ホエール・ホエール
渦黎深
1
ボディから出たミシッていうヤバめの音であたしの浅い眠りは中断させられた。
「ヤッバイ音した」
「アンタが雑に扱うからでしょ。まだローンも終わってないのに」
「だったら自分で運転すりゃいいじゃん。」
「うっさい。順番じゃん」
お尻に敷かれて曲がっちゃたナインスターを一吸いして、伸びをすると体がポキポキなった。なんかロッカーっぽくてこっそりニヤついていると、サクがこちらに右手を伸ばしてきたので一本握らせる。
「で、今どの辺?」
「ふえーふうほんーゆ」
「わかんねーよ。タバコおけ」
網膜に滑り込んできたeye phoneの通知を開くとマップが表示された。まだ道のりの半分とちょっとしかきていない。
「めんどくさいなースイは。いいかげんオープン・ワイア使いなよ。いちいち送るのめんどくさいんだから」
「それだけはヤ」
サクがわざとらしくため息を漏らす。あたしがO・Wを使えないことを知ってるくせに。
O・Wはあたしが生まれる少し前から主に人間に普及し始めた、ある種の通信装置だ。これをインストールした人間どうしが近づくと、相手が考えていることがリアルタイムで頭の中に入ってくる。さっきみたいに言葉で伝えづらいイメージを瞬時に共有できるから便利なのはわかるけど、あたしはなぜかうまく使いこなせない。
まだスターチャイルドだった頃、初めてママにO・Wをつけてもらった日、あたしはウキウキで、クラスで一番髪の色が綺麗だったソーマ君に会いにいった。ソーマ君の髪は彼の母星を照らす恒星の影響で、透き通った群青色をしていた。根本の方は夜を、毛先は明け方の色を写しとったみたいで、おまけに見る角度によっては金色に輝いて見えた。あたしはソーマ君とその髪を、影からこっそり見てはいろんなことを想像した。彼の髪は夜から明け方にかけての御伽噺を綴った絵巻物だった。そこでは美しく、熱く、切ないお話が生きていた。その時のあたしは、ソーマ君から生まれるあまりにも綺麗なイメージをどうしても伝えたかったんだと思う。
でもソーマ君はあたしが近くに行こうとすると顔に恐怖を浮かべて逃げていってしまった。あたしはわけがわからなくなった。その後、悲しさが押し寄せてきて泣き始めた。すると、周りにいた他の生徒たちも頭を抑えて足早に遠ざかっていった。
後で分かったことだけど、あたしはO・Wをつけると、自分の思考の全てを周囲の人にぶつけてしまうようだった。あたしの思考は他の人にノイズとして飛んでいってしまう。あたしはすぐにオープンワイヤを外した。「自分の心を一つの星としてイメージすればいいんだよ。大事なことは星の真ん中に隠して、外向きの考えとか情報をその周りに衛星として浮かべとけばいいだけ。衛星はぐるぐる回るからその勢いのまま外に出せばいいのよ」ソーマ君の一件の後サクはこう言ったけれどあたしの心の星はそんなロマンチックな喩えなんて受け付けないくらいにゴツゴツした岩石惑星だった。
「あと20分で交代だかんね」
「あいあい」
窓の外にはつるりとした黄色い小惑星が浮かんでいた。
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