10-7:目指すべきカタチ

鬼の気配を漂わせた女警部が、ゆっくりと近づいてくる。

余裕を見せる雅を視界から外さないようにしながら、真樹は改めて会場を見た。


雅の裏に見えるのは、自分が駆け回ってきた観客席。

そこは、まるで戦場跡のようだった。

砲撃でもあったかのように、ライブ会場のあちこちにクレーターがあった。

それらはすべて、拳、あるいは足跡のような穴を中心に広がっている。


雅が放つ黒紫の覇氣、いや鬼氣とでも言うべき力を振るった跡なのは明白だった。


その攻撃に巻き込まれて、衝撃で吹っ飛ばされた観客の男達が会場のあちこちで倒れていた。

一部の観客はうまく避けて、無傷のままで自分達のことを見上げていたが…

裏社会の戦いに付いていけない者がほとんどだろう、多くの男達は倒れ伏していた。


こんな裏社会に入り込んで、女を辱めようとする者達だ。

ヴァルキリーゲームズの観客達に、そんな同情は必要ない……

と言いたいところだが。


彼らの中には、純粋にこの闘いゲームを楽しんでいる者もいるだろう。

戦っている姿を、頑張る姿を応援している者もいるだろう。

そんな人まで攻撃する理由は、真樹には無い。


鬼氣を展開している雅を見て、改めて思う。


あれは神氣のカタチの1つである、と。

自らの望む、力の在り方を体現させた姿なのだと。



そして、あれは自分にも起こり得ることなのだと。

戦いたい、強くなりたいという衝動を、思いのままぶち撒けたら、きっとああなるんだろうな、と。

そんな予感が、真樹の中で確かにあった。



……だが。


こうして鬼の姿を見せる者を目の前にしてみたことで、ハッキリと分かる。



(あれは、私が目指している姿じゃない…!)



ならば、自分が目指す姿とは…?



頭の中で誰かに問いかけられたような気がした。

自分の中から問いが生まれてくる。



自分が目指す力の在り方とは…?

自分が体現する姿とは…?




決まっている。

私が憧れたのは……!

私が目指しているのは……!



自分の中に明確にイメージする。

自分が思い描く、この世で最も強く、最も美しい人の姿。

ついこの間も直に目の当たりした、このゲームのチャンピオン。


あの人のような、私の理想の形…!


「ふぅぅ……!」


真樹は目を瞑り、深呼吸する。

そして……


「………はあああぁっ!!」



気合いの咆哮と共に、真樹の身体から光が溢れてくる。

同時に、それまで真樹の身体を覆っていた、獣をかたどった鎧となっていた光が弾け飛んだ。

手足に宿っていた黄金の光の爪は、細かな粒子となって再び真樹の身体に纏わりついていく。



(そう…この感じだ。

ミトで裕ちゃんと戦った時の、あの感じ!)


身体の内から感じ取る高揚感に覚えがあった。

かつて、裕と戦った時、追い詰められた時に出せた技。

あの時はほとんど無意識のうちに出した、初めて神氣を使った時の感覚。



あれ以来、何度やっても出来なかった、あの時の姿。



(きっとこれは、私の憧れを体現するカタチ…!)



今こそ、憧れを最大の力に…!!



「神氣・羽衣!!」



真樹の叫びと共に、身体が神々しく輝いていく。


身体から溢れてくる光の力が、真樹を新たな姿へと変えていく。

優し気な光は、まるで羽衣かのような、美しい服をかたどって真樹を覆っていく。

真樹のショートカットな髪からも光の粒子が溢れ、心なしか彼女の髪が伸びたかのような錯覚を起こす。


どこか女神を彷彿とさせる、神々しい姿の真樹が、そこに現れた。



「…うん、やれる!」



先ほどまでの獣の力を引き出していた時とは、違う高揚感を感じる。

圧倒的な力を感じるけど、荒々しい気分にはならない。


自由で無邪気だけど、決して欲望に溺れず、凛とした美しい姿を見せ続ける。

自分にとって憧れであり、理想的な姿。


思えばあの時も、瑠璃亜のことを思い出していた。

それほどまでに、心の奥底まで染みついているのだろう。

自分の憧れた、強く美しい姿というものに。



「くくく、なるほどな。

神氣は人の欲望の体現。

己の気の持ちようで、いかなる姿にも変わる。

さっきまでの姿が神獣形態ビーストスタイルなら、さしずめそれは、聖女形態セイントスタイルといったところか?」


鬼氣を身に纏っている雅は、これ以上ないくらいの笑顔を真樹に向ける。

ただでさえ、柔と剛を切り替えられる戦士など珍しい。

ましてや、神氣による形態を複数切り替えられる者など、この世に何人いるだろうか?


穏かな光に包まれている真樹の姿を見て、雅の高揚感は臨界突破していた。

狂気というのも甘く聞こえるほどの狂乱の笑みで、真樹に笑いかける。


「期待以上だ!!!

前に会った時は若葉と思ったが、この短期間でここまで育つとはな!!

ならば、オレの本気を受けるがいい!!

オレに勝つ気ならば、神になるつもりでこい!!」


そう言うと、雅は構えを変えた。

右手を引き、その手に黒紫の神氣が集まっていく。

身体を纏っていた鬼の氣が全て右手へと集まり、巨大な鬼の手が雅の右腕に纏わりついていた。


なんとなく真樹にも分かる。

この技は、鬼氣を集中させた、本気の右ストレート。

あまりにも真正面から、全てをぶち壊す、究極の一撃。


「…………受けて立ちます!」


真樹はその戦い方に、正面から挑むことを決める。


「はあああああぁぁぁっ!!」


集中する。

溢れてくる力を、全部右腕に!!


