6-6:別館送り

試合を終えた真樹は、一足先にホテルへと戻ってきていた。

他の選手たちの試合を見ようかとも思ったのだが、正直かなり疲れていたのだ。

これまでにない覇氣の使い方をしたせいで、身体がまだついていけていなかったのだろう。


部屋のシャワーを浴びてから、数十分の仮眠を取った。

そこまではよかったが、やることがなくなってしまったのだ。

同じ部屋に泊まる大山はまだ試合があるだろうし、梨花も運営で遅くまで戻らないだろう。


今からでも会場に戻るべきだろうか。

それともこの際に、ホテルの中を見て回ってみようか。


ヴァルキリーゲームズ絡みとはいえ、ここは立派なリゾートホテル。

こんな立派な宿泊施設、もしかしたら二度と泊まれないかもしれない。


何の気もなしに私服でロビー周辺をうろついていた真樹は、ラウンジに見覚えのある人物が座っているのを見つけた。


「あれっ、葵さん?」

「これは真樹様。

初戦勝利、おめでとうございます」

「あ、ありがとうございます」


テーブルに置いたノートPCでキーボードを叩いていた葵は、真樹に気付くと顔を上げた。


「先に戻ってきていたのですね。

大山様は、まだ試合でしょうか」

「うん。応援しようかと思ったんだけど、さすがにちょっと疲れちゃって。

部屋で少し休ませてもらいました。

葵さんもですか?」

「ええ。私は今日は試合もありませんし」


真樹へ返答する際に、キリっと眼鏡に手をかける葵。

コロシアムの時の水着から、昨日と同じ紫のスーツへと着替えていた彼女。

理知的な印象は相変わらず強いが、昨日会った時の厳しさは和らいで、幾分か穏やかな印象だった。

『暇ならばご一緒しませんか』という葵に、ありがたく同席させてもらうことにした真樹であった。


ドリンクを飲みながら話す話題は、やはりヴァルキリーゲームズについて。

今も行われているヤクシマ・コロシアムについて、若き女戦士ヴァルキリー達は話に華を咲かせる。



茜との試合が終わった直後、プールサイドにいた女戦士ヴァルキリー達は、その場でさっそく戦いを申し込み始めた。

そこで気があった者同士、戦いを承諾した者同士が、マッチングをすぐに申請したのだった。

今日だけでも十試合近く行われる予定だ。


ヤクシマ・コロシアム、というか夜九島には、真樹達が戦った場所を含めて3つのリングがある。

大会の間はこの3つのリングで並行して試合が行われていくことになる。

ホテルを中心として3ヶ所に設置されたリングは、自動操縦のバスで自由に行き来できるようになっているのだ。


対戦相手を決めた女戦士ヴァルキリー達は、それぞれのリングへ向かっていった。

もちろん観客達も、どの試合を見るか吟味しながら、それぞれお目当てのリングへと向かっていった。


大山もさっそく対戦相手を見つけたらしく、今は島の南東にあるリングにいるはずだ。

なお、彼女も期待されているのか、試合は後の方に回されていた。

恐らく、そろそろ試合が始まる頃合いだろう。


「皆さんも物好きですね。わざわざ恥辱を受けたいのでしょうか」

「あはは……まぁ、みんな楽しみにしてはいたんだと思いますよ」


負ければ恥辱というゲームではあるが、勝った時のリターンが大きいのも確か。

高額賞金目当てであれ、知名度であれ、腕試しであれ。

この島に来る者には、それぞれに目的があるのは感じ取れた。


「あ、葵さんが映ってる…」


ホテルのロビーには、大きなスクリーンがあった。

そのスクリーンに、水着姿の葵の写真が映し出されている。

恐らく、開会式の時に梨花が撮っていた写真だろう。


葵だけでなく、何人かの女戦士ヴァルキリーの水着写真が並んで表示されていた。

まるで宣材写真、グラビア写真ようだ。


この島に来ている女戦士ヴァルキリー達の紹介PVみたいなものだろうか。

