5-6:男前の雅

「…………はっ!?」

「おっ、ようやっと目ぇ覚めたね~♪」


ぐったりした気絶から急に覚醒して、神無月は飛び起きた。

慌てて辺りを見回すと、梨花がニヤニヤと笑っていた。


自分はまだリングの上にいた。

だが、梨花だけでなく、真樹やカグヤ、大山、そして雅警部までが上がっていた。

その光景が、決着が既についたことを示していた。


「まったく……

この世には、安易に入り込んではいけないところがあると、近く講習を開くつもりだったのだがな。

これは予定を早めねばならんか」


呆れ顔の雅が、優雅に神無月の頭を撫でた。

その所作は、可愛い後輩を助けに来たイケメンのようだ。


だが、神無月は雅の言葉に衝撃を受ける。

まるで、この場所を見逃せと言ってるようであったからだ。


「け、警部!

こいつら、とんでもない悪党ですよ!!

警部、こいつらぶっ飛ばしに来たんですよね!?」

「いやー、さっきから言ってるじゃんね。

警察にも黙認してもらってるって」


神無月の言葉に、梨花が呆れ顔で答えた。

そのまま雅の横に立つ。


「真樹ちゃん達にも紹介しないとね。

三都ミト警察署の敏腕警部にして、エキスパートクラスの女戦士ヴァルキリー、雅警部だよ。

ま、うちと裏取引してる警察のお偉いさんね。

この人にはなるべく逆らわないよーに。

本物のムショ入りしたくなかったらね」


梨花の紹介に、真樹も大山も、そして神無月も大きな衝撃を受ける。

現役の警察官が女戦士ヴァルキリーをやっていることに、真樹と大山も戸惑いを隠せない。

だが、神無月の衝撃はその比ではない。

何せ、憧れの警部が悪の一員なのだから。


「なんでですかっ!?

なんで警部もこんな人たちとつるんでるんですかっ!?」

「フッ、決まっているだろう。

この国の平和のために、必要だからさ」


こんな淫らで暴力的なゲームが、国の平和のために必要。

まったくピンとこず、訳が分からないといった表情の神無月に苦笑しつつ、雅は講義を始める。


「そうだな……理由は色々とあるが、まず大前提として。

このヴァルキリーゲームズは事実上、国が黙認している闘技場だ。

いくつもの事情が重なっているとはいえ、国が認めている以上、我々警察では安易に潰せないというのをまず認識してくれ」

「ぐっ……!」


雅の言い分に、神無月は思わず言葉に詰まる。

まさか、国が悪の組織と繋がっているとは!

