悪役令嬢と俺 5

ローズ視点


 呑まれるな、私。お酒にもエイリークにも。冷静さを保って目指すゴールまでもっていく。まだ口はまわる。思考も乱れていない。のまれるな……。





 態度や表情にその覚悟が漏れれば彼も身構えてしまう。懐かしいビールを楽しみつつお話している、そういう風を装って




 「んで、その金髪縦ロールのローズちゃんは、何でこんなところで弟君に見捨てられて置いてけぼりを食らっていたんだい。あのイケメン金髪君は嬢ちゃんの弟なんだろう?そんなことを言っていたしな。」




 「私の方も色々と事情があるのよ。別に話せないわけじゃないのですけど、一度に説明するには少し事情が複雑ですのよ。」




 まず共通認識を持ってもらう為に、簡潔に説明したい。先程の私の独り言に対する反応からみて、彼がおそらく私と同じ趣味、世界の人間であることは間違いないと思う。



ただ、同じ世界とは言え、その裾野は意外と広いのよね。特に男性なのだから、乙女ゲームという単語すら知らない可能性もある。



 web小説方面に食指を伸ばしている場合は、かなりの確率で知っている可能性はあるけど……。とりあえず話してみて後は反応を確かめる事にしようかな。




 「乙女ゲームってご存知かしら?端的に言えば私はその乙女ゲームの悪役令嬢に転生して無様にもざまぁ返しに失敗したのよ。」




 彼の反応を見た瞬間、私は次の賭けにも勝ったことを悟ったわ。だって彼は急に口をつぐんでだんまりになって、黙ってお酒を飲み始めたもの。



 顔の輪郭がぼやけて、重なり、ほのかに燐光を放つ。これ、彼の精神状態を把握するのに使える。意外と便利な機能が付いてるわね、と思わず吹き出しそうになるけど懸命にこらえる。



 彼の表情が苦みを帯びたものになって、少しだけペースが上がる。既に残り少なくなっていたビールを飲み切って次の新しい缶を開けた後軽くため息をついて、考えながらビールを口にしている。





 乙女ゲームと聞いてこの反応。どこが地雷ポイントだったのか、考えてみるけど、ちょっと掴みそこなっている。襲撃時に私のドレス姿をみて、弟の恰好と兵士に命令してい所を見ているのだから、私が貴族の令嬢であることは彼も気が付いていたはず。



 当然、貴族の令嬢のごたごたに首を突っ込んだのだから権力者とのトラブルは最初から想定しているはず。今更、高位貴族の厄介ごとに首を突っ込むことに対する忌避感はないと思っていたのだけど。



 どうやら当てが外れたとみたほうが良さそうね。





 ただ、彼ほどの理不尽な力があるのであれば、権力者とのトラブルなんかどうという事はないはず。ただ面倒だなぁと感じている程度ならまだ挽回できる。



 彼の理不尽な暴力は、この世界ではワイルドカードとして成り立つ。利用できるものは可能な限り味方につけて利用しないと、貴族であろうともこの世界では生き残れない。権力争いや後継者争い、派閥の中での生き残り。むしろ権力者であればあるほど、少しの油断で屍を晒すことになりかねない。



 ただ、今の時点ではできるだけ、利用しようとしている事を悟らせない。既に感づいているだろうから嫌な顔をしているのだろうけど。



 今回はあんまり間を開けずに畳み込む。




 「私が前世の記憶を思い出したのは4歳の頃よ。この世界が私のやりこんでいた乙女ゲームの世界だってことは直ぐに気が付いたわ。ゲームの名前は「あなただけに抱かれたい」って18禁のゲームよ。」




 最後の18禁ゲームってところでぴくっと反応して僅かに顔が燐光を発していた。顔が重なるほどではなかったけど。



 ……やっぱり根は正直な男なのね。少しだけあの人に似ているかも。なんとなく嬉しくなって、でも少しだけ気を引き締めて説明を続ける。





 この世界が乙女ゲームの世界だと気が付いたきっかけのさわりの部分から始まって、この世界における悪役令嬢の運命を順に説明していく。婚約者に殺されるか修道院に送られる。もしくは犯罪者として処刑されるか、田舎の変態親父の玩具にされる運命。



 それぞれのエンディングに至る条件を幾つか説明していたら、ヒロインの攻略が失敗したのかと問われて考える。



 本来のゲームのラストである卒業パーティーまではいかなかったけど、その前の時点、イレギュラーでイベントが発生してそのままバッドエンド。うん、考えようによっては攻略失敗と言えなくもないかな。




 「ヒロインは男爵令嬢で名前はマリア。ベタな名前なのはゲームではヒロインの名前を変更する事が出来たからですわね。制作陣はヒロインの名前には特にこだわってはいなかったようですね。




