きてくれたきみが『どくしゃ』?

奈名瀬

ひと夏の別荘暮らし

「一人、1200円でいいんだっけ?」


 話を持ち掛けて来た友人のAに訊ねると彼は頷いてみせた。


「そう! ただし一週間ごとに1200円な」

「つまり、実質一人4800円ね」


 私達は【————】大学の文芸サークルに所属する1回生だ。

 文芸サークルは13人からなるサークルだが、一回生は4人しかいない。


「で? それ、みんな乗り気なんでしょうね?」

「もちろん! 夏の間、別荘を借りて執筆生活! で、秋の部内コンクールで俺達が上位入賞! 冬には公募に応募してプロデビューって筋書さ!」

「私が編集だったら間違いなく『売れない』と思う筋書きだわ」


 Aは悪態をさらりと流して「で? どうする?」なんて詰め寄って来る。


「うーん……お金は別に問題ないんだけどね?」

「ならやろうぜ! 二回生からは実習も入るし、好きなことやれるのは今年の夏くらいだろ?」

「そりゃ、そうかもしれないけどさ……」


 別荘にこもって執筆生活……それは魅惑的な響きだが、ひと夏の間ずっとと言われると悩む。


「夜、コンビニ行きたいって言っても近くにないんでしょ?」


 唇が尖っていく私に、Aは肩をすくめて返す。


「そういう俗っぽいモノから離れられるからいいんじゃんか」

「でもさぁ……」


 渋る私に、Aは「ほら、見てみろよ!」とスマホの画面を見せた。

 そこには綺麗なログハウスが映っている。


「へぇ……結構綺麗なとこじゃん?」

「だろ? もちろん電気もガスもバッチリ! 個室が6つあって、トイレと風呂も別! あとは……まあ、見てみろよ」


 スマホを差し出すAに「いらない、自分で調べるから」と返した。

 彼のスマホを見て、検索をかける。


「あれ?」


 しかし、検索をかけた途端、見慣れた画面が急に文字化けしてしまった。


「何コレ?」

「どうした?」


 Aがスマホを覗き込む。

 だが――、


「ちょっと!」


 ――覗き見られまいと、彼の視界からスマホを遠ざけた。


「勝手に見ないでよ」


 指先で画面を下に引っ張り画面が更新される。

 すると、そこにはいつも通りの検索結果が表示されていた。


「あ、出た出た」


 独り言のように呟きながら、指と視線を上から下へ滑らせる。


 別荘から歩いて20分くらいのところには駅があり、それより近い場所にバス停があるらしい。

 なるほど……交通の便はそれほど悪くないようだ。


 これで、コンビニがあればなぁ。


 なんて、思っていた矢先――、


「あれ? あるじゃん?」

「へっ?」


 ――私は地図アプリに表示されたコンビニのマークを見つけた。


「なんだ、あるんじゃんコンビニ! ほら、ここ――別荘から歩いて10分以内だって!」

「まじ?」

「あ、ちょっと!」


 覗き込もうとしたAからスマホを離す。


「自分の見なさいってば」


 しぶしぶといった様子で彼は自分のスマホを見ると「あれ?」とこぼした。


「ホントだ……見逃してたかな?」

「だからがさつだって言うのよ」


 首を傾げるAは放っておく。

 私はスマホのログハウスと目を合わせ……『コレならいいかも』と思った。


「けど、庭? って言っていいのかな? 庭は殺風景ね」


 執筆に煮詰まった時、外を散策する楽しみは少なそうだ。


「贅沢言うなよ。それに、ログハウスから離れたら周りは山そのものだ。都会を離れたありがたい景色は見ものだと思うぜ?」

「まあ、そうだけどさ……」


 流石に、一ヶ月もいたら見飽きそう。

 しかし、それはそれだ。


「ま、4800円でひと夏の別荘暮らし体験……アリかな?」

「よっし! 決まりだな!」


 手を叩くAに頷いて返す……大げさなやつ。

 ま、それはそれとして。今年の夏は、いつもとは違う気分で創作に打ち込めそうだと思った。

 

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