第636話 強襲

 空からアブドゥヌイを強襲する。

ベロレスク陥落の報告は、まだアブドゥヌイまで届いていないはずだった。

この世界の通信事情だと、魔物の鳥を使役した鳥便が最速で、次が速度の出る走鳥便、次にスタミナがある走竜便になるだろうか。(俺の眷属による通信手段を除く)

前者は鳥便、後者は総称として馬便と呼ばれる。

元々は馬により運ばれていたものが、騎乗する動物が馬から魔物に代わり今に至るため、元のままの馬便と呼ばれる。

鳥便は途中で行方不明になる可能性があるが、馬便は確実性は高いが遅い。

なので、確実性を求めるならば、どちらか一方というよりも同じ手紙を複数の方法で送るのが常識だった。


 その鳥便も馬便もアブドゥヌイまでは届かないタイミングで、アブドゥヌイを叩いてしまおうというわけだ。

鳥便よりも速い移動手段あってのことだ。

尤も、竜騎士のように飛竜に騎乗出来る稀有な存在がいれば、ベロレスク陥落が伝わるのは時間の問題だ。

俺たちが早いか、竜騎士が早いかというところだ。

だが、竜騎士の存在は本当に稀で、俺たちがベロレスクを攻略した時点で竜騎士が居て、とり逃がすこともなかった。

まあ、逃げていたとしても赤龍レッドドラゴンか、緑龍グリーンドラゴンが撃墜していたはずだ。


 ◇


 眼下にアブドゥヌイの街が見えてきた。

アブドゥヌイの街は北にある山脈の裾野に作られており、山脈にある鉱山から産出した鉱物の原石を、街に運び込むための道も整備されている。

街には大きな煙突が複数屹立しており、そこで鉱物を精製している様子も見て取れた。

街から原石を運び出すよりも、精製した金属を運んだ方が効率が良いということだな。


 また小さな工房も多数あるようで、そこからも小さな煙突が立ち、常に煙が出ている。

どうやら鍛冶も盛んなようだ。


「工業都市という感じか」


 俺は街の様子をじっくり監察していた。

どこが銃工場か思案していたからだ。

規模が大きすぎて、特定が難しかった。


カン カン カン カン カン


 突然半鐘の音が鳴り響いた。


「見つかった?」


 俺は火竜纏で背中から翼を生やして飛んでいる。

その姿は人と同じ大きさなので目撃されにくい。

なぜ見つかったのかと思いつつ、その原因を直ぐに理解した。


「あっ……」


 俺に付き随う様に、赤龍レッドドラゴンが飛んでいた。

当たり前だが、随伴している赤龍レッドドラゴンの巨体は誰の目にも目立っていた。

まるで、某番組で逃げている出演者の後ろをカメラスタッフがついて行くために居場所がバレてしまうようなものだった。

あの番組は追跡者のルールで見えなかったことになるらしいけど、それが守られなかった回が結構あった。

子供が追跡者だった時は酷かったな。


 閑話休題。話が脱線した。

俺の所在、というかアブドゥヌイ強襲は、赤龍レッドドラゴンのおかげで露見し、奇襲の機会を失ってしまった。

半鐘の音は、空襲警報みたいなものだった。


 よくよく見ると、街を囲う城壁の四角よすみに魔導砲が設置されていた。

魔導砲は旋回銃座に設置されていて、それが赤龍レッドドラゴンに向けられようとしていた。


「レッド、気を付けろ!

魔導砲がある!

避けつつブレスで潰せ!」


 おそらく、旋回銃座も魔導砲も、アブドゥヌイが生産地なのだ。

ここを叩けば、現代兵器やその派生魔導兵器はもう作れない。


 魔導砲が照準を付ける前に、赤龍レッドドラゴンのブレスが直撃する。

人力で旋回させるため、時間がかかったからだ。

それが4発続くと、魔導砲は撃つ前に沈黙した。

赤龍レッドドラゴンにかかれば、魔導砲も簡単に始末出来てしまった。

さて、この街をどうするか……。


「家族のため、この世界の未来のため、やるしかないな」


 未来に大量殺傷兵器は残したくない。

今の犠牲は、未来の犠牲を無くすため。

そう言い聞かせて、俺は非情になることを選んだ。


「【眷属召喚】モドキン! 街の制圧を準備せよ」


 アブドゥヌイの街、中央広場にモドキンが降り立つ。

そして、毒を吐く準備として喉を膨らませた。


 俺は拡声魔法を使って街全体に声を届けた。


「今から毒を撒く。

死にたくない奴は、何も持たずに身一つで逃げろ。

30分待つ」


 これは俺の自己満足なのだろう。

逃げる機会は与えたという。

だが、街の者たちは逃げることなく、徹底抗戦を選んだ。

作りたてなのだろう銃がモドキンに撃ち込まれる。


「抵抗はするな。

抵抗するならば、即時攻撃に移る」


 一応こちらは休戦のうえ、逃走を許したつもりだった。

だが、教国のこの街の民は、そうは思わなかったようだ。


「黙れ! 魔王が!

我らは女神の信徒だ!

魔王の要求には屈しない!」


 俺の説得は無駄だった。


「モドキン、制圧開始」


 30分の時を待たずに攻撃が開始された。

モドキンの毒が城壁の内部に充満していく。

城壁外部のスラムなどからは、まだ人は逃げられるだろう。


 今日、1つの街がモドキンの毒により全滅した。

その生産される武器が殺す人々を救うために。

アブドゥヌイの生き残りがいれば、間違いなく俺を魔王と呼び、悪評を流すだろう。

俺は、暗黒面に落ちて破壊の限りを尽くす魔王にはならなくなった。

だけど、自らの意志で破壊の限りを尽くす。


「いったい、何を以って魔王なんだろうな」


 善悪だって立場の違いで簡単に逆転する。

真の魔王にならなくても、心は荒んで行く。


「もしも、戦う相手を全て滅ぼしたならば、平和は訪れるのかね」


 それって恐怖政治なのかな?

もし、俺が全てを放り出したならば、平和は続くのだろうか?

いや、きっとその後は群雄割拠の戦国時代になってしまうのかな。

俺の周りの幸せだけを考えたいのにな。

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