第611話 リュウヤの決意

「俺がやる」


 この状況の対応に俺が苦慮していると、リュウヤが決意の籠った目で立ち上がり、そう言った。


 え? リュウヤの力ならば、領民たちなんか烏合の衆に過ぎないだろうけど、さすがに皆殺しはまずいだろ。

俺は必死にリュウヤを止めようとして、はたと動きを止めた。

リュウヤの手にした得物を目にしたからだ。


「そ、それは!」


 それはリュウヤの得物――鋼のこん棒金属バットではなく、地球で言うハリセンだった。

それで叩くと大きな音が鳴るが、音に比してダメージは少ない。

周囲が感じる威力と現実の威力に差がある、究極の手加減武器だった。

だが……。


「いや、それでもリュウヤの力ならば、打撲や骨折はするぞ?」


「ああ、だが死なない。

死ななければ、麗が真の聖女の力で回復できる。

麗には、そのために来てもらった」


 リュウヤが温泉拠点まで連絡してきた手段はキバシさん通信だ。

この世界でたった1つのリアルタイム通信となる。

俺は同級生の領地や王城と温泉拠点の間にキバシさん通信を確立していた。

イメージ的には固定電話だな。


 問題は遠出中の俺が常時使用出来ないこと。

疑似転移に眷属を同行することは出来ない。

疑似転移した後で、どうしても連絡が取りたければ、キバシさんを召喚すれば良いだけだが、その後キバシさんをクールタイム分放置せざるを得ない。

つまりこれは、俺も行動を制限されるため、本当の緊急時にしかキバシさんを呼べないことを意味していた。

キバシさんだけをその場に放置して移動するわけにもいかないからね。

能力特化で戦闘力皆無の眷属だから。


 そうなると、俺からは任意で連絡できるけれども、相手側の緊急通信は外出中の俺には届かなくなる。

携帯電話として使用することは、まだ出来ないのだ。


 そのため、麗たちは独自判断でリュウヤに協力したというわけだ。


「なるほど、それでか」


 なにもリュウヤ側の負傷している兵や友好的な領民の治療のためだけに、麗たちが呼ばれたのでは無かったということだった。


「作戦としては、教国に唆された民たちを、俺が死なない程度にはたき倒す。

なるべく意識を残すから、真の聖女は麗だとアピールしたうえで治療してやってくれ」


 制圧と懐柔、そして教国側こそが偽聖女だとアピールするわけだな。


「奴らの手先は殺す」


 リュウヤの左手には手甲が装備されていた。

ガントレットというやつだ。

それで殴れば殺傷力充分という、徒手空拳装備だ。

民たちを扇動するために、教国は一定人数の宣教師を民の間に潜ませている。

リュウヤはそいつらには手加減するつもりはないようだ。


「俺も参加しようか?」


「いや、ここは俺の領地だ。

このようなことが二度とないように、俺がケジメをつける」


 リュウヤの強い決意に思わず俺も引いてしまう。

まるでヤンキー時代の粗暴さが蘇ったようだ。


 だが、リュウヤの表情が緩む。


「今日だけだ。

今日だけは鬼になる」


 そこには、この世界に来て見せるようになった、リュウヤの優しい顔が戻っていた。

リュウヤの本質はこっちなのだろう。

元世界での社会的歪のようなものがリュウヤを苛立たせていたのかもしれない。


「そうか。油断はするなよ」


 もしもリュウヤが危なくなったら、例え彼に怒られても手を貸そう。


「麗とさちぽよを呼んでくれ。

作戦開始は1時間後とする」


 勇者リュウヤの戦いが始まろうとしていた。

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