宝来文学221号 新入生歓迎号「桜東風」

奈良大学 文芸部

労働中

著:あおみどろ


よろしくお願いします。


 スーパーのバイトというのは、わりと大変だったりする。魚やお惣菜の調理は専門外だけれど、それ以外の仕事は大抵こなさなくてはならない。目に見えるレジ打ちや品出し、店内の掃除の他に品物の在庫の整理や日付の確認作業などなど。

 私がこのバイトを始めたきっかけはとくになくて、しいて言えば暇だったからだ。私はいくつか学科がある高校の、生活環境科に通っている。自分で言うのもアレだが頭が良い方ではない。だから大学に進学するつもりはなく、地元就職をするつもりだから普段からそこまで勉強に時間をかけていないし、入っている部活も週二回しかないから、暇な日が多かったのだ。同じ高校の普通科ではバイトが禁止されているらしいが、商業科ではむしろ推奨されている。私自身、暇もつぶせてお金も手に入るので、バイトは嫌いではない。むしろ楽しいすらある。

 放課後、学校の最寄り駅近くにあるバイト先のスーパーへ向かうと、夕飯を買いに来たお客さんたちで店内は賑わっていた。どのレジにも人が並んでいて、この風景を見るたびに夕方だなぁと思う。ロッカールームへ行き荷物を置いて制服に着替え、下ろしていた髪を一つに縛る。タイムカードを押して店内へ出た。

 子供連れの主婦や年配の夫婦、学校帰りの学生。様々な人がカゴを片手に商品を眺めている。私は大きな段ボール箱を台車に乗せ、人々の隙間をぬってそれを運び、商品が減った棚に品物を補充していた。今並べているのは加工冷蔵食品だ。この時間帯は夕飯の買い出しのお客さんが多いので、こういう品がよく売れるから、減りも早い。他にも子供連れが多いからかお菓子類もよく売れる。品切れにならないように常に気を配っていなければならない。

 できるだけお客さんの邪魔にならないように気をつけなから、集中して仕事をしていると、ガッシャンという大きな音がした。びっくりして思わず固まっていると、その音とともに目の端を小さな子供が走り抜けて行った。慌てて周りを確認すると、私が連れていた台車に積まれていた段ボール箱が崩れ、床に商品が散らばっていた。


「嘘でしょ……」


 ゾッとしてしまった。どうしよう、こんなこと初めてだ。多くのお客さんで混んでいる店内の床一面に商品をばらまくなんて、通行の邪魔すぎる。すでに遠巻きに見られている。更にはここを通ろうとしていたお客さんがこの惨状を見て、折り返していった。早く片付けないと迷惑になる。でも床に落ちた品はもう商品にはならないのだろうか。全部廃棄することになる? とゆうか、これ倒したのさっき走っていった子供では? 親は何をしているんだ。大人なんだからちゃんとして欲しい。今回はぶつかったのが段ボール箱だったから良かったものの、もし硬いものだったりしたら……違う、早く商品を回収しないと。

 頭の中をぐるぐるさせながらも床にしゃがみ、散らばった商品の一つである納豆パックに手を伸ばした。すると、どこからともなく伸びてきた手に納豆は拾われていった。店員のヘルプか? と思って目線を上げると、髪の毛をばっちり染めたお兄さんがいた。


「手伝います。これ、ここに入れればいいですか」

「あ、はい……」


 そう短く会話をすると、商品達はどんどん拾い上げられ、段ボール箱に入れられていく。突然のことにぼやっとしていたが、よく考えたらお客さんになんてことをさせているのだ。こんなところを店長にでも見られたらさらに大変なことになりそうだ。


「すみません、あの、大丈夫なんで」

「あー、でももう片付くんで」


 そう言って油揚げや豆腐を重ねて段ボール箱に詰めていくお兄さんを見て、自分も負けじと商品を集めだした。あっという間に床に散らばった品はなくなり、お兄さんはにっこり笑い、お疲れ様です、と言って去って行ってしまった。

