第21話

ショッピングモールから金城ふ頭まで約30分掛けて港に到着し、先に到着していたハダリーのバイクの隣に車を止める。

外に出て港の方に歩くと、少し前の方に1つだけぽつんと立っている人影が見えた。


「ハダリー!」


呼ばれて気が付いたハダリーは顔を空に向けていたらしく、こっちを見て会釈する。


「ごめんね夜遅くに我儘言って、さっきも嫌がってたのに助けられなかったし」


「我儘はまぁ変わってないんで」


「ちょっとー?」


少し機嫌が悪いのか、歩き出して早々に尖った事実が返って来る。


って呼ばれてたけど、何かよく分からなくて。ハダリーはハダリーってしか知らなかったから」


「あー、くれって名前です。帰化したんで日本に」


「呉ヰってグレイか、読み辛いね。神楽で良かったのに。理想は……」


「ベルカ様が日本に飛び出してからグレイのファミリーネームを頂きました。ハダリーはペルシア語で理想って意味らしく、これもお祖母様から頂きました」


「あの人が名前をあげるなんて、もう立派なグレイだねハダリーも。このまま当主に推されるんじゃない?」


「はぁ、もしそうでも向いてないっす」


隣を歩いていたハダリーが立ち止まり、少し遅れて気が付いて振り向く。少し俯いたまま何かを考えている様子のハダリーを待ち、心を決めたように顔を上げる。


「すみません、イギリスに帰ります」


「──どうして? 輝祈も星海もずっと居てほしいって、海兵隊? グレイ?」


「やっ、まぁ……やりたいこと見つかっただけっす」


「へぇーどんなのどんなの? 昇進とか、それとも全く違う事?」


「グレース様が帰って来いって、すみません最後まで付き添えず」


「あぁ……そっか。そっかそっか、そう。2人にも言って送迎会しないと」


「まぁそんなにすぐじゃないんで、ゆっくりで大丈夫っす。2人にもぎりぎりで良いんで」


「寂しくなるね」


いつも閉め切った鉄壁の首元を開けてドッグタグを外して、ベルカの手を取って握らせる。その場で膝をついてベルカの手を引いて胸に当てる。


「私もベルカ様と一緒に行きます、これだけでも一緒に居させてください」


突然の出来事に追いつけないまま何故か息を止めると、ハダリーの心臓の音が手を伝って体中に響く。

柄にも無いことをやってみせるハダリーが、ずっと遠くに行ってしまう気がした。


「帰って来ないみたいだよこれじゃあ」


「いつでも会えるんでそんな事無いっすよ」


「ハダリーのやりたい事ってなに、危ない事なら行かせられないよ」


「ただのグレイ家の手伝いなんで、危なさは無いっす。少しでもグレイに恩返しがしたいんで」


さらさらと流れる長くない黒い髪を左耳に掛けて立ち上がり、そろそろ帰ろうと来た道を先に歩き始める。受け取ったドッグタグを握りしめる。まだ鼓動の感覚が残った手を自分の胸に当てて追い付くために走る。

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