一定時間が経つと、写真がくるりと回る演出と共に、違う選手たちの姿が映し出された。

その繰り返しで、どうやら島に来ている選手達を紹介していくのだろう。

大山や、更には何故か梨花の写真まで演出の中に入っていた。

もちろん真樹自身の写真もあって、水着を押さえて恥ずかしがる姿が映し出されていた。

こういうものがあるのなら、もっとちゃんとしたポーズを取ればよかっただろうか。


そんな映像を何気なく見ていたのだったが……


「ぶっ!!?」


衝撃の光景を見て、真樹は思わず吹き出してしまう。


切り替わった写真には茜が映し出されていた。

彼女の写真もあること自体は予想していたのだったが、問題はその格好。


なんと、水着が脱げている。

ペナルティで上の水着が剥ぎ取られた、あの瞬間の写真だったのだ。

それぞれに決めポーズを決めている美女達の写真に混ざって、一人だけ半裸にされて男達に弄ばれているシーンの写真が映し出された茜。


「ななななっ…!」

「あぁ、真樹様はご存じなかったのですか」


動揺しまくりの真樹に対し、葵は眼鏡を直して冷静に言う。


「あの映像は、ヴァルキリーゲームズの運営が撮影したものや、観客の皆様から提供された写真を、スライドショー形式で見せているのです。

あの試合を見ていた方のどなたかが提供してくださったのでしょう」


癖なのか、再びキリっと眼鏡に手を当てた葵。

口が開きっぱなしの真樹に対し、さも当然のものとでも言うように冷静なまま解説を続ける。


「この祭りの間、あれは島の各地で見ることが出来ましてね。

あのショー映像に映る写真は、今後どんどん増えていくことでしょう。

この意味、お分かりですね?」


冷静に、だがどこか冷酷さも感じる葵の言葉に、顔を真っ赤にしながら真樹は頷いた。



認識が甘かった。

『もしも負けたら、裸を撮られる』どころではすまなかった。


その恥ずかしい姿を、祭りの期間ずっと晒し者にされ続ける。

それこそが、このヤクシマ・コロシアムにおけるペナルティだったのだ。


ふと見ると、ちょうど映像が一周したのか、葵の姿がまた映し出された。

だが、次の写真に切り替わった時、先程まで無かった違う写真が映し出された。


恐らく、真樹達の後に行われた試合に決着が付いたのだろう。

名前も知らない女戦士ヴァルキリーが胸を曝け出す姿が映し出されていた。


一度でも敗者となった者は、そのカラダをひけらかし続けることになる。

祭りならではの、とんでもない罰ゲームだった。


「……あれが嫌ならば、戦わないという選択肢もあるのですよ」

「…お気遣いありがとうございます。

それも手なんでしょうけど、私の目標は戦いの先にあるんです」

「そうですか。まぁ、そこは人それぞれですので」


このヤクシマでは、戦えば戦うほどに、誰かに撮られたカラダを晒すリスクは高まる。

だが、よくよく考えれば今更な話なのだ。

このゲームで負けた者が弄ばれるというのは最初から分かっていたし、今までも映像を撮られているのだ。


葵の言葉に、動揺しながらも戦う意志を見せる真樹。

憧れの人に近づくには、これくらいの試練で怯んではいられない。

葵もそれを咎めはしなかった。


どうにか落ち着きを取り戻した真樹は、ふと話題を変える。


「そういえば、茜さんはどうしてるんです?」


自分の対戦相手であった黒獅子の赤秘書がどうなったのか、単純に気になったのだ。

スクリーンに自分の痴態を晒すなんて罰ゲームを喰らって、恥ずかしくて出られなくなったのだろうか。

それくらいで怯むような女性には思えなかったが…


「あぁ、彼女なら別館にいますね」

「別館……そういえばちらっと聞きましたけど……」


試合が始まる前、観客の誰かが『別館送り』という言葉を使っていた気がする。