 同級生のバイト仲間がいる。私よりもシフトを入れていないから会う機会はあまりないのだが、休憩時間が被ると、二人で過ごしていた。女の子で同世代だから話も合うのだ。休日の開店時間からバイトがある日、久しぶりに彼女に会った。その子とシフトがかぶるのは圧倒的に休日が多い。平日は部活が忙しいらしい。休日の朝は人が少ないので、商品確認が主な仕事になる。その子と裏で品物の数や減りを確認しながら彼女の話を聞いていた。


「そういえば、生環だったよね? 学科」

「そうだよー」

「じゃあ料理できるよね?」

「まあ、習ってる程度のものなら」


 作業しながら深く考えずにそう返すと、彼女の目がキラキラと輝き出し、私の手を商品数を入力していく機械ごと握りしめてきた。なんだろう、その目は。私の苦手なものを含んでいる気がする。


「美味しい蜂蜜レモン作りたいの! なんかオススメのレシピない?」

「は、蜂蜜レモン……?」


 蜂蜜レモンとは古のアレだろうか。漫画や小説でその単語を読むことはあっても、実際に人の口から聞くのは初めてかもしれない。


「な、なんで……?」


 そう聞くと彼女は恥ずかしそうに俯きながらこう答えた。好きな人の好物らしい、と。

 その日から、彼女とシフトが被ることがなくなった。最近会っていないな、なんて思っていたら、来月のシフト表から彼女の名前が無くなっていて、バイトを辞めたことを知った。

 別に彼女に思い入れがあったわけでも、特別に仲が良かったわけでもないのだが、なんとなく心のどこかに引っかかっていた。なんでバイトを辞めたのだろう。もう高校二年だし、受験に力を入れ始めたのかな、なんて知る由もないことを考えた。

 美味しい蜂蜜レモンのレシピを聞かれたあの日、私は分からないと答えた。この話はこれで終わりかと思いきや、その後もあの子の好きな人のことを長々と聞くはめになった。まずは顔が良いだとか、とても真面目で部活に打ち込む姿が素敵だとか、そもそも別の学校の人だとか。話を聞く限り全く接点がなくて、なんで好きになったんだと、思わず笑ってしまいそうになった。彼女は付き合いたいだとか告白を望んでいるわけではなく、応援したり、少しでも話ができたらいいのだとも語っていた。

 そう、と返すことしかできなかった。笑顔で恋にもならない憧れを話す彼女を見ていると、心臓が掴まれて収縮している感じがした。それが世に言う胸がドギドキするというヤツなら、私は何にドギドキしていたのだろう。あの子の恋話にだろうか。あんなにもしょうもない内容だったのに。

 無意識にあの子の気持ちを蔑むような考えに発展した自分の思考に、自己嫌悪が湧いた。レジを打つ手がぎこちなくなり、かくん、と手が止まってしまう。しかしまたすぐに動かし始める。嫌な思考を振り切るようにひたすらにレジを打ち、お客さんをさばいていくと、見覚えのある人がカゴを持ってきた。あの親切なお兄さんだ。お受け取りします、と言ってもくもくと商品をレジに通していく。

 お会計を済ませてお釣りを渡すと、小声で「ありがとう」と言われた。そんなに丁寧にお釣りを受け取られることは稀なので、お兄さんの印象が親切で優しいチャラい人に昇格した。気づけばさっきまでのもやっとした感情が薄まったような気がした。何かが解決したわけではないのだけれど、まあ深く考えなくてもいいや、みたいな。私は大きく呼吸をして、さっきよりもはっきりした声で「お受け取りします」と言ってレジ打ちを再開した。

 ある平日の夕方、あのお兄さんは友達らしき数人と一緒にスーパーに現れた。たまにいるマナーのなっていない学生とは違い、ギャーギャー騒がしいということはない。いつもは野菜やお肉などの食品を買っていくが、今日は友達とお菓子やジュースを買いに来たらしく、カゴには炭酸飲料、ポテトチップス、チョコレートのバライティパック等が入っていた。細々とした駄菓子の類も沢山ある。レジにカゴを持ってきたのはお兄さんではなく彼の友達らしき人だった。他の友達さんと比べると身長小さめで、集団の中では珍しく黒髪だった。

