(脱)非モテコミット

城西腐

第1話 眠れぬ夜の通話から

 海沿いを走るJRの駅を降りて、海を渡った所に特殊な専門学科があるが故に他県からも寮住まいを承知で受験生が殺到する、無駄に倍率の高い国立の高校があった。

 今になって考えれば、若い頃からそんなニッチな分野に長けてどうするんだと浅はかな感は否めないし取るに足らない。就職先が良いと評判も高かったが、実際のところ1部を除いては大した職にもついていない。田舎の小さな街の評判の程度なんてたかだか知れている。


 高校の退学処分を受けてから2年目に入ろうとしている。

 この春、同級生達は有名大学へ進学したり地元の優良企業へと就職していったが、もうここ1年程の僕はバイトがない日は夕方までパジャマ姿で家をゴロゴロした日々を送っている。

 家計のために汗水垂らしながら仕事を終えて帰宅する母親に、パジャマ姿のまま投げかけるのは「おかえり」だとか「お疲れ様」といった労いの言葉ではなく、「今日の夕飯何?」、「またかよ」といったお決まりの舐めたセリフだったりするのだが、流石にこのままの生活を送っていると社会から見放されそうで、僕自身も気が気ではない。

 だがここ数年は何をやってもやることなすことがどれも上手くいかないし、手を出すもの全てにおいて何も手応えが得られない、そんな負のスパイラルに陥っている。18歳そこらでこんな状態で大丈夫だろうかと、この先の人生が不安で仕方がない。


 恋愛に関しては、他校からも可愛いと評判が湧くような彼女が中学でも、また在学中は高校でもいつも連なって傍にいたし、これだけはいつも上手くやっていた。

 退学処分を食らって今のような孤立した生活環境に身を置いてからも、校内で上級生と並んでも才色兼備の同じクラスだった文香と密会を重ね、交際寸前のところまで来ていたのがこの春までのホットトピックの1つだ。


 文香達のグループは、僕が退学処分を食らうのその前の年に留年を告げられた時も、1つ下の学年ともう1度同じ授業を受ける羽目になった僕に変わらず接してくれた。

 キャピキャピと甲高い声で騒ぎ、短いスカートの中をチラつかせながら夏場は汗で張り付くブラウスに透けブラ。

 入学当初から文香を中心に目立ちまくるこのグループは皆お洒落で可愛いらしく、上級生の彼氏を作っては各々に学園生活を謳歌しており、僕も横目に気もなく過ごしていたが意識が向かないはずが無い。

 こちらも他校に彼女がいようが、やはり同じ生活圏の異性は毎日会うためか興味の対象としては特別な存在だった。


 ニートのような暮らしがスタートした昨年、18歳の誕生日を迎えると早々に車の免許を取得した。同学年でいち早く車を乗り回せるようになると異性と交友関係を築くにしてもハードルが異様な程に下がる。

 地元のツレを高校に迎えに行っては、そのクラスの女子達も連ねてよくカラオケで遊んだし、個別に2人きりでドライブも出来た。連絡先を交換する機会そのものがうんと増えた。

 そうした生活を送りながら平日の2日は夕方から夜間、土日は朝から晩まで丸々1日飲食店の揚げ場でバイトという間の抜けた毎日を送っている。


 そろそろそんな退屈な日常にも飽きて来た頃のとある土曜日の夜。

 バイトから帰り寝支度を終えて、部屋のコタツで友人達数名とメールで個別に連絡を取り合っていたのだが、この日は珍しく文香もその相手の中の1人だった。

 特段意識することも無く皆とやり取りを続けながら夜も更けていく。次第に誰からともなく返信の間隔も広がっていき、各々のタイミングで寝入っていくのが手に取るように窺える。

 僕も翌朝からのバイトに備え床に着こうかとも思ったが、不思議とまだそれほどの睡魔が押し寄せて来ているわけでもない。

 このまま暫くは起きているヤツらとメールでもしていよう、そう思いながら二つ折りのiモード端末を握ったままコタツで雑誌のページを捲っていた。1人、2人と返信を寄こす者が減っていく中で、依然文香からの返信は続く。