自分に纏っていた光は光は全て、真樹の右手へと集まっていく。

やがて、黄金の巨大な右手が、真樹の手に現れていく。


光溢れる巨大な2本の腕がライブ会場に出現する異様な光景。

神々しさと禍々しさを備えた、強大な力を持つ2人の女が、ステージの上で睨み合う。


「おらあああああああああああああっ!!」

「うおおおおおおりゃあああああああ!!」



雄叫びと共に、2人は拳を突き出した。




どごおおおんっ!!

バチバチ!!!

どおぉぉん!!!


爆音と共に、衝撃波が会場中に飛んでいく。

爆風が会場内に吹き荒れ、その衝撃で観客達もまともにステージを見れないほど。


それでも、真樹と雅は互いの拳をぶつけたまま、ステージ上に立っている。



神氣の拳同士による、純粋な力比べ。

ただただ、相手より上であると証明したい。



「うおおおおおおおおおおおおおっ!!」

「にゃああああああああああああああ!!」



叫ぶ2人の声と共に、凄まじい光の奔流がステージから溢れてくる。

ぶつかり合った神氣の拳が、お互いにゴリゴリと削れていっていくのが観客席からも見えた。


互いに全力をあの拳に込めている。

ぶつかり合うたびに、拳に込められた光は吹き飛んでいく。


そして、力尽きた時、あの巨大な拳が消えた時…それが負けた時なのだと、誰もが理解する。


「ぐっ……おおおおおおっ!!」

「うああああ、あああああ!!!」


叫び続けている2人の声に、少しずつ悲痛さが混じっていく。

互いに、力を絞ってぶつかっているのが嫌でも分かる。


光の粒子をまき散らし続けながら、2つの神氣の腕はぶつかり続けていく。

ほんの少しずつ、だが確実に拳の大きさは小さくなっていっている。



そして、その大きさにも、だんだんと偏りが出始めた。




雅が、押され始めたのだ。


「おおおおおっ!!」


黒紫の拳を突き出す雅。

だが、それよりも大きな真樹の黄金の腕。


「私は、もっと、強くなるんだあああああぁぁぁっ!!!」


拮抗していた二つの力が、明らかに傾いた。

真樹が一歩、前へ出た。


その瞬間…


どごおおおおおおおおおんっ!!


雅の鬼の手が、爆散した。

爆風がステージから吹き荒れ、雅の身体は空中へと吹き飛んでいった。


同時に真樹の聖女の手も、霧散していく。



観客の誰もが思う。

決着は付いたと……。



「……まだだぁ!!」


…だが、空中で雅はギラリと目を輝かせる。

再び神氣を右手に纏おうとする。

鬼はまだ、健在なのだ!




だが、それを分かっている者もいた。



「むっ…!?」


真樹が、もう目の前にいた。



彼女は、雅をぶっ飛ばしたその瞬間から、駆け出していたのだ。

雅がここで終わるような者ではないと思っていたから。


(突っ込め…!ぶちこめ…!)


残り僅かな力を振り絞り、真樹は空中へ飛んでいく。

その右手には、残り少ない神氣の光が渦となって纏わりついていた。


「もういっぱあぁぁぁつ!!!」


怯んでいる雅に向かって、拳を突き出す!


セイ桜花砲オウカホウ!!」


黄金に光る正拳突きが、雅の腹に直撃する!!


「ぐほぉぉあっ!!?」


どごおおおぉぉん!!




トドメの一撃。

雅は、観客席へと叩き落されていった。


叩き落された観客席エリアで、仰向けに横たわる女警部。

本当に倒れたのか…?

男達が落ちてきた鬼の周囲に群がり始める。


そんな中、彼女のすぐ傍に真樹は着地した。

そして、ゆっくりと雅の元へ近づいていく。

すると……




雅はむくりと上半身を起こした!



全員に緊張が走っていく。

もしや、まだ戦えるのだろうか?


すぐさま構える真樹であったが……




「ごふっ…………見事」




邪悪な鬼氣を霧散させ、元の王子様のような爽やかさを取り戻した雅は、そのまま大の字で倒れ込んだのだった。




「だ、ダウン!!

雅がダウンしました!!

カウント入ります!」



状況を理解した実況の声が、会場に響く。


倒れていた観客達も、もぞもぞと起き上がっていく。

どうやら、期待以上のことが起きると分かって。


「…3!…2!…1!」


カウントはどんどんと進んでいく。

鬼が起きてくる様子は、ない。

生放送のコメント欄も、加速していく。

誰もが、今度こそ期待する。


「0!!

けっちゃああああぁぁく!!

猫耳闘士・真樹の勝利だああああっ!!」

「「うおおおおおおおおおおおおっ!!!」」


若き少女の勝利。

それが確定し、起きている僅かな観客から歓声が上がる。


「エキスパートクラス初戦で、元マスタークラスを撃破!!

華々しいクラスアップを見せつけました!

これはもう、マスタークラス昇格も視野に入っているかー!?」


実況の叫びに、会場とコメント欄は大興奮だ。

衝撃の強さを見せつけた上での大金星。

盛り上がるなという方が無理であろう。


歓声が沸き起こる中、真樹は一人、己の右手を見ていた。

輝きが収まったのを見て、自分が大きな力をモノに出来たのだと実感する。


真樹は周囲を見渡す。

会場にいるのは、自分を称え、勝利を喜んでくれる観客達。

ようやく、この試合に勝ったのだと実感が湧いてきた。


その歓声に応えるように、真樹は拳を高く突き上げるのだった。

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