聞き慣れない言葉だったので記憶に残っていたのだ。

ぽかんとする真樹に苦笑しつつ、葵は窓から見える建物を指差した。


「あそこですよ。

このホテルの別館に当たるもので、端的に言ってしまえばラブホテルです」

「ぶっ!!?」

「文字通り、別館で男共のお相手をしてもらうことになっていますね」


真樹、2度目の吹き出し。

茜の行き先がとんでもないことになっていたことに驚く。


「ヴァルキリーゲームズのコロシアムに、ホテルが併設されていることが多いのはご存じでしょう?」

「えぇ、まぁ……」


淫靡な罰ゲームがあるコロシアムだけあって、そういうホテルと繋がりがあることは知っている。

自分は行ったことはないが、ミト・コロシアムにも地下通路一つですぐに行ける宿泊施設が併設されているのは聞いていた。

というか、先日一人の婦警さんが上司に連れ込まれている。


そして、その手のホテルに顔を出し、客のお相手をすることによってお金を稼ぐ女戦士ヴァルキリーもいることも、知識としては知っている。

ペナルティは基本的に、大金を賭けて且つ敗者を当てた客しか参加できない。

お金を賭けても何も出来ないまま終わってしまう者、つまり観客にも敗者が存在するのだ。


そこで負けた憂さ晴らしだったり、好みの相手がいなかったりした観客は大勢いるわけで。

そんな敗者たちに、自らのカラダを以てお相手することでお金を稼ごうとする者もいる。

ほぼ風俗嬢であるが、そんな形で所属する女戦士ヴァルキリーもいるのだ。


本人の同意が無ければ『そういうこと』をしなくていいとは言われてるが、逆を言えば『やりたい』と言ったら、そういう金の稼ぎ方も出来てしまう。

現に、同じ時期にデビューした女戦士ヴァルキリーが一人、戦いで勝つことを諦め、カラダで稼ぐ方に転向してしまった。

女戦士ヴァルキリーの身体は、常に商品として狙われているものなのだ。


そして今日、自分に負けた茜は、そういうことをしなくてはいけないらしい。


「あぁ、貴女が気に病む必要はありませんよ。

元々、彼女あのバカが会長と交わしていた賭けの結果ですから」

「賭け…?」


どこか申し訳なさそうにする真樹を見かねたのか、葵は変わらぬ口調で説明する。


「彼女は表社会でも会長秘書をやってますが、まぁあの通りバカでアホですので。

色々と取引先に迷惑かけたりして、損害がそれなりに出ていましてね。

さすがに無視できないレベルなので、会長と取引をしていたのですよ。

このヤクシマ・コロシアムで稼げたら、その失態はチャラにする。

ただし負けたら、別館に泊まってもらうとね」

「は、はぁ……」


いまいちピンと来ていない真樹に、葵は更に補足説明をする。


「あの別館に泊まるということは、観客の皆さんの『夜のお相手』もしてもらうということ。

男共があそこに泊まるには、更に別途で大金を支払う必要がありますからね。

まぁ、あのアホはなんだかんだ言っても人気選手ですから、彼女目当てで別館泊まりする輩もいるでしょう。

その宿泊費を、彼女の失態の補填とするつもりなのです」


文字通り、身体を使って損害分の金を返せ、というわけだ。


「ちなみに、別館の部屋は『鍵がかかりません』。

侵入し放題でございます」

「うわぁ……」


コロシアムに併設されるホテルも、地域によって特色が出る。

ヤクシマの場合、女戦士ヴァルキリーの部屋に侵入することが出来るように作られている。

いわば、夜這いを体験できるホテルになっているのだ。

茜はきっと今夜は寝られないだろう。


「ヴァルキリーゲームズは脅迫行為を禁止しています。

こういう契約は、彼女の意思無しでやった場合は脅迫になってしまうのですが…

彼女は能天気にも『あたしが負けるわけないから全然かまわないわ!』と同意してしまいましたので。

まぁ、結果はご覧の有様ですが」


