第22話 遭遇

 4チーム目の見張りは俺たちのチームだ。

ゴブリンの襲撃で全員がたたき起こされた後なので、寝られなかった同級生は徹夜で見張りに参加していた。

俺もわずかな仮眠しかとれていない。


「僕たちが一番割り食ってるよね?」


 栄ちゃんの愚痴にメガネ女子と三つ編み女子も消極的な同意を示す。

たぶん、表立って口にしたくないけど、思っていることは同じという感じだろうか。

確かに、この騒動の結果、一番睡眠時間を削られたのは俺たちのチームかもしれない。

だが、今夜は全員が睡眠不足なのだ。

昼間にでも睡眠時間をもらえば、それは解消できることだろう。

どうせバレー部女子が動けないので、ここには数日滞在することになるのだ。


 俺たちは岩だなの狭くなった入口に陣取って外を警戒している。

目の前には焚火があるため、野生動物ならば警戒して近づいて来ないだろう。

焚火は閉鎖空間である岩だなの酸素を消費しないように、入り口外に設置してあった。

おそらく誰かが一酸化炭素中毒の怖さを知っていて、一酸化炭素が出ても換気されるように配置したのだろう。



 3チーム目までは、持ち込んだ薪で維持されていた焚火だが、どうやら薪が足りないようだった。

多少辺りが白み始めたようなので、俺は薪拾いをしに外に出ることにした。


「焚火が心もとないから、薪を拾って来る」


「1人で大丈夫ですか?」


「あまり、遠くまで行くことも無いから問題ないだろ」


「そうですね、気を付けてくださいね」


 俺と話す機会が多くなったメガネ女子が心配してくれた。

やっと俺もこのクラスに馴染めてきたのかもしれない。

そんな些細なことでも、俺は浮かれていたのだろうか、俺は思ってもいなかった危機に陥ってしまった。


 ◇


 うかつだった。安全地帯に退避出来たと気が抜けていたのだろうか。

薪を両手いっぱいに拾って帰ろうとした時、それが目の前に居た。

黒くて大きなあの獣だ。背中を向けているが、こちらに気付くのは時間の問題だろう。


 あの岩だなは、獣臭がしなかったので、こいつの巣ではないはずだ。

では、どうしてここに? あの肉が呼び寄せたのか?


 そんな思考を巡らせて、そっと薪を足元に置こうとしたとき、熊はゆっくりとこちらに振り返った。


「!」


 そいつは獣ではなかった。なぜならば、太くて強靭な腕が4本あったからだ。

この世界での呼び名はわからないが、ラノベやゲームで四腕熊よつうでぐまと呼ばれる魔物だろう。


 獣の熊であれば今やレベル5の俺ならば倒せない相手ではなかっただろう。

しかし、相手が魔物となると明らかに格上であり、戦いを回避するべき相手だった。


 だが、何処に逃げる?

あの岩だなに向かえば同級生たちを巻き込む。

そもそも熊は背を見せると追いかけて来る性質があるという。

熊系の魔物である四腕熊よつうでぐまも、おそらく大差ない性質を持っているだろう。

俺は先のことは一先ず保留にして、その場に薪を置いて腰を上げると、ゆっくりと後退りを始めた。


 グガーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!


 四腕熊よつうでぐまが雄たけびを上げ立ち上がった。

どう見ても3m近い身長がある。

その咆哮は威嚇なのか、戦闘準備完了の合図なのか?

その目は俺にロックオンしており、どう見ても俺をターゲットとしていた。


 さすがに俺も丸腰でやって来たわけではない。

短剣を抜き、身構えた。

それが戦いの火ぶたを切る合図になったのかわからないが、四腕熊よつうでぐまは突進を始めた。

その距離10m、ほんの数秒の距離だろう。


「【ファイアボール】!」


 俺はその顔面に向けて火魔法をぶつけた。

さらに自らに【身体強化】をかける。


 グギャ!


 四腕熊よつうでぐまの視界が一瞬炎で遮られる。

俺はその隙に四腕熊よつうでぐまの進路から避けて、カウンター気味に短剣を振るう。


 しかし、その筋肉の鎧は硬く、ゴブリンが持っていた粗末な短剣などものともせず、短剣はその半ばからボッキリと折れた。

俺は反撃するための武器ですら無くしてしまったのだ。


「くっ(どうする)」


 痺れの残る手を振りながら、俺は逃走するしかないと思っていた。

しかし、岩だなに向かうのは悪手だろう。

魔物を引き連れて同級生の元に帰っても、同級生のレベルでは被害者を増やすだけだ。

なぜか俺は、あれだけ疎外感のあった同級生たちを守らなければと思っていた。


「あそこなら!」


 俺は【身体強化】で強化された脚力を使って四腕熊よつうでぐまから逃走を始めた。

ある目的地に向けて。

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