しかし、警察官は公務員、お国のために働くお仕事である。

お国が見逃せというのなら、見逃さなくてはならない職務である。


神無月のぐぬぬ…という顔に苦笑しつつ、「そうだな……」と雅は少し考える。


「神無月。

お前はまず、女を喰い物にしているから、この闘技場を悪と判断したのだろう。

事実、この闘技場は良い女を抱きたいという欲望を滾らせた男共が集まるからな」

「そうですっ、なのにっ……」

「なら聞くが、そもそもなぜ男共はこういうところに集まると思う?」

「うぇっ…!?」


性欲を持て余す男が、欲望の赴くままに女性を狙う。

それは間違いなく悪だ。


だが、悪が蔓延するには相応の理由がある。

神無月にはその視点が欠如している点を、雅は以前から気にしていたのだ。


「簡単だ。表でそういうことを言えば、変態の烙印だろう。

今は男女平等を掲げるのが普通の国。

表の人でさえ、ジェンダー平等だと騒ぐ時代だ。

だがな……その結果どうなった?」


雅はそこで一息つく。


「いくつもの規制を作り、表向きは確かに平和にはなったように見えるだろう。

確かに理性的な人物が大半だろう。

だがな……逆に女が男を喰い物にする事例が増えてないか?」


痴漢の冤罪などがいい例である。

女性専用車両というものが出来たりして、ただでさえ肩身の狭い思いをしている男性達。

にも関わらず、男性を貶める悪事を働く女性というのが増えたのもまた事実である。


「元より男尊女卑が強かったこの国だ。

男女平等を掲げた結果、不満を抱える男というのは急増したのさ。

あまりにも女に有利なことが増えたと、そう考える男達がね。

規制を強めれば、それだけ反発は大きくなる。

この国じゃ、常に燻っているのさ。

飢えた狼が兎を喰らおうとする、獣のような欲望がね」


性欲とは、生物の三大欲求である。

理性で抑えることが出来るとはいえ、完全に無くすことはできない。

無理やり押さえつけようとすれば、それだけ『性欲を持て余す』者が現れるのだ。


「一時期、風俗さえも禁止しようとする動きすらあったくらいだからな。

女性を喰い物にするなーと騒ぎ立てる奴がいたせいでな。

…まぁ、これはさすがに止められたが。

禁酒法の二の舞は避けねばならなかったからな」


外国では、かつて酒は悪だと言って禁止にした時代もあった。

だが、今やそれは悪党が跋扈した時代の代名詞となってしまっている。


多くの人が潜在的に求めていたものを禁止にした結果、大半の者が政府に不信を抱き、犯罪組織の温床となってしまったのは有名だ。

もちろん、経済恐慌など様々な事情が重なって起きたものではあるが、人の欲望を安易に規制しようとして起こった事例であるのは間違いないだろう。


「無論、男どもが無造作に女を襲うなど言語道断、非道の一言さ。

女とて真面目に生きてんだ。

その人生を、生き様を無理やり奪う真似は許さん」


男女平等自体は歓迎されるべきだと考えている。

女だからという理由だけで下に見られたり、ましてや虐げられるような事態は見過ごすわけにはいかない。


女性が単純な力で劣ってしまうのもまた事実。

欲望の赴くままに弄ばれるのは非道である、という認識は間違ってはいない。

それが世間に浸透すること自体は歓迎すべきことである。


「だが一方で、押さえつけるだけでは爆発するのも人というものさ。

男女問わず、な。」

「男女、問わず……?」

「女の中にも、欲望を滾らせたヤツはいるってことだ」


そう言った雅は、チラリとカグヤを見た。

その巫女さんはニコニコと微笑むのみ。

上司の言葉に、神無月も唸る。


「それに、単純にエロいことを求めるだけではないぞ。

この場所はむしろ、女の方が求めてるからな」


ヴァルキリーゲームズは、単に男の欲望のために運営されているわけではない。

むしろ、この場所を求めているのは女性の方なのだという。


「女は清楚であるべき。

なるほど確かに、身も心も綺麗な者が好まれる社会というのは素晴らしい。

だが、それが押し付けになっていないか?

男どもの欲求が生み出した幻想になっていないか?