実力を見誤って調子に乗った者の末路、ということだろう。


そこまでの話を聞いた真樹は、ある1つの可能性を頭に浮かべた。

顔を赤らめる真樹に気付いた葵は、先回りするように答える。


「あぁ、別に『負けたら別館送り』なんてルールは、ヤクシマにはありませんよ。

これはあくまで彼女あのボケの事情です。

仮に貴女が負けても、別館に行く必要はありませんよ」


ヴァルキリーゲームズは、なんだかんだ言っても選手の意思を尊重する。

同意なしに試合をすることも、ホテルでお相手することもない。


「まぁ、行きたいというのであれば別ですが」


葵がからかうように言うと、真樹はぶんぶんと首を横に振るのだった。

戦いで負けるのならばともかく、自ら身体を売るような真似をするつもりはまだない。


「あはは、残念だね~。

そこで『負けた相手を別館に送れる』って賭けを相手に差し向けるのも面白そうなのに」


ガタッ!!!


聞き覚えのある男の声がした瞬間、葵は席から飛びのいた。

真樹が振り向くと、そこにはむかつくほどのイケメン、ヤミトがいた。

どうやらお気に入り選手である真樹を見かけて声を掛けてきたらしい。


葵はと言えば、手を構えて臨戦態勢でヤミトを睨みつけている。

ふーっ、ふーっと息を荒くしていると、まるで威嚇している猫か何かのようだ。


「こんばんは、真樹ちゃん。まずは初戦勝利おめでとう」

「あ、ありがとうございます」


真樹も丁寧に挨拶を返すが、油断はしない。

真樹の睨みも気にせず、ヤミトはにこやかに葵の方へと顔を向ける。


「葵ちゃんも久しぶりだね。キミの試合はなかなか見れないから、この大会中で見れるかどうか楽しみだよ」

「シャーーーッ!!」


もはや完全にネコ科な威嚇をする葵。

さっきまでのキリっとした秘書らしさはすっかり失われている。

怒りか恐怖か、諸々入り混じった感情のまま、言葉も出さずにヤミトを威嚇しまくっている。


だが、よく見ると顔が赤い。

その様子に、もしやと考えた真樹は、葵に近づいてこっそりと聞く。


「あの……葵さんも、もしかして……」

「……彼は、私の、その、身体を………くぅぅ…!」


何かを思い出したのか、葵の顔がトマトのごとく真っ赤になっていく。

それだけで、真樹もおおよその事態は察した。


おそらく葵もまた、ペナルティを経験したことがあるのだろう。

しかも、よりにもよってこの男に。

真樹も他人事ではないから、それ以上は深く追求しないことにした。


「あはは、大丈夫だよ。ここでキミらに手を出したりしないさ~。

試合後のペナルティか、既定の施設以外では、女戦士ヴァルキリーに手を出してはいけない。

もしそうしたら粛清ってことで、どうなるか分かったものじゃないからね。

でも、お喋りくらいはかまわないでしょ」


ヤミトは爽やかな笑顔をまき散らす。

まったく、何も知らなければただの好青年に見えるのが余計に憎たらしい。


「ま、いいや。

真樹ちゃん、さっきある人から連絡があってね。

この夜九祭、まだまだ面白くなりそうだよ?」


ヤミトのにこやかな言葉を聞いて、何かに気付いたらしい葵はなんとか秘書の顔を取り戻した。


「…そうですか、もうこんな時間ですか。

真樹様、ひとまず失礼いたします。

人を迎えないといけませんので」

「ふふふ、せっかくなら僕もご一緒していいかな?

僕も挨拶したいしね」

「……ご自由に」


ヤミトの提案は特に拒否せず、葵はノートPCを持って足早に去っていく。

それを追おうとしたヤミトは、足を止めて真樹に振り返って、こう言ったのだった。


「なんなら真樹ちゃんも来るかい?

面白いモノが見られると思うよ?」

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