 それにしてもすごい量を買っていくな。手際よく商品を通していると少し離れた所で待っているお兄さんの友人たちが大学の課題が、という会話をしていた。まだレポートを書いていないとか、あの教授の授業が眠すぎるとか、教室が見つからなくて迷子になったとか。なるほど、あのお兄さんは大学生らしい。なんだか似合っているなと思った。高校生にしては大人っぽく、社会人にしては子供っぽい。大学生という彼の肩書に妙に納得してしまう。全体的な雰囲気からは大人な感じもするが、笑ったときの顔は幼い子供のようだ。

 お会計を済ませた後にお兄さんの友達はレジ袋を取り出しながら去って行った。そしてまた次のお客さんがレジに来るのを待っていると、目の前にカゴが置かれた。


「あれ」


 思わずそう声に出してしまった。なぜなら親切で優しいチャラいそうな人、通称あのお兄さんがカゴを持ってきたのだから。私が声を出してしまったからか、お兄さんは「ん?」と言ってこちらをまじまじと見ている。


「えっと……」


 まさかさっきお友達がまとめてレジしてましたよね? なんて聞けるわけがない。私はストーカーか。断じてそうじゃない。店員が常連のお客さんの顔を覚えるなんてよくあることだし、ただそれだけだ。


「……お受け取りします」

「あははっ、はーい」


 ものすごく恥ずかしい。笑われてしまったし、絶対に不信に思われている。早く終わらせてしまおうとカゴの中の商品を手に取る。友達とわざわざ別で会計をしに来るなんてなんだろうと思っていたが、カゴに入っていたのはお菓子だった。なにか食べたいお菓子でも買い忘れたのだろうか。一点ニ点とバーコードを読み込んでいくうちに彼がわざわざ持ってきたお菓子の共通点がなんとなく分かってきた。イチゴ味のウエハースチョコやいちごチョコがかかったクッキー、イチゴ味のクリームのチョコパイ、ストロベリーキャンディ他多数。この人、苺が好きらしい。ピンク一色でとても可愛らしいセットになっている。なんだか意外だなぁと思っていたのがお兄さんにバレてしまったのかもしれない。それか商品を見すぎたのかもしれない。もしかしたら、その両方か。お兄さんは恥ずかしそうに笑ってか らカゴを持って袋詰めの場所に移動して行った。


「……あ」


 違う、おかしく思ったわけでも、変に思ったわけでもぜんぜんない。むしろこれはギャップなのでは。そう、ギャップだ。


「…………」


 意味のない言い訳をいくらしても仕方がない。いやでもあんな顔されてしまったら、私が悪いことしたみたいではないか。実際失礼なことをしてしまったのだが。でも落ち込まなくたって。これはさすがに考え過ぎなきもするが。……また嫌な気持ちになってきた。もちろんあのお兄さんのせいではなく、自分のせいだ。


「……お受け取りしまーす」


 それでも仕事はくるから、私は意識を切り変えた。

 生活環境科の高校生が目指す大きな目標の一つとして、家庭科検定三冠王、そしてその更にうえの四冠王というものがある。三冠王は家庭科検定の被服製作、被服製作、食物調理のすべての検定の一級に合格した人、四冠王はそれに加え保育技術検定一級を合格した人のことだ。私も四冠王を目指している。検定の申込みは最近した。あとはそれに向けて準備をするだけなのだが、どうにもやる気が湧いてこなかった。検定に向けての資料やテキストも一通り用意したのだが、全然使い込まれた様子はない。新品同様とは言えないが綺麗なままだ。

 バイト先のロッカールームで被服関連のテキストを広げた。今まで誰にも言ったことはなかったが、勉強は嫌いではなかった。決して得意ではないが。前回の家庭科検定では死ぬほど勉強して実技の練習もかなりしたおかげで、なかなかの成績で合格を果たした。努力をして結果が伴うという行為が好きだった。だから勉強が得意で好きだった時期もあったのだが。

