5-7 銃士隊はシルフィアを迎撃する

 皇都ロアヴィクラートの周辺は緩やかな丘陵が幾重にも折り重なり、春麦の畑、冬麦の畑、休閑地が織りなす三色が、縦横斜め鉤状に入り組む。十キロメートルほど離れた辺りから人の手が入っていない原生林が現れ、緑を濃くする。その開拓地と非開拓地の狭間に草原があり、常ならば馬や牛を放牧する者がいて、のどかな光景が広がる。しかし、現在はのどかとはほど遠い。


 百三十騎あまりの騎馬が隊列を組み、草原を駆け、指揮官の合図で進路を変える。騎馬隊の右側面には、四つ足で疾駆する黒い影があった。馬より小柄だが速度で勝るそれは、黒鉄色の身体に中天の陽差しを反射させ、生物では到底為し得ないような急角度で進行方向を変えた。直後、地に小さな穴が幾つも穿たれた。凱汪銃士隊十一番隊パズルドの起動型魔銃である。パズルドはアッシュが捕虜の身となり魔銃の適性検査を受けた際に、気弱な面を隠すために居丈高な口調で己を大きく見せようとしていた男だ。


 現在、銃士隊の十一番隊と十二番隊は共同で魔銃の訓練を実施している。パズルドの召喚銃を獲物に見立てて、百三十機の魔銃使いが騎乗から魔銃を撃つ。基本戦術として、魔銃使いは騎乗での戦闘を想定していない。射撃能力に秀でた展開型なら不安定な騎乗から攻撃する利点はないし、近接戦闘に特化した装着型なら自身の脚で走る方が速く慧敏だ。騎馬として移動する利点があるのは、馬よりも小型の召喚銃を操る起動型くらいだろう。とはいえ、戦場に着くまでは馬に乗るのだし、その途中で戦闘状態に陥る可能性もある。となれば手綱を握る訓練は要るし、馬を魔銃の発砲音に慣れさせる必要もある。偶発戦闘で発砲し、怯えて竿立ちになった馬の背から落とされて負傷することもありうるからだ。実際、騎乗での発砲訓練を始めた当初は、馬は怯えて騎手の言うことを聞かなかった。訓練を積んで、ようやく騎手の意のままになったところだ。草原のやや離れた位置では、荷物運搬用のロバも、もう発砲音には慣れたものでのんきに草を食べている。


 その光景を上空から俯瞰するものがあった。鳥の形をした、飛行可能な全幅三メートルの召喚銃『突撃する鷲アサルト・イーグル』だ。十一番隊隊長ルルアッド・ルドニクルの魔銃は、高速で接近する人影を捉える。その正体は、十一番と十二番の副隊長である。両者共に魔銃を装着しており、極めて希な青と赤の甲冑は戦争の道具ではあるが美しい。ルルアッドの召喚銃は急降下し、二人の前に出て主の元へと先導する。魔銃装着状態で全力疾走するとなると、ただ事ではない。

 長い金髪を首元で縛った細身で垂れ目の優男、ルルアッドは外見に似合わない低く張りのある声で騎馬隊を停止させた。


「全隊停まれ!」


 騎士たる彼は、中遠距離に特化した魔銃能力を有することもあり、帯剣している。騎馬隊が停止すると、直後、二人の副隊長が眼前に姿を現わす。両者の負傷に気付き、ルルアッドは馬上から回復能力のある隊員を呼ぶ。


「ムシュル、二人を治せ」


「は」


 回復能力者による治療が終わるのを待たず、ルルアッドは己の腹心に発言を促す。


「グラト、何があった」


 副隊長は二人とも甲が砕け、隊服を露出している。ただごとではない。現在、訓練中の魔銃使い百三十名の中で彼等の甲を破壊できるとしたら、ルルアッドか彼等自身くらいだ。だが、彼等の実戦訓練が白熱して互いに傷を負ったようには見えない。


「ルルアッド隊長……。すぐに北方将軍が来ます。迎撃の準備をお願いします」


「……北方将軍が? その傷を?」


 近接戦闘に関してなら、バーンとグラトは全銃士の中でも上位五名に選ばれるだろう。その二人が、明らかに打撃と思われる損傷を胸に負っている。ならば、シルフィアも装着型の近接戦闘特化だろうと、ルルアッドは推測した。他の四季将軍と異なり、模擬戦闘に参加しない北方将軍は、どのような魔銃能力なのか一切が不明だ。


「総員、魔銃を起動せよ。相手は少数だが、銃士一隊に比肩する戦力と思え」


 草原には隊長一名副隊長二名一般隊員が百三十名。過剰とも言える戦力だが、副隊長二名の甲を見た以上は、ルルアッドに油断はない。


「飛びたて『突撃する鷲』。接近する者を警戒しろ」


 ルルアッドの召喚銃は上空からの索敵と急降下での魔銃掃射を得意とする。本人が無防備になるため護衛が必要という弱点はあるが、遠距離からの急襲において並ぶ者はいない。召喚銃が草原を滑走し一瞬のうちに時速三百キロに達して、飛び上がろうとする瞬間、その進路上に、白い小柄な人影が現れる。人影は荷物のように抱きかかえていた侍女を落とす。


「邪魔よ」


 召喚銃と接触する瞬間、シルフィアは鬱陶しげに手を払っただけだ。ルルアッドの召喚銃は首をあらぬ方向へ曲げられ、軌道を強引に変えさせられて錐もみしながら地面に激突し、砂埃をまきあげて溝を掘る。


「撃て!」


 ルルアッドは己の目が信じられなくて自失しかけるが、自制心が勝つ。隊員に命令し、展開型魔銃が一斉に火を噴く。青白い魔力光が幕となり草原を覆う。

 着弾地点に魔力の蔦を張り巡らせて敵を捕縛する能力、着弾直前に無数の散弾に変化する射撃、目標上空で炸裂して頭上へと落下する魔力弾……様々な能力を有した射撃が多数。狙いは精確だった。だが、その一切が、シルフィアの肌に触れることはない。すべてがシルフィアの数メートル手前で、消失する。魔力弾は海に降る雨のごとく、シルフィアが無意識の内に周囲に漏らしている魔力場に呑みこまれたのだ。

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