第28話 褐色系な女の子

ごくごくごく・・・プハ―!






 ペトラルカさんが持参してくれた水に命を救われた。






「助かった・・・」






 寸前のところで窒息死を逃れた。クッキーはいただきませんと何度も言ってたら、カステラおばさんが凶変した。ふくよかで穏やかそうな顔をしていたおばさんが、突如として般若はんにゃのような形相と変わった。




 よっぽど自身のクッキーを食べてもらえないことに嘆き悲しんだこともあって、あのような強硬策と出たのだろう。




 お世辞抜きにカステラおばさんのクッキーはおいしかった。久々に甘いものをいただけて、大満足だった。もしこれでクッキー自体がまずかったら、自分は殴っていたに違いない。






「もう気を付けてよね!カステラおばさん!」






「悪かったよペトラルカ。この子がクッキーを食べないというばかり、つい熱が入っちゃったわ」






 あんだけバスケットの中に入っていたクッキーは、のこり一個となってしまった。カステラおばさんが無理やりクッキーを自分の口へ、ありったけ詰めていったため、ほぼ弾切れ状態となっていた。




 いきなり口に押し込まれたものだから、まだ十分にクッキーを味わって食べてはいなかった。味わうよりも前にまず、次々と投下されていたクッキーを飲み込む事ばかりに意識を集中させていたからだ。