 何てこともない当たり障りのない高校生同士の男女のやり取りであるが、文香を相手に気持ちほどテンションが上がって来てもいる。


「文香さんいつもこれくらいまで起きてるの?」

「今日バイトが夕方に終わって少し寝ちゃってたから眠れないのー」

「そうなんだ。どうせなら電話イケる?」

「良いよ、どうせまだ眠れそうにないしー(笑)」


 その返事に条件反射的にiモード端末から文香の携帯にコールする。

「もしもーし。ってかウケるんだけど(笑)」

「久々だね、文香さんと直接話すの。秋の学祭以来だっけ?」

「忘れたー。元気してる?ってか城西くん生きてるの?皆いつも噂してるよ(笑)」

「めちゃ元気に生きてるっちゅーの。同じクラスだった皆に話題にされてるのは嬉しいな。オレも皆とずっと同じクラスでいたかったなぁ」

「ダブるからでしょ(笑)」

「まぁ翌年更にダブったけどね。似合うでしょ(笑)」

「結局何で辞めたんだっけ?消化器撒いたりしてたよね、あれ?誰かぶん殴っちゃったんだっけ?(笑)」

「直接的な要因は何かの非常勤講師をテスト期間中に殴ってしまって、そのまま無期停食らって1回分のテストを丸々受けられなかったんだよね」

「あぁぁあああ、思い出した!その日の午後私達もそのセンセの授業入ってて、胸のポケットがペロって捲れてヒラヒラしてたの。皆で『城西くんナイス!』って言ってたよ。超嫌われてたじゃんあのヒト」

「あの後オレが世間に見放されてどれだけ心細い思いをしたか皆絶対知らないよね」

「ってか殴るからでしょ。ってか無期停って何日なの?(笑)」

「確か3週間とか1ヶ月位だったかな?」

「長っげー(笑)」

「不思議とそこには不安は無かったけど、あれオレが悪いのかな?怒らせたのオレだけど大人気も無くガチギレして襲いかかって来たから応戦しただけなんだけどな」

「程度にもよるでしょ。 ってかさ、城西くん今年の学祭来てた時超ハードなツイストかけてたじゃん?」

「髪?良く覚えてくれているね、高校生らしいアタマ!あれスタイリングしてないとガチなアフロだから面倒臭くなって1ヶ月で戻しちゃった。あのアタマがどうしたの?」

「私も今ロングで結構強目にツイストかけてるんだけど、部屋に落ちてる毛拾うと縮れ毛でへんな毛みたいなの(笑)」

「何の話だよ。女子のクセに」

「ごめーん(笑)」

「ってか寝ないの?」

「眠れない!何か話してたら更に目が冴えて来ちゃった(笑)」

「じゃぁオレが責任を持って今度何処かドライブにでも連れて行くよ(笑)」

「ホント?来てくれるの?」

「え、今?」

「いつの話?今じゃないの?」

「後日のつもりだったけど、行って良いなら全然行けるよ」

「スッピンで良ければー(笑)」

「入学した頃ってそんな化粧とかしてなかったでしょ?水泳の授業とか一緒に受けてたじゃん」

「確かにー(笑) 」

「文香さんオレの股間のもっこり具合いをチェックするって潜って来たりしてたよね(笑)」

「改めて言われると恥ずかしいからヤメて(笑)」

「丸出しにしとけば良かった」

「マジやめろ(笑)  で、何分後に来れるの?」

「30分後かな」

「了解!大体場所分かるよね?」

「大体ね。バイト先が橋渡った所の交差点のコンビニだって誰かが言ってた!」

「ダレだ言ったの。じゃぁその辺りまで来たら電話して。超近いからそこからナビる!」

「超近いならそこに居なよ(笑)」

「一応女子だし夜中にバイト先で待ち合わせとか嫌じゃん」

「確かに。取り敢えず支度して出る!」

「うん、待ってるー」


 僕達が1年程共に学業に励んだそのクラスは学年で最も偏差値の高い学科であったが、文香は常にお洒落をするためにバイトに励んでいる印象で、勉強熱心なイメージは皆無ながらも成績は入学してからずっと断トツのトップだった。

 一方の僕は入学後は燃え尽き症候群さながらにまともに勉強など一切せずに毎回ビリから2番目。もっともそのビリも授業に出ずにずっと寮で寝ているヤツがいたからであった。それにしても寮生活上等で県の真逆の市から入学して来ておいて、通学もせずにずっと寮で寝ているとは余程実家の居心地が悪かったのだろうか。なのでそいつのお陰でビリから2番目であっただけで、それを抜きに考えたらビリは事実上僕だった。


 退学する際の面談で「入学した時の成績は上から10番以内にはいたのに本当に勿体無い」と言われ、そんなことはもう少し早く言ってくれよと思ったがあとの祭りだった。実際に周りの全員が自分よりも賢く見えてそもそも勝負しようという気にすらなっていなかったし、先にそうでないと知っていれば案外自分の可能性みたいなものを何か見いだせたのかも知れない。


 深夜の真冬の冷え込みを跳ね返す位にテンションが爆上がりの僕は、ジャージにダウンを羽織り親の車のエンジンを掛けた。

 信号や交通量を考慮すると昼間だったら30分といった距離のはずが、深夜は交通量も少なく更に信号に1度も引っ掛からずに済んだこともあり、20分もかからず文香のバイト先のコンビニに辿り着いた。

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