そっか。でも、アル君のレベルだとソロはきつくない?」


 その質問を待っていた!


「大丈夫です! 俺には『進化するスキル』がありますから!」


「進化する……スキル?」


 俺とシエラさんの間に微妙な空気が流れる。しばらくの沈黙の後、シエラさんが吹き出した。


「あはははは! 何それ? スキルが進化するの?」


「笑わないでくださいよ! 本当なんですから!」


「そんな話聞いたことないよ。でも期待してるから頑張ってね?」


 あ、これ信じてもらえてないな。まあいい、もっとレベルが上がって強くなればいつかは信じてもらえるだろう。


「で、アル君は今からクエスト?」


「いえ、さっき終わったところなんです。クエストの達成報告をしようと思って」


「もう終わったの? じゃあ手続きをしちゃおうか」


 シエラさんの後に続いて、俺はクエストの完了を報告する受付に立った。


「『スライム10匹の討伐』だね。じゃあ、スライムの核を10個提出してくれる?」


 俺はスライムの核を10個、巾着袋から出して受付のトレーの上に置いた。

 クエストの達成報告をするために、モンスターがドロップした品を見せるのは常識だ。


 シエラさんは巾着袋の口を開け、硬貨サイズの球体を10個数えると、深くうなずいた。


「……はい、確認しました。それから、追加でモンスターのドロップ品があれば預かるけど……アル君の場合はもう少し後の話かな」


「いえ、ありますよ」


「え?」


 俺は懐に忍ばせておいたもう一つの大きな巾着袋を出し、受付に置いた。

 さっきのは既定の核10個を入れるための袋。こっちは追加のアイテムを入れるための袋だ。


「ずいぶん膨らんでるけど、この中に何が入ってるの!?」


「スライムの核……多分100個は超えてます。あとはゴブリンの皮が一枚です」


「ちょちょ、待って!?」


 シエラさんは少し取り乱した後、じっと俺の顔を見つめてきた。


「な、なんですかジロジロ見て」


 吸い寄せられそうな、透き通ったエメラルド色の瞳。ジト目とは言え、見つめられるとなんだかドキドキしてしまう。


「アル君、悪いことしてない?」


「してないですよ! 本当に!」


「……ま、そうだよね。真面目なアル君に限ってそんなことをするわけないのは知ってるけどさ。本当にどうしちゃったの? 昨日の夜からスライム狩りをしてたとか?」


「いえ、4時間くらいで集めました」


「4時間!?」


 シエラさんがまた驚く。そりゃそうだ、俺が急成長したことを知らないんだから。


「なんか、アル君って前から不思議なところがあったけど、今日は特にって感じだね」


 シエラさんは巾着の口を閉じると、一枚の紙を俺に手渡した。


「ちょっと換金してくるから、その間に買い取りの同意書に目を通しておいてね。同意できるようだったら、サインもね」


 納得のいかない表情のシエラさんは、それだけ言って奥の部屋へと行ってしまった。


 この後、俺の手にはとんでもない大金が握られることになる。

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