 ゆえに今、自分の目の前にあるこの最後のクッキーだけはせめて、味わい尽くして終わりにしたい。




 そうして一言、カステラおばさんに断ってから、自分はそのクッキーへと手を伸ばした。






「ほな、最後の一口いただきます」






 あと少し手を伸ばせば、届くところにあったクッキー。それを手に取ろうとしていたところに邪魔が入ってしまった。






「待て待て待て~い!」






 そこに突如として、1人の女の子が到来してきたのである。






「クッキーはわたしが取った!」






 猛ダッシュでカステラおばさんのところまでやってきた女の子は、自分より先に、そのバスケットからラストクッキーを手に取り、素早く口に入れてしまったのである。






 むしゃむしゃむしゃ・・・






「くーたまらん!最高!」






 カステラおばさんのラストクッキーは彼女の腹の中へとおさまってしまった。






 ガーーン・・・・






「やっぱりカステラおばさんのクッキーっていつ食べても最高だよ~!」






 満面の笑みを浮かべるその女の子。耳の下あたりで結ばれた三つ編みのローツインテールをしたその子は、褐色の肌をしている。






「あらあら、ミーヤーじゃないの。物資調達から帰ってきたのね」






「そうそう今回も大変だったよ~」






 青のデニムパンツに胸元がすけそうなくらい薄いタンクトップを着たその子は、南国のビーチにいそうな美女を彷彿させる。






「お?やっほーペトラルカ!三日ぶり~」






 彼女がペトラルカの姿を認めると、さっそく声をかけてきた。






「相変わらず元気な事・・・」






 そして彼女はまもなくして、ペトラルカの横に居るベルシュタインにも目がいった。






「おっ?ペトラルカ!男連れてるじゃん!誰なの?その子」






「ああこの子こと?一応わたしの・・・なんだろう?」






 ペトラルカは返答に窮する。自分としてもペトラルカのその言葉の続きが気になってしょうがない。






「ふ~ん。なるほどね~」






 まだペトラルカさんはうんともすんとも言ってないのだが、なぜか自分たちの関係性を理解したかのような口ぶりをしていた。






「こんなところに男といるってことは、もしかしてさっきまであいびきしてたってこと!?あのペトラルカが!?」






 この子も何を勘違いしてか、さきほどのクラック隊長と全く同じことを言いはなってきた。となれば、こうなってくるとやはりペトラルカは黙っていないだろう。




 ふと横を見てみると、実際ペトラルカはおかんむりのようだった。そしてペトラルカはその子に距離を詰めて、それから・・・






「えいや!」






 ペトラルカはすかさず、クラックのオットセイを粉砕したその得意の蹴りを彼女にかました。






「おっと!だが甘い!ペトラルカ!」






 彼女はペトラルカの蹴りをなんなくかわす。






 そして・・・






「必殺!えびがため!」






「きゃあ!」






 なんとペトラルカは一瞬のうちに彼女によって、えびがためをしてやられた。ペトラルカの上半身はエビのように仰け反らせていた。






「からの~、必殺!たこがため!」






 すると今度は、彼女がまるでタコのようにしてペトラルカの全身にまきついてきた。ペトラルカは彼女にがんじがらめにされ、またもやみっともない姿を晒してしまった。




 美女と美女が、がんじがらめになっているその絵柄は、人によってはお金を払う人も居るかもしれない。






「どう?参ったかな?」






「参ったよ!参ったから!」






 ペトラルカはその褐色の女の子の手、または地面などをひっきりなしにタップし、ギブアップを申し出る。






「やっぱりまだまだだね!ペトラルカは。わたしの直々の指南もまだ身になってないと見える!」






「わかったから!わかりましたから!ミーヤー先生!はやく解いてよ!」






「はいはい、仰せのままに。ペトラルカ」






 その一言の後に、ペトラルカはようやくミーヤーのたこがためから解放された。






「ふう~。楽しかった~」






 ミーヤーはとても満足げなようだった。一方のペトラルカは先ほどの彼女のレスリング技によって、体力を奪われてか、とてもげんなりした様子だった。






「・・・で、実のところ、ペトラルカとこの子はどこまでの関係なの?もしかしてずぶずぶなドロドロなあれ?」






 なんだそれ。ずぶずぶでドロドロなあれって。まったく要領を得ない。






「どうとでもないよ!別に親しいわけでもないし」






 そうはっきり言及され、少々へこんでしまった。






「この子は土砂処理作業のときに頑張って働いてくれた作業員。そのときにわたしと一緒に行動したというだけ」






「作業ってあの犠牲が出た土砂処理事件の?」






「そう。この子はあのときの生き残りの1人ってわけ」






「そうなんだ・・・・ホルスベルクが亡くなったあの・・・。彼の事は残念に思うよ」






「うん」






「ペトラルカはあいつらの葬儀が執り行われてるとき、途中で抜け出してたよね。わたしそれから心配して探しに来たんだよ。まさかこんなところにいるなんて思ってみなかったよ」






「そうなんだ。ごめんね余計な心配かけちゃって。なんかあの場に居ると彼の事をついつい思いだしちゃって・・・・それでいつの間にかここに来ちゃってたの」






「そうしてこの子と一緒にいたというわけなんだ。・・・・なるほどね」






「・・・だから違うって。・・・この子とは本当に何もないからね」






 またしても自分に追い打ちをかけてくる。どんだけ自分をいじめれば気が済むのだろうか。さっきから心がえぐられまくりだ。






「まあ心配してたほど落ち込んでもいない感じだし、安心したよ。もっと深い悲しみや喪失感で、どうにかなってたのを想像してたからさ」






「・・・もう平気だよ。あのときに思いっきり泣いたし、大丈夫。明日からまた頑張れる」






 ペトラルカは口ではそうは言ったものの、涙ぐんでいる様子であった。心の切り替えがまだ完全にできているとは言い難かった。






「でも今回みたいなことはまたこの世界が続く限り、起こってくると思う。天国に行ったホルスベルクも、いつまでも自分のことで引きずったままでいるなんて、望んでいないだろうし。だから彼の分まで、わたしたちも生きていかなきゃね」






 ミーヤーは涙ぐんでいるペトラルカに対し、そう述べた。






「うん」






 ペトラルカは少量のこぼれた涙を手で拭いながら、そう答えた。




 自分もその場の雰囲気に飲み込まれそうになって、不覚にも泣き出しそうになった。さすがに女の子たちの前でわんわん泣くのはみっともないので、このあと豚小屋に帰った時に思い切り泣こうと思った。






