第41話 犠牲者

Side:灰色狼


 灰色狼――転校生命名グレーウルフ――と呼ばれている魔物は、走り出した人間の後をついうっかり追いかけてしまっていた。

それは本能によるものであり、逃げるから追うという条件反射的な行動だった。


『あの程度の人間を狩って身を危険に晒すより、ゴブリンの新鮮な死骸が大量にあったのに!』


 冷静になればなるほど、灰色狼は自分の行動がバカらしくなっていた。

しかも相手は身体強化をかけており、太っているくせにやたら足が速かった。


『ん? 散り散りに逃げた人間どもが集まって来ている?』


 周囲の気配を読んだ灰色狼は、一網打尽にするチャンスだと思った。

そうであれば、追いかけてきた甲斐があったというものだ。

効率よく数を狩れるのならば、それはそれで良かったといえた。


『ワオー『ギン』!』


 灰色狼が群の仲間に襲撃の合図を出そうとしたとき、人間が逃げる先から異様なパワーの威圧を感じた。

それは死を齎す威圧、所謂殺気というものだった。


『バカな、これは竜種の殺気! 関わったら死ぬ!』


 彼がこの殺気に出会うのは二度目だった。

一度目は彼らの群が四腕熊よつうでぐまと遭遇戦となり、命からがら逃げ出した時のことだった。

その四腕熊よつうでぐまの気配が消えた時、この殺気を感じた。

つまり、この殺気の主は四腕熊よつうでぐまを倒しているということだ。

この殺気の主は、あの凶悪な四腕熊よつうでぐまよりも危険な存在なのだ。

灰色狼は一瞬にして尻尾を股の下に挟み込み怯えて後退っていた。

この先に進めば死ぬ。その思いで必死に来た道を引き返した。

それは群の仲間も同様だった。



 ◇



Side:拠点組


「ノブちん!」


 命からがら逃げていたノブちんたちが拠点に帰って来たのは翌日の朝の事だった。


「心配してたんだよ? 何があったの!?」


「心配かけてごめん。

魔物を拠点にトレインするわけにはいかないから、朝まで様子を見ていたんだ」


 ノブちんたちは委員長の【統率】の強制力で、自分の意志を奪われて逃げだしたのだという。

つまりまた委員長がやらかしたのだ。


 ノブちんたちは身体強化で必死に走りつつ、このままじゃ拠点にウルフ系魔物を連れて帰ってしまうと思いつつも、強制力から逃れられなかったらしい。

委員長に操られながらも拠点を心配するとはノブちんも人が出来ている。


 急にそのウルフ系魔物が引き返していき、強制力が解除されたため、仲間と合流し朝まで様子を見ていたのだという。

それってラキのおかげだよな?

拠点に魔物が近づかないようにと、ある程度の威圧を放出してもらっているからな。


「あれ? 委員長は?」


 バスケ部女子が気付いた。

このメンバーの中に委員長だけが居ないことに。


「委員長は逆方向に逃げた」


「まさか! 委員長はノブちんたちを囮にしたの!?」


 バスケ部女子が嫌な予感を指摘する。

いや、それ事実っぽいけど言っちゃだめなやつ。


「いや、委員長が何かやったから、僕らじゃなく委員長の方に魔物は行ったんだと思う」


「でも、いくら待っても委員長は戻ってこなかったんだ……」


 ノブちんたちの中では委員長の失策が元だったとはいえ、委員長は英雄的な行動で自らを犠牲にして自分たちを守ったという認識だった。

そこはラキの威圧で拠点に近づけないだけだったのだが……。

それで引き返したグレーウルフにまさか委員長は……逃げた先が悪かったということか。


「そう。残念だったわね」


 同級生全員が委員長は犠牲になったと確信したようだ。

俺たちは、この異世界でついに犠牲者を出してしまったのだ。


 今回の遠征も本来安全を考えれば大人数で行動するべきだった。

俺はどうして2チームに分かれるなどという選択をしてしまったのだろうか。

まさか、あそこでも委員長の【統率】でコントロールされてしまっていたのだろうか?

高レベルの俺には【統率】の支配は及ばないはずだった。

もしかして、その【統率】の結果が俺の深層心理の望む方向だったのでかかってしまったのだろうか?

悔やんでも悔やみきれない結果となってしまった。



 ◇



Side:委員長


「無事か!」


 僕は一晩中走って逃げていた。

やっと安全だと思って木陰で休んでいると、そこに馬に乗った騎士がやって来た。

どうやら、僕ら同級生を捜索していた王家の捜索隊らしい。

しかし、僕は、彼ら同級生を犠牲にしてしまった……。


「はい、でも……」


 自分のせいで犠牲になったなんて言えない。


「まさか他の者たちは……」


 騎士が沈痛の面持ちで訊ねる。


「おそらく灰色の狼に……」


 あのままじゃトレインとなって拠点も巻き込んでしまっているだろう……。


「そうか……全滅か……」


「はい」


 僕は騎士の質問に頷きを返していた。

僕の中では同級生たちの犠牲は確信となっていたのだ。

こうして僕は最後の召喚者として王都へ向かうことになったのだ。

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