 最初は私も殿下の婚約者にならなければ問題は解決すると考えておりましたの。



 でも私と殿下の婚約は完全な政略結婚で私が産まれた時点で結ばれたもの。到底婚約回避などできるような状況ではありませんでしたわ。




 その次は婚約解消に話を持っていきたかったのですが、当時の国情を鑑みると公爵家と次代の王との婚約は力のある貴族を押さえつけ国を安定させる為にはどうしても必要で、個人の感情如何で解消できるようなものではありませんでした。」






 其処まで説明した辺りで、限界を……迎えたのよ。流石に喉がカラカラだったとしても2.5リットルのビールを短い時間、ハイペースで呑み切ったらそれなりに反動が来るわよね。まだまだ酔ってはいないけど、ちょっとお腹がタプタプで。




 少し席を外すことを伝えたら、彼は無言で了承して何も言わずにジャージ一式とタオルなどのアメニティー一式、それと下着を一式虚空から取り出して手渡してくれた。




 下着一式を見た瞬間、襲撃の際に少し粗相したのがばれていた事実に思わずカッとなってにらんでしまったけど、このお着換えセットを渡してくれた時、下着は見えないように真ん中に挟まっていたし、それをわざわざ開けて確認したのは私なのだから、彼の心遣いを察せなかった私が悪い。



 なんとなく理不尽に当たり散らしたくなったけど、こらえてそのまま茂みの方に小走りで向かっていく。



 考えようによってはこの一件だけでも、彼にある意味で精神的に近づき、貸と借りを同時に作る、いいきっかけになったかもしれない。




 精神的な障壁を偶然にも一つ取り払ったといっても過言じゃないはず。そうとでも考えなければ、恥ずかしすぎてやってられないわよ。





 とにかくあんまり彼の場所から離れないように、でも一定の距離を離れて手早く済ませるべきことを済ませてしまう。いただいた一式には汚れ物を入れる為の不透明のビニール袋に、暗闇で色々と用を足せるように少し強力なランタン式のLEDライトまで入っている。



 使い捨ての清拭用具一式も入っていた時点で、彼がどこまで気を使ってくれたのかがわかるが、何とも気恥ずかしいものを感じて悶えてしまう。



 これが、彼が主張している団子鼻の低身長おデブさんの外見でも、精神的にクルのだけども、おそらくその下に隠れているだろう美少年の外見でこれをやられたと考えたら少しやばいかもしれない。



 うう、私には変な性癖は無いはずなんだけどな。





 男は外見じゃない、甲斐性なのよ。この認識は高位貴族といえどもぜいたくな暮らしをしているわけではないこの世界では、貴族にとっても常識なのよ。



 それは確かに庶民よりは贅沢な暮らしを送っているけど、社交の場やパーティーなど公の時以外は、意外と質素なものなのよ。普段は無駄な出費を抑えて、見栄を張らなくちゃいけない時に惜しまず散財する。みんなそうやって外聞を保ってやっていっているわ。



 くだらない事と馬鹿にできないのよ。誰もみすぼらしい格好をして、ひもじい暮らしをしている指導者に従おうとするものはいないわ。領民を導いていこうとすれば、しっかりとした格好をして裕福な暮らしをしているようにみせ、付き従うものに従って安心だと力を誇示しなくてはいけない。




 少なくとも今はそういう時代、そういう社会である事は確かなのよ。




 日々の暮らしは質素だとしても、普段の食材の仕入れから足元を見られたりもするから、食材とかはそれなりに値の張る質の良い物を使ってはいるけどね。調味料が発達しているわけではないし、調理技術も未熟なこの世界では、高位貴族の生活よりも令和日本の平均的庶民の方が余程贅沢な生活を送っているといっても過言じゃないわね。




 食事然り、嗜好品然り、衣料品、医療、空調、身近な小道具、スマホ一つとっても、この世界では望むべくもない物ですもの。



 無駄に部屋が広かったり多かったり、沢山の使用人に囲まれてはいるけど、そんなものにそれほど価値は見いだせないわね。






 とりあえず用事を手早く済ませてそこそこの清潔さを取り戻せた私は実に高校生ぶりにジャージを着てそのなつかしさに震えていた。



 あんまり彼を待たせるわけにはいかないし、せっかくの話の腰が折れてしまったら、ここまで築いた色々な土台が無かったことになってしまう。






 さっきまでよりも幾分、軽くなった心。原因はこの一件かも知れないけど、自覚するのは気恥ずかしい。




 多分、交渉はうまくいく。ただ、この一件が終わったらさようならというのは、いただけない。まだ確信を持てるほどじゃないけど、私の本能が彼を手放してはいけないと警告を発している。



 同時に焦るなとも。



 これも確信を持てないけど、下手に踏み込むと逃げてしまうような気がする。



 タイミングを見計らって、狙いを澄まさなくては……。まずは彼の元に戻ったらビールのお代わりをねだろう。




 僅かな距離の帰り道に何だか少しだけ笑みがこぼれていた事に私は直ぐには気が付けなかった。

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