あるいは、女が自らの殻を打ち破る機会を失う枷になっていないか?」


世間ではどうしたって、『男らしさ』や『女らしさ』というものが求められる。

大半の者は、それを世間の常識だと思って受け入れる。

だが、それに馴染めない者がいるのもまた事実。


「何事も便利な世の中だからな。

あえて危険に挑もうとする、挑戦心というものを持っている者は敬遠されがちだ。

…必要なんだよ、そういう奴らの受け皿となる場所は」


治安の良い国だからこそ、あえて危険に飛び込もうという者を敬遠してしまう。

勇気ある者ではなく、異端者だと白い目で見てしまう風潮がある。


例えば、格闘技に精を出す女性とかを。


「だからこうしたゲームが黙認されている。

強い欲望を持った男どもの受け皿としての役割だけではない。

過酷な環境に、己が意思で飛び込んでいける。

そんな強い意志を持った女性を蔑ろにしないためにね」

「ま、ある意味分かりやすいよねー。

戦いに勝って、欲しい物を手に入れる。

ここは、そのための場所だからねー」


雅の説明に梨花が補足する。


自らの身体を賭けて、高額な賞金を手に入れる。

それぞれの夢や野望を叶えるため、リスクを負ってリターンを得る。

本気で挑むからこそ、コロシアムは盛り上がる。


単にエロいことを求めてだけじゃない。

刺激的な体験を、より高みを目指す挑戦を求める者が、この場所を求めてくるのだ。


「ちなみにこの国には、命を懸けた地下闘技場というのもあるぞ。

だがまぁ、最近はすっかり寂れてしまっていてな。

今時、殺し合いなど流行らないんだと。

無闇に人が死亡しなくて済むと見るべきか、裏社会ですら平和ボケしてると見るべきか……」


やれやれといった顔持ちで雅は首を振る。

殺し合いで盛り上がるような時代ではないというのは、警察官としては喜ばしいことだが。

その結果、欲望の矛先がエロに向いてしまうのがこの国の悪癖なのかもしれない。


「まぁ、表の経済で滞ってる金を動かすとか、軍を持たないこの国で強い戦士を育てるとか、他にも理由は色々あるがな。

そんなわけで、この国では表向きには平和な国を演出しつつ、裏社会というものを使って内々に諸問題に取り込んでいる。

その中で今、一番盛り上がってるのが、このヴァルキリーゲームズだ。

無闇に潰して不満が蔓延するくらいなら、上手いこと利用しようというのがこの国の上層部の方針だ」


何にせよ、使えるものは使った方がいいというのが国の方針だ。


「だからって、わざわざ警部自ら直々に選手になるとはね~」

「フッ、選手にはお前たちのように腕が立つ者も多いしな。

私も鍛え直す機会になる。

男どもの欲望の強さというのも、肌で感じられるからな。

表社会で真っ当に生きる女性たちのため、気合を入れ直せるさ」


雅も雅で、このゲームに参加している理由がある。

お国のためというだけでなく、警部である自分自身にも必要だと考えていたのだ。


「それに、私とてクズな男に弄ばれるのは御免だが、いい男は手に入れたいというのもあるからね」

「こ、こんなところに集う男に、いい男など……」


雅はなんと、男漁りにこの場所を使っているかのような発言をした。

思わず神無月は抗議をしようとするが、その様子に雅は苦笑するのみ。


女戦士ヴァルキリーに賭ける金額を知らんわけではあるまい?