 私は周りを気にしすぎるところがあった。一度見るだけで単語を暗記していく人、発想が天才的な人。高校受験の時、私はそんな何もしなくても勉強ができた人達に囲まれたせいで、どれだけ勉強してもこの人達には追いつけないという虚無感を味わった。中学生の頃、大学のキャンパスでの生活を夢見ていた私は、気づけば就職を目指すようになっていた。バイトをしてみて、働くというのは私に似合っている気がした。勉強よりも学ぶことが多かったとすら思える。

 テキストを閉じて持っていたシャーペンを胸ポケットにしまい、タイムカードを押した。

 商品を並べていると女の子に話しかけられた。振り向くといつかバイトを辞めていった彼女が来ていた。


「やっほ、久しぶり〜」

「おー、買い物?」


 久々に会えてうれしい、という表情を貼り付けて彼女に挨拶をする。元同僚は買い物をしに来たのだと言う。バイト先に選ぶくらいだから、学校からも家からも遠くはないのだろう。彼女の持っているカゴの中にはいくつかのレモンが入っていた。貼ってあるシールからそれがそこそこの値段がする国産の物だということが分かる。小さいながらも鮮やかな黄色で存在感を示すそれを見て、あぁそう言えばこの子との最後の会話がレモンのことであったことを思い出し、あのか恋話がよみがえった。どうやら好きな人へのアピールはまだ続いているらしい。


「あ、これ? あの人にあげるの作るんだ〜」

「蜂蜜レモンって、特別な作り方とかあるの? どうやったら美味しくなるんだろうね」


 実はあの後、学校の調理の先生になにか作り方にコツがあるのかと聞いたりした。ただ蜂蜜につけるだけの、料理とも言えないアレに、手を加える余地があるのか気になったのだ。


「んふふ、コツはね、相手の好みに合わせることだよ」


 意外にも彼女が言った作り方のコツは、先生が言っていたことと類似していた。ちゃんと好きな人のために調べたんだろうなと、思わせられる言い方だった。同性の自分から見ても可愛いと言いたくなるような可憐な笑顔だった。


「甘いのが好きな人にならレモンの皮を全部むくとかして甘くするし、サッパリさせようとするなら蜂蜜に更にレモン果汁加えたりするの。でもあの人は甘いのよりもちょっと苦い感じの大人っぽい味の方が好きそうだから、レモンの皮を残して蜂蜜の甘さは控えめにしてるの」


 なんともクールで大人びた人が意中の相手らしい。可愛いこの子とお似合いなのでは。それにしても「相手の好みに合わせる」のが大切なのに「大人っぽい味が好きそう」なんて、全然相手に合わせてなくないか。それをもらった人は喜んでいるのだろうか。いや、きっと自分のことを思って作られた蜂蜜レモンはさぞ美味しいのだろう。


「すごいね。喜んでもらえるといいね」


 きっと彼女が恋に夢中でなくて冷静な状態ならば、私の言葉になんの感情も込められていないことに気づいていたかもしれない。


「あ、あ! やば! ねえ、あの人! なんでここに来てんの!?」


 腕を引っ張られて顔を無理やりスーパーの入口に向けられる。するとそこには見たことあるようなないような人が制服を着て歩いていた。あの印象に残りやすいチェック柄のネクタイは、ここからは少し距離のある高校の制服な気がする。眼鏡をしたその人は、こちらには見向きもせずまっすぐにお菓子コーナーへ向かって行った。


「じゃあね! 見つかりたくないから行くわ!」


 彼女はバタバタとレジの列に並んだ。


 どうやらあの眼鏡の人が、思い人らしい。生活圏内が同じなら偶然合うことはよくあることだが、元同僚が言うに、眼鏡の男の子がここらへんに出没することはあまりないのだろう。気まぐれで少し離れたスーパーに来てみたかったのかな。


 元同僚に別のバイトでもし始めたのか尋ねようと思ったが、結局聞けなかった。彼女がスーパーから出ていった後の行き先を目で追うと、近くにある予備校の入っているビルの中へ消えていったので、本人に聞かなくても理由は察することができた。しかし彼女の様子を見ると、恐らくまだ受験に集中しきれていないような気がする。