「死んでしまった彼の分までわたしたちはちゃんと生きて、生きて、生き抜く!そういうことね!?」






「そうそう!その意気だ!ペトラルカ!」






「うん!ありがとうミーヤー!ちょっとだけ元気出たよ・・・」






 ミーヤーに励まされてか、ペトラルカさんの表情はぱっと明るいものとなった。さきほどまでの悲哀感に苛さいなまれた顔は影を潜め、少し元気を取り戻したようだった。




 ミーヤーとペトラルカさんがお互いを励ましあったところで、自分はこの場からおいとましようと思った。彼女らにとって、自分はお邪魔虫でしかない。




 実のところを言うと、もっと彼女らが居る空間に一緒に居たいと思っていた。しかし自分の存在はそんな2人の友情に水を差しかねない。変にこの場にとどまっても意味がない。




 だからこそ静かに目立たず、この場を立ち去ろうと思っていた。






「・・・というわけで!ペトラルカが立ち直ったところで、このあとみんなで酒場に行って飲みに行くよ!」






「え?今から?・・・確かに元気出た!とは言ったけど、さすがに昼間から飲んで、どんちゃん騒ぎする気分には・・・・」






「なにいっておろうか!こういうときはパーッと飲んで、無理にでも明るくふるまうの!からげんきでもいいから、元気出してこー」






 互いに慰めあっていたと思った束の間、お酒を飲みに行こうと言い出すミーヤー。






「というわけで、酒場にレッツラゴー!」






 強引に手を引っ張られていくペトラルカ。抵抗むなしくミーヤーにぐいぐい引っ張られていく。






「えええ!ちょっと待ってよ!ミーヤー!まだわたし行くなんて言ってないよ~」






「カステラおばさんはどうするの?一緒にどう?」






 するとカステラおばさんは、






「わたしは歳だからね。遠慮しておくよ。それに牧場での仕事もこの後控えてるからね。二人だけで楽しんでいってらっしゃいな」






 そう言うとカステラおばさんはその場をあとにしていった。






 ・・・2人ともこんな真昼間からお酒飲もうとしてるの!?よかった~俺にとばっちりがこなくて・・・




 自分は誘われなくてよかった!と思って、ふと一安心していると・・・・






「なにしてるの!?そこの君!」






 なんとミーヤーが自分のところまで駆けつけてきた。そしてなにしてるの?と彼女に聞かれたので、素直に答える。






「へ?いやなにって、今から自分も帰ろうかな~って思ってたところでしたけど・・・」






「なにしれっ~と帰ろうとしてるの?あんたは当然強制参加だって!」






「えっ!!なんで自分まで!?」






「あんたも来る!ペトラルカをなぐさめてあげれるのはあんたしかいな~い!あんた男でしょ!?」






「無理無理無理!自分なんかが、そんな大役務まりませんって!」






「傷心しきったこのとびっきりかわいい女の子をなぐさめてあげれるのは、あなただけ!ほら!来るったら来る!」




 そして自分も最悪なことに、その女の子らとともに酒場に連れられる羽目となってしまった。






「勘弁してくださいよ!自分なんかがそこに居たって楽しくならないから!むしろ邪魔ですから!」






「そんなことないから、カモン!カモン!」






 ガシッとつかまれた手を必死に振りほどこうとするが、ミーヤーの力は尋常じゃなかった。男の自分でも全く振りほどけない。




 いわゆるこれから飲み会なるものに自分は連れていかれるらしい。




 この女の子2人に自分なんて絶対釣り合わない。なにより、飲み会は大嫌いだ。大学時代の新入生歓迎会の時のあの悲劇がよみがえる。




 今自分が考えていること。それはいかにしてミーヤーの魔の手から逃れるか。それに尽きる。

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