それなりに稼いでる男が賭けてくるからな。

真っ当な稼ぎならば中々に有能だし、犯罪で稼いできたのであれば改めて捜査対象さ」

「いやー、思い切った囮捜査だねー」

「フフ…いくらこの闘技場が治外法権状態であっても、外に出れば立派な一国民。

ここの外で犯罪を犯しているのならば、見過ごす道理はないさ」


梨花の茶化しに、雅はさらりと答える。

堂々と囮捜査をしてると言う雅も雅だが、それを受け入れてしまうこのゲームもこのゲームである。

とりあえず、『まともじゃない』場所であるのは確かであった。

少なくとも、いち警察官で立ち向かえるものではない。


「というわけだ。

安易な気持ちでこの闇に切り込もうとするんじゃない。

ヴァルキリーゲームズに斬り込むというのは、この国の闇すべてを敵に回すことと思え。

その覚悟が無いのなら、無闇にここに乗り込まないことだ」

「あ……」


雅がポンと神無月の頭に手を乗せる。

勢いだけで挑めるほど、悪は甘くない。

覚悟が足りていないことを、やんわりと指摘するのだった。


「無論、覚悟があるのならば、また乗り込んでくるといい。

最も、今度は女戦士に揉まれる程度では済まないだろうがね」

「…………」

「まぁ、秩序云々を抜きにして、いち選手として参加したいというのなら歓迎するさ。

強くて可愛い女性というのは、何人いてもいいものだからね」

「ふぁ……!?」


そう言って、顔を近づけて神無月の顎を撫でる雅。

イケメン系女子による顎クイ、なんと絵になることか。

神無月も思わず声が出て、顔を赤らめてしまう。


「うひゃー…出たよ、"男前の雅"。

まー、アンタのおかげで、たまに観客席に女性客が来てくれるんだけどさー」


梨花がからかう。

ヴァルキリーゲームズの観客の大半は、女性の身体を求める男性である。

だが稀に、憧れの女性を求めて、女性客が訪れることもある。

雅はまさに、女性にも人気がある女戦士ヴァルキリーの典型例なのだ。


「それに、私も個人的に探している相手がいてね。

裏社会には片足突っ込んでいた方が都合がいいのだよ」


片目を押さえながら言うのが様になっている。

雅のクールな佇まいに、真樹ですらちょっと揺らいでしまう。

やはり、カッコいい女性というのは、同性から見ても憧れるものなのだろう。


「むぅ……」


雅に骨抜きにされた神無月は大人しくなっている。

完全に納得はしてないものの、今ここで騒ぐのは負け犬の遠吠えにしかならないと感じたのだろう。


とりあえず、この場の神無月は引いてくれそうだ。

真樹のリタイアの危機が去り、運営としても人気選手がいなくなる危機を乗り越えた。

これにて一件落着。






……となるほど、裏社会は甘くはない。


「さて、お話がひと段落したところで。

お楽しみの時間といきましょうか♡」

「ほぇっ!?」


カグヤがニコニコ笑顔で切り出した。

そのニコニコっぷりに、神無月が変な声を上げる。


「フフフ……そうだな。

裏社会といえど、秩序を乱そうとした者には、おしおきが必要だな」

「へ……へ……!?」


ニヤリと笑う雅警部。

さっきまでの警察官としての顔とは、また別の顔が浮かんでいた。


「ヴァルキリーゲームズでは、リングの上で倒れた者が辱めを受けるのは絶対のルールよ♡」


カグヤがニコニコと宣言する。

今回の試合の敗者である神無月へ、ペナルティがあるのだと。


「エキシビジョンマッチでは、観客が賭けに参加できないからね。

ゲームのスタッフや関係者が代わりに選手を弄ぶ役をするの。

つまり……私達、ね♡」

「はわ……はわわわ…!」


カグヤの言葉に、神無月は慌てる。

やはり悪だ、この人たちは悪だ。

そう思っても、身体に力が入らない。


逃げようとする神無月を、カグヤは優しく捕らえたのだった。


「ひゃんっ!?」

「だ~いじょうぶ、安心してよ。

正式な女戦士ヴァルキリーじゃないから、オトコには見せないから。

そのためにわざわざ、無観客試合にしたんだからね☆

けどまー、女同士なんだから、全てを曝け出しちゃってもいいよね♪」


カグヤに押さえられた神無月の元へ、梨花もまたニコニコ笑顔で近づいてくる。


「あら、素敵なもの持ってるじゃない。

さすが警察官♡」


カグヤは神無月の制服をまさぐり、懐から手錠を取り出した。

それをそのまま、カチャリと神無月の手に掛ける。

腕を頭上に拘束されたまま、リングに押し倒される神無月。


「ひゃああ、ですぅっ!?」

「ほほう、キミ、いい身体してるねぇ。

ヴァルキリーゲームズに入らないかい?」


囚われの婦警となった神無月を改めてじっくりと眺める梨花は、親父感丸出しで手をワキワキさせながら近づいてくる。


「最初に言ったでしょ?

可愛い子は狙われちゃうって。

うふふ、後戻りできないような刺激を教えちゃうわよ♡」


カグヤもニコニコ笑顔で神無月の傍に横たわり、そのまま神無月の身体に触れる。


「け、警部……助けて……」


涙ながらに訴える神無月の上に、レディスーツを纏った雅が跨った。


「今の私達は、上司と部下の間柄ではない。

処刑する側と、される側だ」


その目は、凛々しさの中にギラリとした欲望を秘めていた。

そう言ってまた顎を撫でながら、雅は宣言した。


自ら、再教育してやろう」


そう言って、警部はためらいなく巡査のスカートの中へと手を伸ばしていく。


「ひゃああああっ!?」


哀れ、無謀な婦警さんの悲鳴が会場に響くのだった。



ノリノリで神無月に襲い掛かる年上の先輩たちを見て、ぽかんとする真樹と大山。

完全にノリに取り残された新米女戦士ヴァルキリー達は、それでも彼女らから目を逸らすことはしなかった。


「はぁっ、ダメですダメです、あっ、ああああーーーーーーん!!」


びくびくと足を震わせる神無月。

嬉々として襲い掛かる雅達を見て、真樹は改めて思い知る。


このゲームにおいて、女戦士ヴァルキリーの身体を味わおうとする狼は、オスだけではないのだと。

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