 もう余計な勘ぐりはよそうと思っているのに、気持ちに反して頭が勝手に考えてしまう。私は自分で思っていたよりも、元同僚のことが好きだったのかもしれない。友達になりたかったのかもしれない。私達は友達がするようなことは一通り済ませているように思える。けれども友達ではないのだ。私達はただの仕事仲間だったし、これからもそれ以上の存在として彼女に思われることもない。あの子はそこら辺に関しては、私よりもよっぽどシビアだ。ここに眼鏡の男の子が来ると知った彼女は、もうこのスーパーにはやって来ないだろう。それを決めるのは元同僚だが、これが最後の別れになるとあの子は分かって去っていたはずだ。


 商品陳列を終え、空になった段ボールを運んでいるとカラン、と物を落とす音がした。何か落としたのかと周りをキョロキョロとするが何も見当たらない。気のせいかと思いまた前に進もうとしたとき、目の前にシャーペンを差し出された。


「おわぁ」


 眼鏡の男の子だった。眼鏡の男の子がシャーペンを私が落としたシャーペンを拾ってくれたらしい。


「あ、ありがとうございます……」


 お礼を言って受け取ろうとしたのだが、私の両手は段ボールで塞がっており、受け取ることができなかった。慌てて段ボールを床に置き、両手を使えるようにしてから、丁寧に眼鏡の男の子から落とし物を受け取った。なんだかあの子の思い人だと思うと、気が引けてしまったのだ。ちなみにこの間、眼鏡の男の子はずっと無表情で黙ったままだった。なるほど、私には無愛想にしか思えないが、見る人によってはクールなのかもしれない。目を合わせるのが辛くて、眼鏡の男の子の持っているカゴに視線をやる。そこにはイチゴ味のウエハースチョコやいちごチョコがかかったクッキー、イチゴ味のクリームのチョコパイ、ストロベリーキャンディなどなど。ピンク一色に染まっていた。もと同僚へ、この子、絶対に大人っぽい味好きじゃないよ。多分子供舌。眼鏡の男の子もいちご味が好きらしい。そういえば休憩時間がある度に、店のお菓子を違う味で買って、二人でシェアしながら食べていた。元同僚はよくいちご味を買っていた。なんだか懐かしい気持ちになる。



「あ」

「……?」

「いえ、あの、ありがとうございました」


 本日二度目のお礼を改めて言って、仕事に戻る。裏方で段ボールを積み上げて片付けてしまうと、ずっとシャーペンを握ったままであったことに気づいた。シャーペンには私体温が移っており、温まっていた。手のひらはじんわりと汗もかき始め、シャーペンにもその汗がついていた。

 気づいてしまった。心臓がドキドキする。どこかで見たことがある気がしてたのだ。大量のイチゴ菓子セットと眼鏡の男の子。お兄さんが似たようなラインナップで買っていたではないか。そして髪型が違うし、制服を着ているし、なによりも雰囲気が全く違うから分からなかったが、以前お兄さんが友達と来店したときにいた大学生の一人ではないか。大量のお菓子をレジに持ってきていたはずだ。大学生の集団ではなかったのか。眼鏡の男の子、高校生だよね。もしかして裏では不良とかやってる人なのでは。元同僚は大丈夫なのだろうか。ちなみにイチゴ好きはどっちの趣味だ。

 誰もいないのをいいことに、私は大きくため息をついた。胸に手を当てると、分かりやすいくらいに上下している。

 子供が周囲から大人だと認められるのは大変なことだ。そして大人は何をしても子供にはなれない。そう思っていた。私は大人が好きではないが、早く大人になりたかった。大人になることが悲しくて寂しいのに、子供でいることが恥ずかしかったのだ。ずっと崩せなかったくだらないプライドが、崩れていく音がした。なんにも変わらない。なんだかばかばかしい。体は緊張したままなのに、心の中は気楽になった。よしよし、なんだか家に帰ったら家庭科検定の勉強が捗る気がする。

 私はシャーペンをぎゅっと握りしめた。今度は絶対に落とさないようにと、ロッカールームに行って自分の荷物から筆箱を取り出し、その一番下にシャーペンを入れた。


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