第4話 VSゴブリン

 ゴブリンと言えば、この草原エリアの中では比較的強いモンスターと言える。

 強さはスライムとは比較にならない。好戦的な性格で、スライムは逃げ惑っているうちに潰されてしまう。

 知能は人間と比べれば大したことはないが、弱いモンスターの中では高い部類だ。


 俺は今日、レベルが6になった。腕力で言っても、あのゴブリンに負けることはないだろう。

 安全策を取るなら、人間の姿でゴブリンを倒すべきだ。でも、今の俺には試してみたいことがあった。


 12匹のスライムに分裂した場合、俺はゴブリンを倒すことができるのか? ということだ。


 さっきも言ったように、ゴブリンとスライムでは勝負にならないほどの戦力差がある。そもそも人型というだけでハンデなのだ。

 だが、それはあくまで通常のスライムの話。


 俺の場合は知能がある。そして数も多い。12匹同時に操るのはかなり頭を使うが、うまく連携すれば戦力は普通のスライムとはけた違いだ。

 多くの場合、スライムは戦って負けるというよりは、逃げている最中に負けてしまう。最悪の場合、俺は人間の姿に戻ればいいわけだから、そのリスクもない。


 そして何より、『擬態』した状態でゴブリンと戦えば経験値が12倍だ。何と言ってもこれは美味しすぎる。

 ゴブリンを倒すことができれば、今後もそれを再現して戦うことができる。その時に得られる経験値はスライムの3倍はくだらないだろう。


 敗北するリスクを取って、一か八か戦いを挑むか。安全を取って、人間の姿で戦うか。


「もちろん、やるに決まってるだろ!」


 俺は誰よりも弱い。だからこそ、誰よりも早く強くなる必要がある。

 ここで安全策を取っていたら、いつまで経っても強くはなれない! 出たとこ勝負だ!!


 俺はスライムの姿に『擬態』して、すぐさま『分裂』を開始する。本体の俺を含めて12匹のスライムになった。


 おお、ちゃんと12匹になれたぞ。頭も正常に働いている。数が増えただけではあるけど、新鮮な気持ちだ!


 よし、俺の分身たち! みんなであのゴブリンを倒すぞ!


「グゲゲゲッ!!」


 ゴブリンは俺の存在に気づくと、好戦的な笑みを浮かべながら走ってきた。

 人間のときと違って、スライムになると背が縮むぶん、圧迫感を感じる。まるで巨人が迫ってくるようだ。


 ええい! 怖気づくな! あのゴブリンを倒すんだ!


「キュッ!!」


 俺は持ち前のスピードを活かしてゴブリンに近づくと、渾身のタックルをお見舞いしてやった。ゲル状の俺の体が変形し、ボヨンと反射する。


 うわ、硬ッ! 短剣で攻撃すればあっさり斬れるのに、スライムの体だとビクともしない!

 分身たちも俺の後に続いてタックルをするが、ゴブリンに決定的なダメージを与えることはできていない。


「グゲッ!」


 その時、ゴブリンが拳を振り下ろして分身の一匹を叩き潰した。グチャッという音がして、エメラルド色のしぶきが飛び散る。


 12匹のうち1匹がやられてしまった! <スライム>は本体の俺が潰されない限りは継続するし、元に戻ってもダメージが反映されることはない。だから大きな問題はないと言える。

 しかし、こっちの攻撃は通用しないのに、ゴブリンの攻撃がこっちには致命傷になってしまうのは痛い。


 どうしよう。今から元の姿に戻るか? 1匹ずつ潰されてしまったらいつかは本体の俺がやられてしまうぞ。


『スライム野郎! お前はこれから一生そうやって逃げることしかできないんだよ!! この世界に、弱い奴の居場所なんてない!!』


 気づけばダンの言葉を思い出していた。悔しい気持ちが蘇る。この体に歯はないが、悔しさが俺に歯を食いしばらせている。

 ――最後まで戦おう。こんな雑魚モンスター相手に負けちゃ駄目だ! ここで逃げたら、俺は一生負け続ける!


 みんな! 諦めずに戦うんだ! スライムとゴブリン、どっちが我慢強いか教えてやる!


 ゴブリンにとってスライムのタックルが効いていないとはいえ、まったくノーダメージではない。

 得意の高速移動でゴブリンをかく乱しつつ、隙を見つけて攻撃をする。ヒット&アウェイ戦法だ!


 俺は自分の意識を最大限、残った11匹のスライムに向ける。地面、ゴブリンの体、そして俺たちスライムの体。すべてを利用してボールのように跳ね回ってやる!


 360°を蚊のように跳ね回る俺たち。ゴブリンもさすがにこのスピードには追いつけないらしく、どこに攻撃をするべきか迷っている様子だ。


ピギー今だッ!!」


 ゴブリンの隙をついてタックル。すると、反動でゴブリンの体が少し揺れたのがわかった。

 チャンスだ! ここで一気に畳みかける!!


「キュキュキュキュ!!」


 俺たちはピョンピョン跳ね回りながら、嵐のようなタックルをお見舞いする。全方位からの攻撃。これにはゴブリンもひとたまりもない。隙がどんどん大きくなっていく。


「グゲゲゲゲ!!」


 その時、ゴブリンが振るった腕が分身の1匹に直撃し、水風船が割れるように分身がはじけ飛んだ。

 ゴブリンの奴、やけくそで腕をぶん回しているな。あれにうっかり当たったらゲームオーバーは間違いなし。


 でも、このまま攻撃を緩めなければ勝てる! 仲間がやられようとも、俺たちはタックルを繰り返した。


 1匹、また1匹と仲間が潰れていく。時には本体の俺にぶつかりそうになったところを、間一髪で分身にガードさせることもあった。

 体感で5分の時間が経過した。残ったのは俺1匹。


キュキュとどめだッ!!」


 会心のタックル。ゴブリンの額を直撃したその一撃は、木を切り倒すようにその巨体を倒してしまった。


「グエエエ……」


 ゴブリンは小さく断末魔を上げると、地面に倒れて動かなくなった。

 ――俺の勝ちだ!


 すぐさま『擬態』を解除し、俺は地面に寝そべった。かなり疲弊していて、息も荒くなっている。


「危なかった……」


 命がけの戦いだった。それだけに、勝利したのが達成感になって全身を駆け巡っている。


「さて、ステータスはどうかな……?」


 確認しようとしたその時、頭に声が響いた。


――


 レベルが7になりました。


 <スライム>の能力が強化されました。


――

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